22 またいつか

「あっ!」


 驚きのあまり、つい声が出て、僕は慌てて口を抑える。


「なんや?」

「どないしはりました?」


 先輩ばかりか、松籟さんの気まで引いてしまい申し訳ないが、出ちゃったものは仕方がないと、祠の陰を指し示す。


「あの、彼女、大丈夫でしょうか?」

「えっ?」

「はぁっ?」


 多分、全員すっかり忘れてたというか、二人に至っては、気付いてさえいなかった可能性もある。

 そこに横たわったままの、若い女性の存在に。


「彼女、と……『ごりょうさん』に憑依されてたんですけど、おそらく行方不明の女子大生だと思うんですよね」

「ああ、あの火事のヤツか」

「はい。霊縛法で捕らえる心算つもりが、途中で中から出てきて、彼女は倒れちゃったんですけど……生きてますよね?」


 先輩が彼女に近付き確かめる。


「大丈夫、気ぃ失っとるだけや」

「良かった」


 僕は安堵の息を漏らした。


「でも、どうしましょう。やっぱ警察に通報ですか?」

「うーん、そうはいうてもなぁ……」


 いつになく歯切れの悪い先輩。

 関わりたくないと思ってるのが見え見えだ。


「まずは救急車やないですか? とりあえず私が電話しますわ。ここには、よう来ますから、倒れてはるのを偶然見つけたいうても、怪しまれへんやろし」

「そやそや、それがエエ。ほな、俺らはとっととずらかるで」

「えっ、いいんですか?」


 ずらかるって言い方からして、悪いことしてるみたいですけど。


「問題あらへんて。なぁ」

「まあ、かましまへんよ」

「ほな、さいなら」


 手を振り、さっさと帰ろうとする先輩を追いかけながら、僕は松籟さんを振り返った。


「あ、あの、色々お世話になりましたっ」

「こちらこそ、おおきに」


 なんか、いいたいことがありすぎて、うまく言葉が出てこない。


「そういえば、松籟って法名なんですよね。本名はなんていうんです?」

「お二人が教えてくれはったらお教えしますよ」

「えっ」


 なんだよ、結局、偽名ってバレバレじゃないか。


「あ、あの、僕は――」

「はよせいっ」


 先輩の姿が、山道の奥へどんどん遠ざかっていく。

 ああ、もうっ。


「すみません、なんか急いでるみたいなんで――」

「ほな、また今度、ゆっくりおいで下さい」

「ああ、はい。それじゃあ、またっ」


 いつになるかわからない、でも、再会の約束をして、僕は先輩を追いかけた。


「ちょっと、先輩。そんな急がなくてもいいじゃないですか。松籟さんに挨拶もしてないし」

「さいならゆうたで」

「でも……」

「エエねんエエねん。縁があったらまた会えるって。ま、あらへんやろうけど。しっかし、これでアイツ、さらに婚期逃したな」

「えっ?」


 ぷくくっと、楽しそうに先輩は笑う。


「待ってるてゆうてたやん、あの女に。アイツ律儀そうやし、ホンマにそうするやろ。で、最速で生まれ変わっても、結婚出来るようなるまで、20年近くかかるやん。ざまぁみろや」

「年の離れた美少女と結婚出来るんですよ。むしろ羨ましいじゃないですか」

「それはっ……また美少女になるとは限らんし、男かもしれへんで」

「それはそうですけど、浮いた話一つない先輩より、マシかもしれませんよ?」

「それはっ……」


 どんな美女とどんなフラグ立てようと、女神サマに全部叩き折られちゃいますもんね、先輩は。

 せっかくイケメンに生まれてきたのに、勿体ない。


「大丈夫、darlingにはあたしがいるからっ」


 いつの間にか姿を消してた女神サマが顕現けんげんし、先輩の首に絡み付く。


「今日は一杯頑張ったし、あとでたぁっぷりごほう頂戴ねっ」


 豊満な胸を押し当てられても顔色一つ変えず、むしろイヤそうな顔で先輩はいった。


「せや。オマエ、今回の報告書、後で書いとけよ」

「えーっ、これ先輩の仕事じゃないですかっ。僕はお目付け役ですし、それに、先輩の個人的な命令は、もう一切聞かないっていったはずです」

「えーっ、けちくさっ」

「なんとでもいって下さい」


 山を下りた僕たちは、また僕の車に乗り込むと、一路、都心にあるオフィスを目指し走り出した。



          ―― I hope I can see you again sometime soon.

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Callin’ 一視信乃 @prunelle

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