19 人柱

「神サマって、それ……」

「疫病みの神かっ……」


 僕と先輩は、揃って息を呑んだ。

 松籟さんは藤子さんに向き直り、華奢な両肩をぎゅっと掴むと、その顔を覗き込む。


「藤子っ、ホンマか? ホンマにそこに疫病みの神がいてるのかっ?」

「ええ、いらっしゃるわ。そして、わたしの願いを叶えてくれた」

「願いって、まさかっ……」


『憎くて憎くて堪らなかった。八つ裂きにしても、飽き足らぬくらいに』


 そういった彼女の姿が脳裏に浮かぶ。

 彼らに復讐出来るのならと、勾玉の言葉を受け入れた彼女。

 やっぱり先輩のいった通り、彼女が邪神の力を借り、村人に復讐したのか?


「彼らも、あなたと同じ目に遇えばいい。生きながら炎に焼かれ、苦しみ悶えて死ねばいいと、わたしは願った。そうしたら、村に熱病が流行り出したの。高熱にうなされ苦しむ姿は、まさに、地獄の炎に焼かれているかのようだったわ」

「そんなっ……」

「それでみんなにいってやったの。これは彼らが松籟さまを殺した報いだって。彼らがどれほど酷いことをしたのか、白日の元にさらしてやったのよっ。みんな、彼らを責め立てた。そして、山中に放置されていたあなたのむくろを弔うため、法要が執り行われることにもなった。これであなたのたまも、少しは安らかに眠れるかもしれないと、わたしはこの子に感謝したわ」


 僕には、彼女が悪いことをしたとは思えなかった。

 だって、彼女は神に願っただけ。

 ただ、それがたちの悪い神だったってだけで……。


「……それで、どないして、君が封じられることになったんや?」


 確かにそれだけなら、熱病の原因が藤子さん――正確には、お腹の中の神サマの仕業だなんて、誰も思わないだろう。

 それこそ、六部の祟りだと思うはずだ。


「……松籟さまを供養するため、遠くの寺から徳の高い法師さまを招いたのですが、その方が仰ったんです。松籟さまはとても深く傷付いておられるから、その御霊を慰めるには人柱のようなものが必要で、それには彼とちかしい者がいいと。それで、わたしが志願したんです。そうすれば、あなたと同じところに往けるといわれたから」

「嘘やな」


 いったのは、先輩だ。


「その坊さんは、あんさんの腹にいてる悪いモンに気ぃ付いて、それを封じようとしたんや。ソイツが生まれてきたったら、それこそ大変なことんなる」

「でも、疫病みの神が、よく大人しく従いましたね」

「……神はまだ完全に目覚めてへんのとちゃうか。村に病齎らしたんも、ホンマは神やのうて、神と繋がっとる彼女が、その力使つこて無意識にやったんかも」


 先輩の言葉に、藤子さんは何もいわない。

 違うとも、そうだとも。


「確かに藤子は、とても安らかに眠ってはるようやった。無理矢理、封じられたようには思えへんかった。それなら藤子は、何も悪ぅない。邪神に騙されたっただけや」

「松籟さま」


 なんかこのまま、めでたしめでたしとなってしまいそうな雰囲気だな。

 藤子さんも、なんかイイコっぽいし。

 さっきはあんなに怖かったのに。

 マジ、サラスさんが助けに来てくれなかったら、殺されるかと思ったくらい――って、あれ?

 僕は、さっきの戦いを思い出す。

 あのとき、彼女は確か……。


「違いますっ。彼女、僕にいいました。またここへ閉じ込めるのかって。それを嫌がって攻撃までしてきたんですよ。あれが彼女の意思なら、彼女が僕を傷付けようとしたってことになるし、違うなら、神は目覚めてます。昔のことはわからないけど、少なくとも今はそうです」


 僕の言葉に、藤子さんはくつくつと笑った。


「藤子?」


 そして、肩に置かれたままだった恋人の手を、乱暴に打ち払う。


「だったら、何? 神が目覚めていようといまいと、わたしはわたしよ。わたしのしたことは、すべてわたしの意思で、吾の意思でもある」

「藤子、何を……」


 松籟さんから数歩離れ、彼女はいった。


「ここは、初めまして、というべきかな。いや、長い旅をしてきた仲でもあるし、久しぶり、のがいいか。ねぇ、父上?」

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