第15話 真実かオカルトか

 帰りのホームルームが終わった。来週からテスト期間ということで、明日の7月10日火曜日からは部活は休みだそうだ。部活に所属していない透哉にとってはどうでもいいことだった。





 それに来週はテストなんてない。




 透哉の後ろの席に座っている博人が話しかけてきた。





「お前、今日ずっとしみったれた顔してるな? 葵ちゃんとなんかあったの?」





 透哉は後ろを振り向いた。





「いや、そういうのじゃないんだ」





「ほんとに? また始まったんじゃないの? 得意のいじけモードがさ」





 隣の麻美がケラケラ笑っている。





「ちげーよ。そういうのじゃないんだって」





 透哉は苛立ちを麻美にぶつけた。博人と麻美は少し驚いた表情を見せた。放課後のクラスは他の生徒達で騒がしかったが、三人の空間だけはシーンと静まり返ってしまった。





 透哉が口を開いた。





「ごめん。ちょっとお前らに聞きたいんだけどさ」





「な、なんだよ」





 透哉のいつもとは違うトーンの声に博人は少し動揺した。





「Fちゃんていう巨大掲示板知ってる?」





「知ってる。知ってる」





 麻美が答えた。スマホを取り出し、何か操作している。





「これでしょ?」





 麻美は透哉と博人にスマホの画面を見せた。





「私、結構この掲示板見てるんだよね。占いとか、恋愛とか」





「まじか。初耳だわ」





 博人は驚いて麻美の顔をみた。





「麻美は絶対こんなサイト見ないと思ってた」





「正直俺も」





 透哉も麻美がこういう掲示板を見るなんて想像できなかった。





「まぁそれはいいとして、その掲示板にさ、未来から来た、っていうスレッドがあって」





 透哉もスマホを取り出した。





「ちょっと二人とも見てみてよ」





 その該当スレッドを開くと二人に見せた。





 博人と麻美がスレッドの内容を確認している。博人が人差し指で画面をスライドさせスクロールする。





「で?」





 博人が透哉の顔を見た。





「え? どう思う?」





 麻美が透哉のスマホを机に置いた。





「どう思うって言われてもね~。未来から来たとか正直信じられないわ」





 博人と麻美はお互いの顔を見て頷いた。





「なんで?」





 透哉は不思議そうに二人に聞いた。博人はあきれ顔で透哉を見た。





「考えてもみろよ。どうやって信じろって言うんだよ。こんなスレッドは、結構前にも似たようなのがあったし。アメリカの何だっけな、あ~名前忘れちまったけど、あっちの掲示板にも未来から来た奴の書き込みがあって、一時期騒がれたけど、その後どうなったかもわからないし。信じる奴もいたみたいだけど、大半は嘘だろってことで落ち着いてる」





