5 疫病みの神の勾玉

 あまりにもあっさりいわれたので、へーそうなんだと普通に頷きそうになったけど、これってよく考えたらとんでもない話じゃないか。


「えーと、それはどういうことでしょう? 『ごりょうさん』の祟りですか?」


 さすがの先輩も少し驚いている。


「祟りとは少ぅしちゃいますけど、その石宮の中に――」


 松籟さんは、祠の扉辺りを示す。


「六部が大事に守ってたモノが納めてあったんですが、それを何者かが持っていってしもて」

「えっ?」


 誰かが最近、無理矢理じ開けたから、少しずれてまっているのか?


「ここのお方は、それを追っていかはったようで、そやから今はからなんですわ」

「空……」


 だから、何の気配もしないと?


「炎はきっとそのときに――いましめを解く際に生じたんとちゃいますやろか?」


 話としてはまあ、おかしくはない。


「じゃあ、今『ごりょうさん』はどこに?」

「さあ? 私にもわかりかねますが、近くにいはるような気はします。それに、ほんまに恐ろしいのは、そのお方よりも盗まれたモノの方かと」

「恐ろしいって、それは、どのようなものなのですか?」

「かなり古い時代のモノで、みの神が変化した勾玉まがたまやと聞いてます。六部は元々、それを封じる場所を求めて、全国行脚あんぎゃしてましてん」

「疫神を封じようとしてたものが、疫神になったのか。皮肉なものだな」


 顎に手を当て、カッコよく呟く先輩の服を、僕はちょいちょいと引っ張った。


「先輩。僕たちに依頼された仕事は、ここで起きたことの調査ですよね。あの人のいうことが本当なら、ここで何が起きたかは、もう大体わかってしまったわけですけど、調査はこれで終了ですか?」

「せやな。これで仕舞いやといいたいとこやけど、このまま帰って、今後ここでなんかあったら、オレらがセンセに殺されるわ」

「じゃあ――」

「勾玉とやらと『ごりょうさん』探し、せなあかんやろな」


 がしがしと、頭を掻きながら先輩はいう。


「はぁー、めんどいわぁ」

「それなら、これからどうします? 今日は一旦お開きにしますか?」


 木立に切り取られた空はまだまだ明るいが、時計を見ると、もう五時を過ぎている。

 うちの仕事は、どちらかというと夜が本番って感じだし、依頼が毎日あるわけでもないので、勤務時間に決まりはないけど、世の中には、これくらいの時間に終わる仕事もあるだろう。


「そーしたいとこやけど、アイツなんや詳しそうやし、もー少し話聞いときたいわ」

「連絡先聞いて、後日伺うのは?」

「人との出会いは、一期一会。いつやるの、今でしょう、や。チャンスの神さん逃したらあかん」


 先輩は一人で勝手に頷き、今度は松籟さんに向き直った。


「あの、今の話、もっと詳しく伺いたいんですが、お時間まだよろしいですか?」

「ええ、もちろん」

「でしたら、立ち話も何ですし、どこか座れるところへ移動しません? 小腹も空いてきましたし、この辺にファミレスとかないですかね?」


 お坊さんとファミレス。

 なんかすごくミスマッチな気がする。


「それやったら、街道沿いにええうどん屋さんがありますけど、物騒な話になるかもしれまへんし……食事のあと、うちへ来はったらどうです?」


 思いもよらない展開になった。

 しかし、先輩は「ご迷惑では?」などといいながらも、内心かなり喜んでいるようだ。


「なんでしたら、泊まっていかはってもええですよ」


 松籟さんは、穏やかに微笑みながらいう。


「昔話みたいに、殺して金品奪ったりなどせえへんから、安心しとくれやす」

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