20 儺祭祭文

 口調ばかりか、がらりと変わった表情は、どこか少年めいて凛としている。

 まるで、別人のように。


「オマエ、疫病みの神かっ」


 先輩が叫ぶように問うと、彼女は少し不快げに眉根を寄せた。


「それは、人間どもが勝手に付けた呼び名だよ。吾の趣味じゃない」

「藤子はどないなったんや」

「ここにいるわ、松籟さま。あなたの目の前に」


 今度は藤子さんを装い、柔らかく微笑んでみせる。


「どないなっとるんや。あれは藤子か、それとも……」


 戸惑う松籟さんをに、先輩は「やれやれ」と呟いた。


「そんなんどっちでもエエって。どこの誰だろうと、災い齎すモンは全部祓ったればエエだけの話や」

「えっ、先輩っ?」

「藤子に何をっ……」

「外見に惑わされたらアカン。あれは悪いヤツや。あの火事かて、アイツの仕業やろ」


 先輩の言葉に、今度は彼女が「やれやれ」と呟く。


「あれは、あの男どもが悪いんだよ。女の子に乱暴しようとしてたから、助けて上げなさいって母上が」

「その男の欲を煽ったんもオマエやろ。松籟んときかて、そうや。そこにいてるだけで、災いを生み出す存在。オマエは、ここにおったらアカン」

「そやけど、あれは藤子でもある。藤子は何も悪いこと――」

「心配せんかて、消す心算はあらへん。ただ追っ払うだけや。ただし、大人しゅうやけどな」

「はっ。そんなの大人しく従うワケないだろう、がっ」


 藤子さん――いや、疫病みの神が、また炎を放った。

 狙いは先輩と、松籟さんだ。

 迫り来る炎々たる猛火に、松籟さんは顔を引きらせ、へたり込んでしまう。

 そんな彼の前に、先輩が颯爽と立ちはだかった。


水克すいこくぁやっ。水の女神サマから溺愛されとるオレに、そないな火ぃが効くかっちゅうねん」


 その言葉通り、先輩が薙ぎ払うように腕を振るうと、炎はじゅわっと水蒸気を上げて消える。


「そっちがその気なら、こっちも遠慮のう、いかして貰うで」


 先輩は姿勢を正し、深呼吸すると、おもむろに口を開いた。


今年今月今日今こんねんこんげつこんにちこんじょうちょくじょうちょくちょくちょく……」


 朗々とぎんじられる祭文さいもんは、セクシーな美声とあいって、不思議な魅力を放ち、聞くものの心を絡めとる。

 それは人外のよこしまな存在であろうと、例外ではないだろう。


「ほう、 なのまつりの祭文か。だが、それにはあしの矢と桃の弓がなければ――」

「あるわよ」


 すぐ傍でいきなり声がして、サラスさんが姿を現した。


「さあ、坊や、これを」

「えっ?」


 彼女は手に持った弓矢を、ぐいっと僕に押し付けてくる。

 この女神にはそぐわないシンプルなきゅうと、赤い矢羽が付いた矢だ。


「祭文が終わったら、これでアイツを射ちなさい」

「僕がっ? 無理ですよ、やったことないし。サラスさんがやればいいじゃないですか」

「あたしが射ったら、一発で昇天しちゃうじゃんか」

「それの何がマズいんですっ」

「最期のお別れ出来なくなっちゃうでしょ。大丈夫。これは呪具だから、適当に構えて射っても勝手に飛んでくって」


 僕たちがごちゃごちゃやってる間も、先輩の朗詠は続いている。


「……こときてりたまわく、『穢惡けがらわしきえやみかみの、ところどころ村村むらむらこもかくろうるをば、さとほかほとり……」

「ほらっ、急がないと終わっちゃうよっ」

「……疫の鬼の住處すみかと定めたまいおもむけたまいて、五色いついろたからもの……」


 ええい、こうなりゃヤケだっ。

 僕は弓を左手に、矢を右手に持つと、足を大きく開き、矢をつがえた。

 弓は重いし弦も硬いけど、以前先輩が射っていたのを思い出し、弓を一度上に持ち上げるようにしてから、弦が耳の後ろ辺りまで来るようよく引き絞った。

 ゆがけがなくて辛いけど、矢が右に逸れないよう意識して狙いを定める。


「……すみやかしりぞねと追いたもうと詔るに、かだましき心をわきばさみて、留まり隱らば、たいきみしょうの公、いつくさつわものを持ちて、追い走り刑殺ころさんものぞと聞しめせ』と詔る」


 終わったと思った瞬間、僕はひゅうっと射放った。

 狙ってそうしたというよりは、自然に矢が飛び出たような感覚だった。

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