「それ聞いたことあるかも」





 麻美は続けた。





「タイムマシンかなんかの設計図とかこれから起こる未来の書き込みがあったとか。でも、実際書き込まれたこれから起こることみたいなのは当たってなかったって」





 麻美は博人の顔を見た。博人は頷いた。





「それで、なんでこんなの俺たちに見せたの?」





 透哉は机に置いてあるスマホを手に取った。電源ボタンを押して、画面を消した。





「実はさ……」





 博人はフフッと笑った。





「自分が書いたとか?」





 透哉はちょっとムッときたが気持ちを抑えた。





「いやそうじゃなくて、実は俺も未来から」





「ぷはははは」





「それはやばいって」





 博人と麻美は腹を抱えて笑った。





「マジな顔してそんな事言うなよ」





 博人は笑っている。





「いや、本当なんだって! ここに書いてあること本当なんだよ」





「はいはい。冗談は顔だけにしなさいよ」





 博人と麻美はあきれ顔で透哉をみた。





「お前そんなくだらないことで、しけた面してたのかよ。頼むよ。本当に。おかしい奴は放っておいて、麻美帰ろうぜ」





「はいはーい」





 調子のいい声で麻美は返事をした。博人は自分の机の上に置いてあるバッグを肩に掛けると、透哉の元から離れて行った。





 麻美もバッグを肩に掛けた。





「透哉、あんまり変なサイト見てると頭おかしくなっちゃうぞ」





 麻美はそう言うと、先に教室を出て行った博人を駆け足で追っかけていった。





 お前にだけは言われたくないよ。





 透哉は深いため息をついた。





「そうだよな……」





 透哉が重い腰を上げて立ち上がったところで、透哉を呼ぶ声が聞こえた。





「神木。ちょっと聞こえたんだけどさ」





 透哉は声のする方を振り向いた。そこには、本多将輝(ほんだまさき)が立っていた。透哉の方へ近づいてくる。身長は透哉とさほど変わらない。やせ型だ。将輝とは博人たちと比べるとそんなに仲が良いわけでもないが、特に仲が悪いわけでもなかった。お互いに話せば話すし、たまに遊んだりもした。





 将輝は、人とは変わった趣味を持っていた。透哉が今そうであるように、将輝はオカルトといった、UFOや心霊や未来とか過去とかそういう話が好きだった。





「神木もあのスレッドみたの?」





「あ、うん」





 透哉は自分の席に座った。将輝は麻美の席に座った。肩にかけていたバッグを将輝は机の上に置いた。





「そういや将輝はその手の話しが好きだったよな?」





 将輝は頷く。





「そうだよ。なんか想像するだけでわくわくするじゃん?」





 透哉は今のこの状況になるまで、オカルトに興味を抱くとかそんな感情は一度たりとも湧くことはなかった。ただ今はそのオカルトの情報にしがみつきたいという気持ちが芽生えている。





