17 昔語り
「で、何から話したらええですやろ?」
松籟さんの問いかけに、先輩は「ああ」と答えたきり何もいわない。
拗ねてしまったのか、先輩が命じたのか、サラスさんの姿はなくなっている。
「えっと、『ごりょうさん』は……」
「と・う・こ。彼女は藤子いいます。ホンマの名はちゃいますが、私はそないに呼んでます。まあ、あだ名みたいなモンですわ」
笑顔で訂正され、僕はそれに従った。
「じゃあ、その、どうして藤子さんが、『ごりょうさん』なんですか? 六部がそうなんじゃないんですか?」
「ちゃいますよ。そもそも私は、すぐに成仏しましたから。ほら、
さらっといわれたけど、これってかなりスゴいことだよな。
だって、生きたまま焼かれるなんて、ちょっと考えただけでも、熱くて痛くて、とても正気なんか保ってられない気がする。
「恨みとか、なかったんですか?」
「なくはないけど、まあ、しゃあないなって。ただ、勾玉と藤子のことだけは気掛かりで、こうして思いを引きずったまま生まれ変わってしまいましたが」
「それで、どうして彼女が『ごりょうさん』に?」
「さあ、それは私にもわからしまへん。何しろ、彼岸にいてましたから」
それはまあ、そうかもしれない。
「そもそも、私が祟ったいう話に、えろう驚かされましたわ。祠にいはるんが誰なんかは、すぐに気ぃ付きましたが、よう眠らはってて話しかけても答えてくれへんかったし、勾玉の邪気も薄まっとって、疫病みの神の力も弱なったんかなぁとか思うてたんですが」
「そういえば、勾玉は脱け殻だとかいってましたけど……」
「彼女があなたの代わりに、村人へ復讐したんとちゃいますか? 疫病みの神の力を借りて」
それまで黙っていた先輩が、急に言葉を発した。
「んなアホなっ。藤子はそないなこと、絶対せぇへん。虫も殺せんような優しい子やのに」
「でも、そう考えるんが自然やないですか? 彼女が災いを齎したから、悪鬼として封じられた」
「そやけど――」
「そこに本人おるんやし、直に聞いたら済む話やろ。藤子さん。彼がのうなったあと、何があったん?」
ビクッと震えた藤子さんの肩を、松籟さんがしっかりと抱く。
それに勇気付けられたかのように、彼女はゆっくりと口を開いた。
「わたしは、ある夜から松籟さまが姿を見せなくなったのが気掛かりで、村の人に彼のことを聞いて回りました。ほとんどの人は知らないと答えましたが、何人か、旅立つところを見たという人たちがいて、そんなこと、彼がわたしに黙って旅立つなんてこと絶対あるわけないと思い、山向こうにある彼の庵を訪ねることにしたんです。
山道を歩いて、ちょうどこの場所へ差し掛かったとき、その祠がある辺りの土が不自然に盛り上がっていて、さらに、何かを燃やしたような跡があるのに気が付きました。何だろうと近付いてみたら、そこに勾玉が落ちていたんです。
これはもしや、松籟さまが仰っていたモノでは、とすぐに思いましたが、だとすれば、それがこんな所にあるのは変です。
わたしはそれを拾い上げ、もし本当に松籟さまの勾玉なら、彼がどこへ行ってしまったのか教えて欲しいと願いました。すると――」
そこで藤子さんは、恋人の顔を見上げた。
「見えたんです。ここで起きたこと、すべてが」
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