第23話 もう一度過去に戻れば
葵との電話が切れたのが合図だった。地面を突き上げる大地震が透哉達を襲った。
透哉の機転により、地震の危機を回避し、皆死ぬことはなかった。
地震はしばらくの間、街中を破壊しつくすと、休憩にでも入ってしまったのか、静かになった。
慌ただしく音を立てながら、ヘリコプターが上空を飛んでいる。どうやら、全国のニュースで報じているのか、何度も旋回していた。透哉はそれを見ながら、葵の心配をしていた。ヘリは透哉達を確認しているはず。また、別のヘリは葵を捉えているかもしれない。ニュースを確認したいが、それを見る手段がなかった。
地震の後に、大津波が東京を襲うが、透哉の記憶では、新宿はその心配がなかった。それは事前に博人達に伝えていた。
東京へ向かったという麻美と連絡が取れない中、透哉達は、計画通り、葵の捜索を開始した。
透哉と詩穂は、避難場所になっている、新宿御苑へ、博人達は、大久保公園へ向かった。
透哉達が向かった新宿御苑は避難客で溢れていた。透哉達は人込みを掻き分ける様に葵を探した。透哉はスマホにある葵の写真を見せながら聞き込みをしたが、口にするのは、「知らない」「そんな余裕はない」「邪魔だ」などネガティブな言葉ばかりだった。皆、余裕がなく、自分の事で精一杯のようだ。
博人達が向かった大久保公園は、日本人と言うよりは、比較的外国の方が多くみられた。博人達は手分けして探し、聞き込みをするが、日本語がうまく通じず、葵の情報を聞き出すことは出来なかった。
透哉達は新宿御苑を後にし、博人達との待ち合わせ場所である、伊勢丹の前で待機していた。伊勢丹のビルも、既に崩壊し、伊勢丹の看板が無残に瓦礫の上に横たわっている。
透哉は瓦礫の上に座って、腕時計を見た。15時10分を回ったところだった。
「あいつら遅くないですか?」
透哉は詩穂に視線を移した。
「そうね。まだ15時過ぎたくらいだし、もうちょっと待ちましょ」
詩穂は苛立つこともなく、意外と冷静だった。
透哉は頷くと、膝の上で両手を握り、そのまま考え事を始めた。詩穂は詩穂で腕を組み何か考えているようだった。
二人の周りは嘘のように静かで、人っ子一人いなかった。ただ聞こえるのは、瓦礫が崩れる音だけ。風も生暖かく、焦げ臭いような血なま臭いような匂いが、鼻にツーンときた。
透哉は腕時計を確認した。時計の針は15時30分を指している。
透哉が立ち上がり、視線を前の方へ移すと、男が足を引きずりながら、こちらに向かってくるのが見えた。
「博人か……」
透哉は目を細くしてみた。どうやらその男は手を振っている。どうやら博人で間違いなさそうだ。しかし、博人は怪我をしているようだった。それに、他の二人がいなかった。
透哉と詩穂は、博人に駆け寄った。遠目にはわからなかったが、全身血だらけだった。ここまで来たのが信じられない程の怪我だった。
「ご、ごめん。ま、真梨阿達は、連れて……い、いかれちまった。あ、あいつら、や、やばいって……」
博人はそう言うと、気を失ったのか、透哉にもたれ掛かった。透哉は博人の右腕を自分の首の後ろに回し、支えた。
「詩穂さん。どうしましょう」
詩穂は右手で口を覆って考えている。詩穂は透哉の眼を見た。
「とりあえず、博人君の容態が心配だから、安全な所まで運びましょう」
「でも、絵理たちは?」
「恐らく、博人君たちは、暴徒化した人たちに襲われたんだと思う。こんな無防備なままそんなところに行ったら、私たちも同じ目に合うと思う」
詩穂はそう言うと、周りを見渡した。
「だったら、どこかで……」
透哉が何を言おうとしているのか、察知した詩穂は、話の途中で割って入った。
「透哉君は何がしたいの? 葵ちゃんを助けるんじゃないの?」
「そうですけど」
詩穂の強い口調に蹴落とされた。
「だったら、今は目の前の事に集中するべきでしょ」
「は、はい」
「別に、この子たちは……」
「その先は言わないでください」
「ご、ごめんなさい」
詩穂も失言を言いそうだったことに謝った。
「たしか、あのあたりにクリニックがあったはずだから、ちょっと行ってみましょう」
詩穂はそう言うと、先頭を歩いた。透哉は博人を支えながら、詩穂の後を追った。
透哉たちは、とあるビルの3階にある、クリニックへ入った。クリニックは、既にもぬけの殻になっていた。詩穂が診療室へ透哉達を案内し、そこにあるベッドに博人を寝かせた。
「博人は大丈夫でしょうか」
透哉は心配そうに尋ねた。
「わからない。でも、やるだけやってみる」
「詩穂さんできるんですか?」
詩穂はフフッと笑った。
「私、看護師の経験もあるのよ。まぁ、簡単な止血とか手当くらいしかできないけど」
詩穂はそう言うと、治療の邪魔になる透哉を待合室のソファーに座らせた。
詩穂は棚を物色している。ガーゼと包帯、消毒液を取り出す。慣れた手つきで、博人の止血する。
さらに棚から針と糸を取り出した。
「少し我慢してね」
気を失っている博人の返事はなかった。
「よし。一応これで大丈夫かな」
詩穂は傷口を縫ったところにガーゼを当て、包帯を巻いた。
「あとは、解熱剤と痛み止めか」
詩穂はそう言うと、病室を物色し始めた。
「う~ん。ないかな~」
詩穂は引き出しや戸棚を開けて確認する。何か思いついたのか、詩穂は診察室のドアを開けた。
「透哉君。水があるかちょっと探してくれない?」
「わ、わかりました」
透哉はそう言うと、診療室へ入った。
「ロキソニンしかないか」
詩穂はロキソニンと書かれた箱を手に取った。
「ペットボトルの水がありました」
透哉は振り向いて、詩穂の方にペットボトルを掲げた。
詩穂は透哉からペットボトルを受け取ると、ロキソニン錠を取り出し、無理やり、博人の口に突っ込み、水を流し込んだ。無意識に、博人はそれを飲み込んだ。
「とりあえず、これで様子を見るしかないかな」
詩穂は博人の口元をハンカチで拭った。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
詩穂は照れたように笑った。「あ~疲れた」と言いながら、両手を上げ、背筋を伸ばした。
「透哉君。残酷なようだけど、博人君はここに置いていく」
「え?」
透哉は不意を突いた言葉に思わず、聞き返した。
「さっきもいったけど、葵ちゃんを探さないと。もう夕方になっちゃうし。夜になったら、それこそ探すの難しくなるよ」
透哉は黙り込んでしまった。何が最善の選択なのか。色々考えると、頭が混乱しそうだった。
「わかりました」
詩穂は黙って頷いた。
透哉は博人にメモ書きを残した。そして、クリニックを後にする二人。透哉達は、もう一つの手掛かりとなる東京駅を目指して歩き始めた。
「もう一度過去に戻れば……」
透哉の呟きに、詩穂の脳裏に一抹の不安がよぎった。
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