8 バイキングの羅針盤

「随分とお詳しいんですね。まるで、六部本人が語ってるみたいでしたよ」


 それまで大人しくしていた先輩が、ついに口を開いた。


「ご冗談を。以前うちの寺に、六部のモンやと伝わる手記があって、自分に何ぞあった時のために、勾玉のことなど、あれこれ書き残してありましたんや」

「なるほど。で、その危険な邪気を放つ勾玉が、現在行方不明と」

「もう一週間以上経ちます。一応警察にも通報したのですが、未だ何の連絡も」

「いっそ派手に邪気でもばらいてくれたら、気配でわかりそうなもんなのに」


 先輩は、さらりと恐ろしいことをいいながら、お茶を飲む。


「でも、そんな事態になったら、余計面倒なことになりますよ」

「だな。で、これからどうするんです?」


 先輩の問いに、松籟さんはため息を漏らした。


「どないもこないも、昔話に出てくる坊さんみたいな法力でもあれば別ですが、そないなモンあらしまへんし、それこそ、山根サンがゆうたみたいに何か起こるのを待つしかあらへんのとちゃいますか。もちろん、出来るもんならその前に、なんとかしたいですが、私にはただ呼びかけることしか出来ひん」


 そんな彼が、なんだかとても気の毒に思えて、僕は先輩の耳元に囁く。


「先輩、なんとかならないですか。サラスさんに探して貰うとか」

「アホなこといいな。アレは、取っときんときだけや。何べんも喚んだら、オレがエライ目ぇに合うわ。それよかオマエ、こないだセンセに失せ物探しの仕方、教わったやろ。あれ、試してみぃ」

「えっ、でも、あれはまだ――」


 練習中で精度が低く、当てにならない。

 そういいたかったのに、先輩は人の話なんてちっとも聞いてくれない。


「松籟さん。実はこの田中クン、地味で何の取り柄もないダメ大学生に見えて、なかなかオモロイ特技持ってるんですよ。なんと、失せ物探しが得意なんです。ワンコみたいでしょ」

「ちょっ、先輩っ、何をっ――」

「占い師やってるオバチャンに教わったとかで、よく当たるんですよね。さあ、ポチ、やってみなさい」


 くっそーっ、オバチャンっていったこと、先生に言い付けてやるから。

 心の中で悪態を突きつつ、僕はリュックから銀のくさりを取り出した。

 鎖の端には、先端が鋭く尖った青紫色のパワーストーンが付いている。


「ダウジング?」


 松籟さんの呟きに、僕は頷く。


「はい。振り子ペンデュラムに使うのは、糸で垂らした五円玉でもなんでもいいんですけど、この菫青石きんせいせきという石は、バイキングが羅針盤代わりに使ってたらしくて、なんか正しく導いて貰えそうだなと。先輩、地図下さい」


 床に正座して鎖を左手で持ち、石の尖端が、テーブルに乗せた地図の御霊社の真上に来るよう垂らした。

 一度目を閉じ、心を落ち着けるために適当な真言しんごんを唱え、目を開くと、今度は簡単な問いを石に放ち、その動きを確認、調整していく。


 よし、いいだろう。

 僕は石に問いかけた。


「六部の勾玉は、この地図上にありますか?」


 石は時計回りに円を描く。

 解釈は人それぞれだけど、僕の中でこれはイエスの意味だ。


「それはどの方向にありますか?」


 石は地図上を、斜めに真っ直ぐ、円ではなく線を描くように揺れ動いた。

 先輩が身を乗り出し、ペンと定規でそのラインを正確になぞる。

 今度は石の位置を変え、また同じ質問をする。

 石は再び左右一直線に振れ、先輩が線を引く。

 それを何度も繰り返し、無数に引かれた線の交点に勾玉はある、ということになるはずなのだが――。


 僕たちは、地図に注目した。

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