第11話 シンクロニシティ

「いたっ」





 葵はハッとして目を開けた。後頭部を座席に思い切りぶつけたようだ。葵は後頭部を押さえた。はぁはぁと荒い息遣いで身体が上下に揺れる。通路を挟んだ座席に座る恰幅のいいおじさんが、葵を見て驚いた表情をしていた。





 直後アラーム音が鳴り響いた。葵は車内に響き渡るその音を慌てて止めた。しばらくすると新幹線は東京駅のホームに着いた。葵は腕時計を見ると時計の針は12時ジャストを指している。





 葵は手提げバッグからスマホを取り出した。透哉からの連絡はなかった。そっとスマホを手提げバッグにしまった。まだ後頭部がジンジンする。





 夢でも見ていたのだろうか。福島の郡山から東京駅までは新幹線で1時間以上もかかる。最初の頃は景色をよく見ていたが、最近では途中で寝てしまうことも多かった。だから、葵はアラームを設定していた。





 葵は席を立ち、先に降りるために通路を通る人を見送る。





 大学生くらいの男性は一度私を見るはず。





 葵は心の中で思いながらじっと待った。やっぱり男性は葵の方を向いた。





 あの髪の長い清楚な感じの女性は、躓いて転びそうになる。





 葵は女性を凝視した。女性はやはり躓いて転びそうになった。





 さっきまで見ていた夢と同じことが起きている。葵はドアの前まで歩いた。ホームで待っている人たちも夢? で出てきた人たちと同じだったことに気付いた。正夢にしては出来すぎだと思う。まるで、一度最後まで再生した映画をもう一度最初から見るような。同じことを繰り返していると思うくらいシンクロしている。





 葵は2番線ホームから中央線快速八王子行きに乗り、新宿へと向かった。新宿に着くと、まだ待ち合わせまでに時間があったので、葵は辺りをブラブラした。夢なら同じことを繰り返してもおかしくない。





 葵は今の状況を半ば楽しむように辺りを見渡して歩いた。この道をよそ見していると女の子とぶつかってしまう。葵は、前から誰かを探すように歩いている女の子が近づいてくるのが見えた。





 葵は、その女の子にぶつからない様に人一人分横にずれて歩いた。女の子が通り過ぎた。葵は女の子の後ろ姿を追った。誰かを探しているかのように左、右、左、忙しそうに顔を振っていた。





「そう言えば、透哉君の事知っていたよな……」





 葵はふと思ったが、あまり深く考えるのはやめた。これが夢なら聞いても意味がない。





 手提げバッグにあるスマホから着信が鳴った。葵はスマホを手に取り、電話に出た。





「今どこにいる? もう新宿にいるんだろ?」





 電話の向こうから聞こえてくる透哉の言葉は一字一句同じだった。





「いるけど。透哉君はどこにいるの?」





「俺も新宿だよ。アルタ前に着いた」





「わかった」





  葵は一呼吸置いた。





「透哉君。私なんか変な夢を見ているみたい。てか、夢かもしれない」





「え?」





 透哉が聞き返した。





「ごめん。何かおかしくなったみたい。同じことを繰り返しているみたいなんだよね」





「……葵。お前……」





 一瞬2人の時間が止まった。透哉と葵の言葉がシンクロした。





「これから……」





 2人が言葉の先を言う前に電話が切れた。スマホを見ると電波は圏外になっていた。葵は身構えた。夢ならここで地震が来るはずだ。





 アルタ前で待っていれば、透哉に会えた。前もって電話でもメールでも透哉に伝えることは出来た。しかし、それをしなかった。これが夢なのか夢じゃないのか。確かめたい。同じように再生されるこの事実を追ってみたかった。これから待っているのは「死」なのかもしれないのに。葵は空を見上げた。





 ズンっと重たい衝撃が葵を襲った。次第に強くなっていく地震。アスファルトの地面が波打ち始めた。葵は立っていることが出来ず、その場にしゃがみ込んだ。





 葵は女の子の言葉を思い出した。本当に来た。あれはどういう意味なんだろう。





 あちこちでアスファルトの地面が崩落している。ビルの看板や街灯が大きな音を立てて地面に叩きつけられている。





 葵は自分の周りだけが急に暗くなっていくのが見えた。葵は地面に向けている視線を上空へ向かって振り上げた。





 物凄いスピードで落下してくる看板だった。今度はスローモーションではなかった。





 え? これ現実なの?





 葵は心の中でそう呟いた。看板は葵の目の前に迫っていた。





 ああ、私死ぬんだ……。





 葵は目を閉じた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る