第13話 タイムループ

 スマホのアラームの音で葵は目が覚めた。単調なリズムで鳴るアラーム音は既に4回目だった。葵は車内に響き渡るその音をそっと止めた。そのまま手提げバッグに閉まった。





……夢じゃない





 葵はこれが現実の繰り返しなんじゃないかと思った。葵は3回も経験した7月15日の記憶が鮮明に残っていたからだ。





 通路の反対に座っている恰幅のいいおじさんは、読んでいた新聞を畳んでいる。そろそろ新幹線が東京駅に着く時間だ。





 アナウンスが流れる。これも既に聞きなれていた。葵は、新幹線から降りる支度をした。手提げバッグからスマホを取り出す。葵は透哉にメールを打った。





「アルタ前で待ってるから。透哉君絶対遅れないでね。私透哉君に話したいことがあるの」





 新幹線が東京駅に着いた。葵は座席から立つと、誰よりも早く通路に乗り出した。新幹線のドアが開くと、葵は足早に降りた。ホームは人でごった返している。葵は、2番線乗り場を目指して、歩き出した。すれ違う人々にぶつからないように注意して歩く。





 トンっと葵の右肩を誰かが叩いた。葵は突然の事に驚いて振り向いた。声は出なかった。





 振り向いた先には、いかつい顔をした坊主頭の男が立っていた。男はTシャツを着て、ジーンズを穿き、腕にはブレスレットをしている。





「お前、繰り返しているだろ?」





 男は突拍子もなく突然意味不明な事を葵に言ってきた。男は葵の目をじっと見ている。





「え?」





 突然の言葉に葵はうまく返事をすることができなかった。葵は体を男の方へ向けた。2人を避けるように人が行き交う。迷惑そうな顔をする人もいた。明らかに通行の邪魔であるのは間違いない。





「だから。お前、繰り返しているんだろ? 要するに夢と現実の区別がつかない。これは夢なんじゃないかって」





 男はフッと鼻で笑った。





「え? なんであなたが?」





 男は鼻を擦った。





「お前は時間に嫌われたんだよ」





「時間に……嫌われた?」





 葵は首をかしげた。





 この男は何を言っているの?





 葵は怪しいこの男の傍から早く立ち去りたかった。一歩後ずさりした。





「ああ。もう一度言うけど、同じ事を繰り返しているんだよ」





「なんであなたがそんな事を……」





 葵は一瞬考えた。確かにあれは夢ではなかった。それは確かかもしれない。しかし、なんでこの男がそれを知っているのだろうか。男は何か言おうとしたが、葵は急いでいたので、男の前に手を出して制した





「すみません。私、時間がないので」





 葵はそう言うと踝を返し、男から離れた。2、3歩歩いたところで、葵の肩にまたあの感触が訪れた。今度は少し重く感じた。





「ちょっと。何なんですか?」





 葵が切れ気味に言いながら、男の方を振り向いた。髪がなびく。





「恐らく、いや、お前は気づいている。しかし、まだ本当は信じられないんだろう。俺がお前のわだかまりを解いてやるよ」





 男はそう言うと葵の心臓めがけて、持っていたナイフを突き刺した。





「な、なんで……」





「大丈夫。お前はまた戻ってくる。この、時の輪廻からは逃げられない」





 葵は朦朧とする意識の中で、男の表情がなぜか悲し気に見えた。





「……俺も同じなんだ」





 男はナイフを葵の身体から抜いた。ナイフは真っ赤に染まり、刃先から血が滴り落ちている。2人の傍を通る人たちが気付いたのか、1人の女性の甲高い、悲鳴が響き渡った。それに呼応するかのように、2人の元に人が集まってきた。





 葵の身体が男に重なる。血が流れ、全身の力が抜けていくのがわかった。出血というよりも、恐らく臓器をやられているのが致命的だった。男の言葉が遠く聞こえる。





 何を言っているのかわからない。視界がまた暗くなっていく。これが死ぬという感覚。ふわふわして少しだけ気持ちよく感じる。走馬灯は特に見えなかった。





 通行人の悲鳴だけは、キーンと金切り音のように感じた。聴覚はもうだいぶ弱っている。





 重いまぶたを開けると、ぼんやりと血だまりが見えた。男の靴も見えた。血溜まりの温もりを感じたのが葵の最後だった。






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