Callin’

一視信乃

1 石宮の怪火

「バイトくーん。ちょっと、アイスうてきてくれへん? 暑うてかなんわ」


 窓からの風が少しだけ心地好い、真夏日ギリギリの5月のある日。

 都内某所にあるマンションの一室で、高そうな薄ピンクのワイシャツがシワになるのも気にもせず、来客用ソファーに寝転がって本を読んでる先輩がいった。


「先輩。僕もう見習いじゃないですよ」

「知っとるよ。せやから、ちゃんとバイトくんて呼んでるやん」

「だーかーらぁっ、もう先輩付きの見習いじゃないのでっ、使いっ走りはいたしませんっ」


 先日めでたく、無償の見習いから、給金がもらえるバイトに昇格したのだ。

 もう先輩の下で、こき使われるいわれはない。


「えーっ、けちくさっ」

「なんとでもいって下さい。僕が仕えてるのは、あくまでも先生なんですから、先輩の命令なんてもう一切聞きませんよ」


 僕の師匠であり雇用主でもある先生は、高名な霊能者だ。

 ここはそのオフィスで、先輩も、そして僕も一応霊能者である。

 先輩は高校生の頃にバイトとして入り、昨年大学卒業と同時に正社員となった先生の片腕ともいえるすごい人だけど、人格的にはまったく尊敬出来ない。


「大体、先輩って、東京の人なんですよね?」

「東京生まれの東京育ちや」

「じゃあ、なんでなまってるんですか? それ大阪弁ですか?」

「オレにも、ようわからんわ。身近にこないなしゃべりのヤツったから、すっかりうつってしもて」

「じゃあそれ、エセってヤツですか?」

「でも、大阪に親戚はてるで」

「なんなんですか、もうっ」


 こうやっていつも冗談だか本気だか、のらりくらりとさん臭くて信用出来ないのだ。

 決して、背が高くて整った顔立ちで、声もセクシーで、愛想もいいから女性にモテるという点が気に食わないわけではない。

 だって先輩は、女性とは……。


 そのとき、机の上の電話が鳴った。

 見ると、先生の携帯からだ。


「はい、もしもし。えっ、大丈夫なんですかっ。はい。えっ、今からですか? ええっ、先輩とっ。はい、わかりました」


 ため息混じりに受話器を置くと、先輩が寝転んだまま聞いてくる。


「センセ、なんやて? 依頼人との遅めのランチは、もう終わったん?」

「はい。ですが、なんか具合が悪いみたいで、今日はこのまま帰るそうです。で、依頼された調査の方は、僕と先輩に行ってきて欲しいと。今から」

「今からっ?」


 先輩がガバッと起き上がった。


「はい。都内だから、一時間もあれば着くだろうって。詳しい資料はファックスで送るそ――って、来ましたね」


 僕は確認してプリントアウトし、先輩に手渡す。


「えー、なになに、石宮いしみやで起きたかいの調査ぁ? 場所は……八王子? って、これどー見ても山ん中やん。あんのババァ、自分で行くのイヤやから先帰ったんとちゃうか」

「言い付けますよっ。今回の件は先輩が適任だって占いに出たそうです。で、僕はお目付け役です」

「うわぁ、もうめんどいわ。暑いし」

「ぐちぐちいってても遅くなるだけなんで、さっさと支度して下さい。車で行きますか? それとも電車にします?」


 窓を閉め、荷物をまとめながら聞くと、先輩もしぶしぶ動き出した。

 ソファーから立ち上がると、濃紺のスーツの上着を小脇に抱え、黒いブリーフケースを肩にかける。


「駅まで行くのもしんどいし、車出して。資料は中で読むことにするわ」

「わかりました」

「あと、途中でコンビニ寄ってくれへん。アイス買うから」

「……わかりました」


 電気を消して施錠すると、僕たちはいつものように出立した。

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