美女撫子のせい
~ 六月二十六日(月) 二時間目 十三センチ ~
美女撫子の花言葉 巧妙
なんとなく、にじにじと近付く隣の席に腰かけるのは、なぜかおばさん以外の大人から叱られることの無い
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は高い位置にぎゅぎゅっとまとめ、お団子一面に美女撫子の小花を手まり咲きのようにあしらっている。
白い縁取りのピンクの花がお団子を埋め尽くし、大変可愛い。
……そして、だんだんこれがバカに見えなくなってきている、自分が怖い。
今日の穂咲は珍しく静かだ。
それもそのはず、自分がやりたかったことがピカタを焼くことではないと今朝になってようやく気付いてから、ずーっと頭をひねっているせいだ。
しかし一度も話しかけてこないなんて珍しい。
落ち着かない。ちょっと寂しい。
そして、そう考えるようになった、自分が怖い。
「道久君、道久君」
「あー、えっと、静かになさい。今は授業中です。………………で、なに?」
「これ、自信作なの」
そう言って穂咲が渡してきたのは数学の教科書。
ねえ、今は英語の授業中だよ?
君が睡眠薬と呼ぶ、この本がなんなのさ?
穂咲に振り向くと、俺の目を見ながら英語の教科書の縁をぱらぱらとし始める。
静かだったの、考え事してたせいじゃないのかよ。こんなの書いてたのか。
俺は呆れながらも、先生の動きに気を付けて、ページをめくってみた。
次々と電線に乗って来る雀たち。
それが増える度にカメラが引いて行って、最後に重みでしなった電柱が両端から現れる。
とうとう耐え切れずに電柱が伸びて雀を放り出すと、そのうち一匹がカメラに激突して涙目を浮かべた。
……おいおい。おもしろいじゃないか。
やばい、俺も書きたくなってきた。
でも、授業中だし。
……そうだ。
俺が教科書に作品を書き始めると、隣では新作に取り掛かる穂咲がすごい勢いで物理の教科書のページをめくっていた。
負けるもんか。
……どれだけ集中していたんだろう。
俺たちは目の前に先生がいることにも気付かず作品を書き続け、そして教科書を取り上げられた。
やば。
「お前ら、堂々とさぼるな。そうだな、これが面白くなかったら立っててもらう」
先生はそう言いながら、まずは穂咲の教科書をぺらぺらと捲る。
「あー、オチがいまいちだが、まあまあだ。次は秋山のだな」
そして先生は、黒板に書かれた英単語が次々と流れる俺の作品を見た。
「面白くもなんともない。立っとけ」
うそ? 授業中だから書いたんだ、正しかろう。
これは文句を言わせて欲しい。
「こいつはノートすら取ってないのに、さすがにおかしいです」
「お前は何を言っとるんだ?」
先生が指差す先、穂咲のノートには板書の写しが書いてあった。
……最初の二行だけ。
その続き、恐らく空白な部分はしっかりと英語の教科書で隠してる。
「あい、まい、みー。どぅー、ゆあ、べすと」
俺は、仕方なしに席を立った。
もはや立たされることに慣れてきた、自分が怖い。
……そして叱られないことについては巧妙な穂咲のことが、もっと怖い。
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