「まぁね」





 透哉はフフと笑みをこぼした。





「神木の見ていたあのスレッドって妙に生々しいというか、本当なんじゃないかって」





 将輝の顔が生き生きしている。まるで、ショーウィンドウから大好きなおもちゃを見ている子供みたいだ。





「俺は、本当にあれは未来から来た人が書いたんじゃないかって。そう思うんだけどね」





「なんで?」





 透哉は聞いた。誰も信じないような話を将輝は信じている。透哉はそこに非常に興味が湧いた。





「うーん。まぁ、正確にはそうであってほしいってのがあるんだけどね」





「願望か?」





「そうなのかも。ただ、アメリカのあのダニエル・ホプキンスも最初は本物じゃないかって騒がれたけど、その後はわからずじまいだったから」





 将輝は背もたれに寄りかかり、両手を頭の後ろで組んだ。





「ダニエル・ホプキンスか。さっき博人が言ってたやつかな。そんな奴はあっちにはいなかったような……」





 透哉の何気ない一言に、将輝が驚き、椅子から転げ落ちそうになった。





「今、何て言ったの?」





 将輝が前のめりになって透哉に聞いた。





「ダニエル・ホプキンスなんていなかったって」





「なんでそう言い切れるの?」





 将輝の顔が真顔になっている。透哉は身体をのけぞった。将輝のプレッシャーがきつい。





「誰も信じないんだけど、それはまぁ当たり前だと思うんだけど。まぁ、俺も確証はないというか、何て言うか、俺十年後の未来から来てるはずなんだよ」





 将輝は黙り込んでしまった。





「ハハハ。まぁ冗談。冗談だよ」





 透哉は乾いた声で笑った。はぁ。とため息をついた。





「いや。それが本当だとしたら凄いよ。俺は信じてみたい」





「ほ、ほんとか?」





 予想外の返事に透哉は驚きを隠せなかった。バカみたいな話を信じてくれる人もいる。将輝は純粋なのかもしれない。





「うん。だって、こんなにワクワクする事は他にないでしょ!」





 将輝のニヤニヤが止まらなかった。何か言いたそうだったが、将輝は左手にしている腕時計を見て言った。





「ごめん。これからバイトだから俺、もう行くわ!」





 将輝がバッグを手に持ち、立ち上がった。





「あのスレッドに書いてあった地震の事だけど。あれ本当に来るから。来週のんきにテストなんて受けてる場合じゃないから」





 透哉の声がいつもより低く、将輝を見る目は鋭かった。





「わかった」





 将輝は腕時計をちらっと見た。





「だめだ、もう行かなくちゃ。明日続きを聞かせてくれ!」





 そう言うと将輝はバッグを手に取り、机をはじき飛ばしながら出て行った。透哉は一人ポツンと残された。





「俺も帰るかな。バイトか……なんか俺もやっていたような……気がするけど」





 透哉はバッグを手に取り、教室を出た。校舎を出ると、校庭の方から野球部だろうか、大きな声が聞こえてくる。透哉は部活には所属していなかったので、学校が終わると、自宅に帰るか、友達と遊びに行くか、バイトの三択しかなかった。





 透哉は中学まではバスケ部に所属していた。しかし、三鷹高校のバスケ部は、顧問もバスケに詳しいわけでもないので、それほど力を入れていなかった。透哉は一度バスケ部に入部をしたが、やるなら本格的にやりたかったので、幻滅して、一年の夏に辞めた。





 校舎を出ると必ず通る噴水の前。誰かが座って本を読んでいる。絵理だ。





 毎回ここで本を読んでいるのかな。10年前はそんな事を気にすることなんて一度もなかったのに。





 透哉は立ち止まって、ぼーっと絵理を見ていた。





 それに気づいた絵理は座っていたベンチに本を置いた。ゆっくりと絵理は立った。スカートが風で揺れる。





「なんですか?」





 西日が絵理の影を作った。





「あ、いやなんでも」





 透哉は自分でもこの状況にどうしたらいいのかわからなくなってしまった。気軽に話しかけるのも自分らしくないし、このまま、立ち去るのも悪い気がする。知らないわけでもないし。





 絵理は黙って座った。本を手に取り読み始めた。





「あ、あの」





 透哉がまごまごしていると、絵理はバッグに本を閉まって立ち上がった。





「キモっ」





 絵理の強烈な一言が透哉の胸に突き刺さった。透哉が呆然と立ち尽くす中、絵理はスタスタと歩いて透哉から離れて行った。





 透哉はショックを隠し切れず、しばらくその場から動けなかった。失恋ではないが、異性からキモイという言葉を言われたのは初めてだった。別に顔はカッコイイ部類に入るわけではないが、別に悪くもないと思っていた。





 透哉はふらふらと千鳥足で、ベンチまで歩くと、倒れこむ様に座った。





 何やってるんだろう俺。





 透哉は空を見上げた。何も考えない様に心の中を無にして、雲の流れを見ていた。すると、透哉のスマホが震えた。





 透哉はスマホを取り、画面をみた。





 月美さん……。





 透哉は思い出した。そして、メールを確認した。





「今日、熊井君が急用で来れなくなったから、透哉君と私の二人だからよろしく~」





 熊井って誰だっけ。思い出せない。





 透哉は眉をひそめた。月美さん。真中月美(まなかつきみ)は透哉のアルバイト先の先輩だった。吉祥寺の近くにある成王大学に通う大学2回生だ。面倒見がよく、透哉も慕っていた。





 透哉はスケジュール帳があるのを思い出し、慌ててバッグからを取り出した。七月九日を確認した。確かに、バイトの書き込みがある。透哉はため息をついた。





「……バイトかよ。確か、あのネットカフェだよな」





 背もたれに寄りかかえり、空を見上げた。あの当時の記憶だけが頼りだった。





「わかりました。なるべく早く向かいます」





 透哉はメールを打つと、ベンチから立ち上がり、学校を後にした。




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