3 御霊信仰

 高速を下りた僕らは、コンビニに寄ってアイスを食べ、ついでに場所を再確認したりしてから目的地へと向かった。

 国道から都道に出て、住宅街を抜け、近くの公園の駐車場に車を停める。


長閑のどかやなぁ」


 外へ出た先輩は、大きく伸びをした。

 平日の午後だからか人気はなく、鳥のさえずる声しか聞こえてこない。

 豊かな自然に囲まれた総合公園だけあって、瑞々しい若葉が目に爽やかだ。


「しっかし、こっから歩かなあかんなんて、考えただけでしんどいわ」


 公園の背後に横たわる低い山。

 資料によれば、あの中に、六部を祀る石宮があるらしい。


「仕方ないですよ、仕事ですから。でも、そんな格好で大丈夫なんですか?」


 黒いポロシャツにベージュのチノパン、紺のスニーカーの僕はともかく、濃紺のスーツに茶色の革靴という先輩は、どうみても山歩きに相応しくない。

 しかも、結構高そうだし、いいのだろうか。


「気ぃせんといて。スーツは男の戦闘服や」

「……まあ、先輩がいいなら、行きましょうか」


 僕は青緑のリュックを背負うと、先に立って園内を歩き出した。

 整備された公園の奥に裏山へと続く道があり、そこからどんどん本格的な山になっていく。

 こんなとこ来るの、高校の遠足以来かもしれない。

 なんて、実家の周りも実はこんな感じなんだけど。


 山道に入ると辺りは一段と静かになり、鳥の声すら聞こえなくなった。

 視界はどこまでも緑の濃淡で、道をれたら帰れなくなりそうだ。


「日陰でも結構暑いですね。歩いてるからかな」

「…………」

「僕、汗びっしょりですよ。先輩は大丈夫ですか?」

「…………」

「先輩?」

「うっさい、ダーっとれっ!」


 そんなやり取りをしつつ、ゆるい坂を登っていくと、急にぽっかり開けた場所に出た。

 その隅の方に、石で出来たほこらがひっそりとたたずんでいる。


「あれですかね?」


 手前に立て札があったので、小走りに近付きそれを読む。


「えーと、りょうしゃ由緒ゆいしょ。旅のぎょうにんが当地でりょの死をげたので、その亡骸なきがらを手厚くとむらったと書いてありますね。えきびょう封じのごやくがあるとされ、人々から『ごりょうさん』の俗称で親しまれていたと」

「そら、自分らで焼き殺しましたとは書けへんやろ。疫病いうんは多分、熱病のことやろな。熱病をもたらした御霊を、神として祀ったんや」


 昔の人は、天災や疫病の発生は、この世に怨みを残して死んだ人の霊の仕業であると考え、それを齎すおんりょうを祀ることで祟りを鎮めたり、またその霊威を借りて、逆にさいを祓うなんてことを行ってきた。

 それが御霊信仰というヤツで、学問の神として有名な天神さまこと菅原道真公も、御霊の一柱である。


 なんてことはさておき、祠に近付いてよく見ると、石造りの扉が少し斜めになってる他、おかしなトコは何もない。


「あの、別に何も感じないですけど、本当なんですかね、その話」


 僕たちがここへ来たのは、超常現象の調査の為で、その現象とは所謂『怪火』だ。

 およそ一週間前、「石の祠が燃えている」という通報が消防へ寄せられた。

 石が燃えるなどにわかに信じ難いが、5月は山林火災が多いので急ぎ駆け付けると、祠は勿論もちろんその周辺にも、燃えた痕など一つもない。

 ただの悪戯いたずらだろうという話になったものの、目撃者も多いし、場所が場所だけに、どういうつてを使ってか、先生の処へ依頼が来たわけだけど。


「さあ、それはまだ――」


 突如、先輩が言葉を切った。

 そして、バッと背後を振り向く。

 僕も釣られてそちらを見ると、木立の間に黒い影が立っていた。

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