Callin’

２ 六部殺し

「それで、場所はどこです？　さっき八王子とかいってましたけど」

　シートベルトを締めながら尋ねると、斜め後ろからプリントアウトした地図を渡された。

「どれどれ？　あー、ここ八王子じゃないですね。僕の実家、こっちの方だから行き方は大体わかります。傍（そば）まで行ったら、ナビして下さい」

「へえへえ」

　僕の愛車である、お古の黒いジムニーには、ナビなんて便利なモノなど付いてない。

　先輩の車にはあるのに、仕事で使うのは絶対ヤだって、出してくれないから。

　ボロいだの狭いだのいうくらいなら、そっちで行けばいいのに。

「ったく、どっちがケチなんだか」

「なんかゆうた？」

「別に。じゃあ、行きますよ」

　左足でクラッチを踏みながらエンジンをかけ、ギアをローに入れると、右足でアクセルを踏み……僕は車を発進させた。

　幡（はた）ヶ（が）谷（や）から首都高に入って、中央道で八王子まで行くのがいいだろう。

「それで、石宮でしたっけ。どういうものなんですか？」

　文句をいわれる前にエアコンを入れ、ミラー越しに様子を窺（うかが）いながら、先輩に話しかける。

　道路は適度に流れていて、この分ならちゃんと夕方前には着けそうだ。

　紙に目を落としたまま、彼はポツリといった。

「供養塔や」

「へえ、誰の？」

「六（ろく）部（ぶ）。これは所謂（いわゆる）『六部殺し』か」

「殺しって、随分物騒ですね。で、その、六部ってのはなんなんです？」

「六十六部。一言でゆうたら、巡礼者や。『六部殺し』ゆうんは、日本の民話のパターンの一つでバリエーションもようさんあって、いっちゃんポピュラーなんは、貧しい農家の主人が一夜の宿を乞（こ）うてきた六部を殺し、金品を奪（うば）うゆうヤツやな」

「うわぁ。最低ですね」

「それで家は裕福んなって、やがてガキも生まれてくるが、その子は生まれ付き口が利けへんねん。ところがある晩、喋れんはずのガキが突然喋り出すんや。『ワシが殺されたんは確か、こないな晩やったなぁ』って」

「怖っ。それってその子が、殺された六部の生まれ変わりってことですよね」

「そや。そのあとのオチも色々あって、主人がショック死するとか家が没落するとか。けど、この六部は、金品狙いで殺されたんとちゃう」

　先輩はパンッと紙を弾き、窓の外を見る。

　いや、外ではなく、ガラスに映る自分の顔を見てたのかもしれない。

「オレのように美しかったから、殺されたんや」

「はいっ？」

　思わず、信号待ちしてた前の車に突っ込みそうになり、慌てて急停車する。

「危ないがなっ。そないなツッコミいらんわ」

「すみません。でも、それってどういうことです？」

「よーするに、色恋沙汰や。美男の六部が、村一の別嬪（べっぴん）さんと恋仲になり、それを妬（ねた）んだ村の男たちに嬲（なぶ）り殺された。生きたまま、火（ひ）炙（あぶ）りにされたんやて」

「ひぇーっ」

　そんな最期、絶対イヤだ。

「その翌年、村に、炎に焼かれとるみたいに身体が熱うなる病が流（は）行（や）ったため、村人はこれを六部の祟（たた）りと恐れ、石宮を建立して祀（まつ）ったとあるわ。実際に祟りを鎮（しず）めたんは、どっかの坊さんみたいやな――あっ！」

　突然、先輩が大声を出した。

「どうしましたっ？」

　何か重要な発見でもしたのだろうか。

　しかし、先輩の答えは、これまでの話とは全く関係のないものだった。

「コンビニ寄ってってゆうたのに、もう高速やん」

　確かに車は、首都高入り口目前だ。

「あー、すみません。都会のコンビニ、全然駐車場ないから」

「郵便局んとこ、あったやん」

「もう通り過ぎちゃいましたよ。我慢して下さい」

　そして車は、首都高へ突入した。