16 ごりょうさん

 今度のは、記憶の中の声じゃない。

 振り向くと、本物の先輩が息を弾ませながら近付いてくる。


「darling」

「先輩っ」

「アホか、オマエら。誰がそないなことせいゆうたっ。オレは逃げへんように――」

「だから、ちゃんと縛っておいたよ」


 褒めて褒めてといわんばかりに、サラスさんが先輩に飛び付き、先輩は慣れた感じで、にこりともせずに彼女の頭を撫でてやる。

 それでも、サラスさんは嬉しそうだ。

 先輩に少し遅れて、僧形の松籟さんも姿を現した。

 だが彼は、僕たちには目もくれず、『ごりょうさん』の方へと走っていく。


とうっ」


 無様に捕らわれ、地べたに転がってもがく『ごりょうさん』へ、躊躇いもなく手を伸ばすと、その身を戒めていた羂索が、光の粒となって消えた。

 そういえば、僕の前に浮いていた矛も、いつの間にか、なくなっている。


「藤子。私や。松籟や。ああ、ようやく逢えたっ」


 ひざまずいた松籟さんは『ごりょうさん』を抱き起こすと、そのままひしと抱き締めた。

 って、何? 何なの、コレ?

 初めは抵抗していた『ごりょうさん』も、途中からすっかり大人しくなって、松籟さんに身を任せている。

 本当に、何が起こってんだ?


「あの、松籟さんっ、コレは一体――」

「野暮な真似せんとき」


 尋ねようとした僕の肩を、先輩がポンと叩く。


「数百年ぶりの再会や。そっとしたったって」

「再会って、誰と誰がです?」

「せやから、六部と村一の別嬪さんや」

「はいっ?」

「アイツは、化けて出た六部やのうて、民話のガキとおんなし、生まれ変わりやったんや」

「えっ!? マジっすかっ? じゃあ、あの『ごりょうさん』は?」


 僕が松籟さんの方を指差すと、先輩は平然という。


「別嬪さん」

「はぁーっ!?」


 あまりの超展開に、僕は頭を抱えた。


「先輩は知ってたんですか?」

「なわけないやろ。さっき本人から聞いたんや。まあ、いくつか気になっとったことはあったけど」

「何です?」

「例えば、六部の死後、別嬪さんがどないなったんか、全く伝わってへんかったやろ。六部のことは、かなり詳しく残されとんのに。六部の冥福を祈るため尼になった、後追い自殺した、ショックのあまり病気になって死んだ、気が触れた――そないな話があってもええはずやのに」

「確かに」

「他にも、六部の死からその祟りとされる熱病の発生までにブランクがあることとか。まあ、詳しい話は、後で聞くことになっとるんやけど――」


 そこで先輩は、言葉を切って二人を見る。


「って、いつまで抱き合っとんじゃ、われぃ。ええ加減にせえよっ」

「ちょっ、先輩っ、さっきといってること違うじゃないですかっ」


 僕には、邪魔するなといったのに。


「にしたって、限度っちゅうもんがあるやろ。人前でベタベタいちゃこきやがって、オレへのイヤミかっ」

「いや、先輩、それ、説得力ないです、全然」


 首根っこに、ずーっとサラスさん絡み付かせたままいわれても――。


「いやぁ、えろうすんまへんなぁ」


 照れたように笑いながら、松籟さんが立ち上がる。

 『ごりょうさん』も一緒に。

 彼に寄り添うその姿は、確かに女性の、それもまだ少女といってもいいものだった。

 しかも、噂通りの別嬪さんだ。

 サラスさんみたいな派手さはないけど、奥床おくゆかしい感じでとても可愛い。

 僕はこっちの方が好みかもなんてことは、口が裂けても絶対いえない。

 だって――僕はチラッと隣を見る。

 そこでは、彼女に見惚れてたらしい先輩が、サラスさんに思いっ切り頬っぺたをつねられていた。

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