9 セーノカミ

「全然、集まってない……」


 僕は呆然としてしまう。

 上手くいけば、一ヵ所に線が集まり勾玉のありを示してくれるはずなのに。

 線はなんの法則性もなく、デタラメに至る所を走っている。


「…………」

「…………」


 先輩も松籟さんも、無言で地図を眺めてるのが怖い。


「失敗しちゃいました、ね?」


 僕が誤魔化すように笑いかけると、先輩は違う色のペンを手に取り、ばらけた無数の交点に丸を付け出した。


「こっから先には一つもないな」

「町境。こっちもそうや」

「つまり、町内からは出ていないと」

「えっ?」


 僕は二人を交互に見やる。


「昔、村の境にはさいの神が祀られ、邪悪なモノの侵入を防いでいたが、それが今も残り、機能しているのか?」

どうじん、この辺りでは確か、セーノカミとも呼ばれてはりますな。そやけど、それが機能してるいうなら、勾玉に何ぞ変化があったいうことやろか」

「その可能性もあるな。元々、盗みを働くような悪党が持ってったわけだし」

「ちょっと待って。何いってるんです、二人とも。これは失敗――」

「――かどうかはまだわからない。元々ダウジングの的中率は、良くて90%パー程度だ」


 僕は驚いて先輩を見た。

 てっきり、バカにされると思ってたから。


「それにこれは、超常的な力で動くわけではなく、潜在的に何かを感じた人間の筋肉が、無意識に動かしている。つまり、この辺に何かあると感じたオマエが、自分で動かしたんだ。オマエはここらの事情に明るくないし、勾玉の実物を見たわけでもない。精度が下がるのは仕方ないが、逆に先入観に捕らわれず、純粋に何かを感じたということだろう。オマエ、勘はいいから」

「しぇんぱーい」


 先輩と出会って一年以上経つけど、誉められたの初めてかも。


「別に誉めてへんぞ。事実をいっただけや、でっ」

「イテっ」


 思いっきりデコピンされ、僕はおでこを押さえながら先輩を睨み付ける。


「何すんですか、もう」

「オマエがアホなこというから」

「何もいってないですよっ」


 さらに文句いおうとしたら、松籟さんがクスクスと笑い出した。


「仲ええですね」

「「どこがやねん」」


 二人揃ったツッコミがさらなる失笑を買ってしまい、先輩はせきばらいする。


「とにかく、明日、町内を回ってみよう。何かわかるかも」

「まだ手ぇ貸してくれはるんですか?」

「乗りかかった船だ。それに、ここで手ぇ引いたら気ぃなって仕方ないし」


 なんて、カッコ付けて恩着せがましくいってますが、本当はこれが僕らの仕事なんですよ、松籟さん。

 心の中でそう弁解して、僕は壁の時計を見た。

 いつの間にか九時を回っている。


「先輩、もうこんな時間です。そろそろおいとましないと」

「ああ……」

「ホンマに泊まっていかはってもええんですよ。寝床がそのソファーでよければやけど」


 先輩を送り届けてから自宅に帰り、また明日の朝先輩を迎えに行って、ここに来る。

 その労力を思えば、ソファーに不服なんてあるわけないけど、残念ながら僕に決定権はない。


「ご迷惑でないなら是非。もちろんソファーでじゅうぶんです。あ、仕事柄、お泊まりセットは常備してるのでご心配なく」


 よかった。

 安堵の胸を撫で下ろすと、松籟さんが動いた。


「ほな、お茶のお代わりいれて来ます。小腹空いとるんやったら、?」

「それって、かの有名な、京都に伝わる「帰れ」のえんきょく語法っ」

「いややなぁ。文字通りの意味ですわ。で、どうどす?」


 遠慮なくちょうだいすると伝えると、彼は笑顔でキッチンに消えた。

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