10 三文の徳

 松籟さんのマンションに泊まった翌朝、僕は味噌汁のニオイで目を覚ました。

 一瞬実家にいるのかと思い、焦って飛び起きると、向かいのソファーで先輩も、同じように起き上がってくる。

 グレーのTシャツに黒いスウェットパンツ姿の先輩は、ボサボサ頭を掻きながら寝惚けまなこでいった。


「何時や?」


 薄暗い部屋の中、手探りでスマホの電源を入れる。


「えーと、六時十分ですね」

「早っ。ジジイか、アイツは」

「ジジイって……お坊さんはやっぱり朝が早いんですね」


 僕たちの声が聞こえたのか、キッチンから松籟さんが顔を出した。


「おはようさんです。起こしてもうたやろか?」


 身支度もきちんと整えられられ、黒いエプロンの下の白いシャツが爽やかだ。


「いえ、オレもいつも起きる頃なので。早起きは三文の徳といいますし」


 絶対ウソだな。

 そう思ったけど、あえて何もいわず、僕は立ち上がってカーテンを開けた。

 清らかな朝の光が、目に眩しい。

 顔を洗ってさっぱりした先輩が、勝手にテレビを付ける。


「あっ!」


 僕も洗顔しようとリビングを出かけたとき、先輩が声を上げた。


「どうしました? 占い、最下位だったんですか?」

「ちゃうわ。これや、このニュース、あの辺やろっ」

「あの辺ってどの辺です?」

「ああ、終わってもうた。他でもやってへんかな。ネットのが早いか」


 ぶつぶついいながらスマホをいじり始めたので、とりあえず顔を洗いに行くことにする。

 戻ってくると、先輩は大興奮していた。


「ほれっ、見てみっ」


 スマホを受け取り画面を見ると、今日の未明に都内で起きたアパート火災のニュースだ。

 僕は記事を目で追う。


『午前2時過ぎ、二階建てアパートの二階にある部屋から火が出ました――』


 要約すると、火は消し止められたが、火元の部屋にいた男性二名が病院へ搬送された。

 しかし、その部屋の住人である女性とは連絡がとれず、出火原因も不明。

 現在、警察と消防が調査中である。


「場所、よう見てみぃ」

「えっと、東京都……って、これ――」

「そや。あの御霊社のある町内やで」


 なるほど、それで興奮してたのか。


「でも、火事なんて、いつどこで起きてもおかしくないですし、勾玉と関係あるかどうかは――」

「せやけど、やし、住宅火災が特に多い月ともちゃう。調べてみる価値あるやろ」


 先輩はスマホを奪い取ると、また何か調べ始める。


「この部屋の住人は女子大生で、運ばれた男二人も同じ大学の友人やって。年はオマエと同じか。現場はここや」


 いいながら、昨日の地図に×印を書き加えた。


「この辺、交点集まっとるで」

「確かにそういえなくもないですが……」

「どうかしはったんですか?」


 横から、松籟さんが顔を出す。


「未明に、この辺で火事があったようなので、調べてみようかと」

「なるほど、火事ですか」


 地図を示しての先輩の答えに、松籟さんも神妙な顔付きになった。


「確かに気ぃなりますなぁ」

「でっしょう。ほれみぃ」


 我が意を得たりと、先輩が得意げに笑う。


「そやけど、まずは腹ごしらえですわ。あさたくが整いましたから、冷めへんうちにどうぞ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 僕は丁寧に礼をいい、先輩と並んで食卓に着く。

 鮭の塩焼きにひじきの煮物、ほうれん草の胡麻和えに豆腐とナメコの味噌汁、雑穀ご飯。

 何もせずに温かい朝食が食べられるだけでもありがたいのに、一汁三菜の伝統的な和食だなんて、夢のようだ。


「いただきます」


 箸を取ると、マナー通り、まずは味噌汁に手をつけた。

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