4 上位互換

 影はゆっくりとこちらへ近付いてくる。

 僕はそれから目を逸らさないようにしながら、先輩の横へ移動した。


 初め、光の加減でよくわからなかったが、それは黒色の僧衣をまとった男で、剃髪ていはつはしておらず、やや長めの前髪がさらりと額にかかっている。

 年は若く、背も高く、どちらも先輩と同じくらいだろう。

 そして、やはり整った顔立ちをしているが、先輩よりも優美で繊細な印象だ。

 彼は僕たちを交互に見て、にこやかにいった。


「こないなところで、何してはりますのん?」


 イントネーションまで、先輩と同じ関西風。

 これは、まるで――


「先輩、キャラ被ってますよ。上位互換ですよ」


 囁くようにいうと、キツく睨まれる。


「あーん、どっちが上位やて?」

「だって、向こう、お坊さんですよ。ストイックで気品があって、カッコいいじゃないですか?」

「それはただの制服マジック。オマエが単に、僧侶萌えってだけや」

「そんなシュミないですよっ」


 また男を見つめると、彼は深みのある甘く柔らかな美声で名乗りを上げた。


わたしは、この社の管理をさせていただいております、しょうらいと申します」

「あ、はい、僕は――」

「田中です」


 僕のセリフを遮って、先輩が答える。


「で、オレは山根です。どうぞよろしく」

「はぁっ!?」


 なんだよ、それっ。

 僕は田中じゃないし、先輩も山根じゃない。


「ちょっと、先輩。僕たちいつから、お笑い芸人アンガールズになったんですかっ」


 小声で尋ねると、先輩はしれっと返す。


はなからちゃうやろ」

「そういう意味じゃなくて――」

「胡散臭いヤツに名前教えたらあかん。ガキでも知っとる常識や」

「胡散臭いって――」


 僕を無視し、先輩は続けた。


「オレらは大学の先輩後輩で、オレは今、助手をしてるんですが、今日はこの地に伝わる民話を調べに来たんです」


 また、さらっと嘘を。

 僕は一応大学生だけど、先輩は全然違うじゃないか。

 まあ、いきなり霊能者ですなんていうのも、事実とはいえ、それこそ胡散臭いだけだから、事を穏便おんびんに済ますには、その方がいいのかもしれないけど。

 でも、先輩、訛りがキレイに消えてるのはナゼ?


「ほう。民俗学ですか?」

「ええ、まあ。それより、ここでお会いしたのも何かの縁。少々お話を伺ってもよろしいですか?」

「かましませんよ」

「では、さっそく。ここ、『御霊』だから神社かと思ったら、お寺さんが管理してるんですね」

「ああ、はい。明治初年に廃仏はいぶつしゃくなんて運動が起こるまでは、神仏しんぶつしゅうごうゆうて、神社に神宮寺が建てられたり、お寺に神さんが祀られたりしてましたやろ。その頃の名残ですわ。この御霊さん鎮めはったのも、坊さんゆう話やし──」


 なんか色々小難しい話が出てきたぞ。

 僕はボロを出さないよう、黙って二人のやり取りを見守る。


「──ここに祀られてはるお方のことは、ご存知で?」

「ええ、一応は調べてきましたよ。泥臭いおとこたちの嫉妬心をあおり、凶行に駆り立ててしまうような美貌の六部。きっとあなたのように、ろうけた方だったんでしょうね」


 うわぁ、先輩が笑顔で心にもないことを。


「ご冗談を。きっとあんさんのように、男振りのええ方やったんとちゃいますか?」


 何これ?

 彼も笑顔なのに、めっちゃ怖いんですけど。


「そういえば、最近、ここらで不審火を見たとかいう話も聞きましたが、それについては、どう思われますか?」


 先輩がズバリ核心に触れると、松籟さんは驚きもせずにいった。


「それなら、きっと、ここにいてはったお方の仕業ですわ」

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