13 霊縛法

 特別なまじないはいらない。

 あの思念に向け、ただ呼び掛ければいい。

 この声が届くよう、心を込めて。


 ――ここへ来て下さい。僕はあなたと話がしたい。


 辺りの空気が変わった。

 風が、とても強い熱を持った風が、どーんっと空から降りてきて、周りの木々を、大地をビリビリと震わせる。

 舞い上がった土埃から、両腕で顔を庇いながら、僕はその場に踏ん張った。

 気を抜いたら、吹き飛ばされてしまいそうだ。


 風が弱まってきたので、恐る恐る目を開くと、さっきまで何もなかった場所に女が立っていた。

 僕と同じ年頃の、ちょっと地味だけど可愛らしい感じの女の子。

 得体のしれないおぞましい化け物か、六部が現れると思っていた僕は、完全に意表を付かれてしまった。

 しかも彼女は、七分袖の白いプルオーバーに、ネイビーのテーパードパンツという、この季節に相応しいイマドキの装いをしている。

 ただ、足は裸足で、セミロングの髪もボサボサ、頬や服がすすけたように汚れているのが異常だ。


「わたしを呼んだのは、あなた?」


 意外と落ち着いた声で、彼女はいった。

 あどけない眼差しが、いぶかるように僕を見てくるが、僕は、ハイともイイエとも答えられない。

 彼女が何者かわからないからだ。

 登場の仕方からいって、普通の人間でないことは間違いない。

 あのときほどではないが、禍々しい気を纏ってもいるし。

 でも、少なくとも外見上は、普通の女子大生とかに見える。

 んっ、女子大生?

 そうか、ひょっとして彼女は、火事場から姿を消した女性では?

 『ごりょうさん』だか何かに、憑依されているのかも。


 彼女はチラと、祠を見た。


「こんな処へ呼び出したりして、またここへ閉じ込める心算?」


 ああ、間違いない。

 女性になりきっているけど、この人は『ごりょうさん』。

 焼き殺された六部なんだ。


「勾玉は、見つかりましたか?」


 僕は彼女に――『ごりょうさん』に話しかけた。


「あなたが、ずっと守ってきたものなんでしょう?」

「ええ、ずっと大切に。だから、ちゃんと見つけたわ。ほら」


 彼女はポケットから何かを取り出し、掌に乗せてこちらへ向ける。

 思っていたより少し大きい、5センチ以上ある闇色の勾玉。


「これが疫病みの神の勾玉……」

おそれなくても大丈夫よ。これは、ただのがらだから」

「えっ?」

「この勾玉の神サマは、今はここにいるの」


 いいながら彼女は、一方の手でお腹を撫でる。

 とてもいとおしそうに。


「それって、どういう――」

「でも、例え抜け殻だとしても、これはとても大切なもの。誰にも渡さないわ」


 勾玉をぎゅっと握り締めた手を胸元に当て、彼女は笑った。

 どうしよう。

 彼女が何をいわんとしてるのか、まるでわからない。

 やっぱり、先輩を呼んだ方がよかったかな。


「用はそれだけかしら? だったら、もう行くわ。今度はあの人を探さないと」

「待って下さい」


 僕はスマホを取り出した。

 大丈夫、圏外ではない。


「今、僕の連れを呼びますから、もう少し待って――」

「イヤよ。そんなこといって、また閉じ込める気でしょ? そうはいかないわ」


 彼女の身体がふわりと宙に浮く。

 まずい、逃げる気だっ。

 僕は急いでスマホを戻すと、ピースサインの人差し指と中指をくっ付けたような、刀をかたどった印を作り、「りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん」の掛け声とともに、横縦横と格子を描くように素早く空を切った。

 続いて、転法輪印てんぽうりんいん

 これは用途によって様々なバリエーションがあるが、僕は伸ばした両手の指を二本ずつ揃えて互い違いに複雑に組み、親指同士を合わせ輪を作る。


ゆるくともよもやゆるさず縛り縄 不動の心あるに限らん」


 まじなうたを唱えると、何かに絡め捕られたように彼女が動きを止めた。

 僕はさらに指を動かし、五大明王に祈りを捧げながら、それぞれの印を結んでいく。


東方降三とうほうごうざんしゃ明王みょうおう 南方軍なんぽうぐん明王みょうおう 西方大さいほうだいとく明王みょうおう 北方金剛ほっぽうこんごうしゃ明王みょうおう 中央ちゅうおう大日だいにちだいしょうどう明王みょうおう


 あと少しだ。

 そう思ったとき、宙に浮いていた彼女の身体が、どさりと地面に落ちた。

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