第20話 3度目の朝
ブーン、ブーン、と机の上でスマホが振動している。透哉は手探りでスマホを探す。右手に掴んだそれを顔の近くまで持ってきた。虚ろな目で画面を見る。そこには本多将輝の名前が表示されていた。
透哉は通話ボタンを押した。将輝の大きな声が耳まで聞こえてきた。
「透哉寝てたのか!?」
透哉は目を擦り、よだれを拭いた。スマホを耳に近づける。
「もしもし?」
寝ぼけた声が将輝に届く。
「おいおい」
将輝は呆れていた。
「うっ。寝ちゃっていたか……」
透哉は机の上に置いてある卓上カレンダーに目をやった。そこには土曜日までの日付にバツ印がついていた。
「透哉。お前がこの前言っていたことだけど。俺もあれから調べてみたんだ」
透哉は詩穂と出会った次の日、学校で詩穂と話した内容を将輝に話した。その時の将輝は生きてきた17年間で一番驚いた表情をしていただろう。ダニエル・ホプキンスがネットで現れた時以上の衝撃だと口早に言っていた。
「どうだった?」
透哉は壁掛け時計を見た。9時5分を指している。まだ、時間はある。
「調べてみたんだけどさ、ネットには特にこれと言った情報はなかったよ」
透哉はため息を着くと同時にやっぱりかという感想だった。透哉自身も昨日、学校をサボって調べていたが、特にこれといった情報は見つからなかった。将輝も昨日は学校を休んだようだった。どうせあと数日で崩壊するのなら、学校なんていかなくてもいいだろうという理由だった。
昨日、図書館で借りてきた月に関する本や、オカルトに関する本が机に積み重なっている。これも明日地震でうやむやになるし返さなくていいだろう。
「やっぱりだめか。わざわざありがとうな」
「いや、別にいいって。久しぶりに熱中できたから。でも、調べれば調べるほど、にわか信じがたい話だよ」
将輝は笑っていたが、言葉には少々疑義が混ざっていた。
「まあな。それで、将輝、今日はどこに行く予定なんだ?」
ちょっと戸惑ったように将輝が答える。
「今日は、家にいる予定だけど?」
「そうか。とりあえず、家にいたら確実に死ぬからどこか安全な場所に避難して」
「わ、わかった。俺は未来では死んでるんだな」
将輝の乾いた笑いが聞こえてきた。透哉は「うん」とだけ答えた。
「とりあえず、地震が来ても大丈夫そうなところに前もって避難しといてくれ」
「わかった。透哉も無事でな」
「ああ。ありがとう」
透哉は電話を切った。両手を組んで大きく背伸びをした。勢いよく背もたれに寄りかかったので、椅子ごと落ちそうになった。
透哉はスマホの履歴を呼び出し、詩穂へ電話をした。コール音が鳴る。
「もしもし?」
詩穂の声だ。
「もしもし。透哉です。起きてました?」
「起きてたよ。随分早いのね」
詩穂の声は落ち着いている。
「友達からあの件で電話がきまして」
「どうだった?」
詩穂の語尾が上がる。期待しているという事だろう。透哉は少し申し訳なく思った。
「すみません。やっぱりわからないそうです」
詩穂は「そう」と返事をした。落胆したようなそんな感じではなく、やはり落ち着いてた。予想外の反応に透哉は内心当惑したが、それもそのはず、透哉達とは違い、この世界においては詩穂が一番経験しているはずなのだから、同じように調べている事は当然であり納得がいった。
「私も、調べてはいるんだけど、やっぱりわからないのよね。あのおじいさんの言葉だけが頼りになってしまう」
通話口から何かをすする音が聞こえた。恐らく、紅茶かコーヒーでも飲んでいるのだろうか。
「わかりました。ところで、景さんとは連絡されてるんですか?」
「え?」
思わぬ質問だったのだろうか、詩穂は少々驚いた。
「え、まぁ。でも、当日は電話に出てくれないからね……」
「そう言えばそんなこと言っていましたね」
「そうなのよ。といっても、家を出る前までは大丈夫なんだけど。肝心な時に出なくて」
透哉は少し考えたのち、口を開いた。
「ということは、スマホを家に忘れている可能性がありますよね?」
「多分、そうだと思う」
「とりあえず、詩穂さん新宿で待ち合わせしましょう。彼女にもこれから連絡します」
「了解。12時30分にアルタ前で」
「わかりました。お願いします」
「それじゃ、また後で」
詩穂との電話が終わった。透哉は休む間もなく、今度は葵に電話をする。コールが鳴る。
「もしもし?」
「ただいま電話に出ることが出来ません。ピーという発信音の後に、 メッセージを録音してください」
どうやら、東京へ行く準備をしているのだろうか。葵は電話に出なかった。
「透哉だけど、とりあえず新宿に来て。東京駅に着いたら電話ください」
透哉はメッセージを入れた。
次に透哉は博人に電話をした。数コールで博人は電話に出た。
「よう。起きてたか?」
欠伸が聞こえる。
「寝てた」
博人の眠たそうな声が聞こえる。
「前言った通り、新宿のアルタ前に12時30分に集合だけど大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ。それよりも何かわかったのか?」
「いや、わからない。将輝の方もダメだった」
「そうか」と博人は答えた。
「今でもにわか信じられない話だけど、当日になると、なんかソワソワするもんだな」
眠気が吹き飛んだのか、いつもの博人の声に戻っていた。
「麻美には連絡しておいたけど、来るかどうかわからんな」
「麻美はまぁ気分屋だからな。死ぬか生きるかって言うのに」
透哉は苦笑した。
「後、絵理ちゃんにはお前から連絡しといてくれ」
「え? 俺からかよ。大丈夫かな……」
電話越しに博人の笑い声が聞こえてくる。
「大丈夫だって。大丈夫」
言葉に笑みが含まれている。
「ったくこれから大イベントが始まるっているのに。そんなことくらいでびびってんなよ」
「博人お前楽しんでるな? これから死ぬかもしれないってのに。それに、東京から離れれば、生存確率は上がったかも知れなのに。わざわざ皆を死地に留まらせたみたいで。ほんとごめん」
博人はフフッと笑った。
「まぁな。未来には、俺も皆も存在しないんだから。それはあいつらもわかってるはずだ。それに俺も生き残って色々やりたいからな」
「わかった。それじゃ、絵理に電話するよ。それじゃまた後でな」
「おっけー。それじゃ」
博人との電話が切れた。
次は絵理か……。
透哉はお茶のペットボトルの蓋を開けた。3分の1程残っているそれを、全て飲み干した。
時刻は9時35分になっていた。絵理は起きているだろうか。そんなどうでもいい心配をしながら、透哉は絵理に電話をした。
「もしもし?」
絵理の少し高めの声が聞こえてくる。
「あ、透哉ですけど。今大丈夫ですか?」
一瞬変な間が空いた。透哉は右手で髪を掻きむしる。
「あー、はい」
「博人からたぶん話は聞いてるとは思うんだけどさ、藁谷さん今日東京駅行く予定だったよね?」
また、間が空く。どうやら不振がっているのだろうか。透哉の手に汗が滲む。
「はい。その予定でしたが。ていうか、なんで私の番号知っているんですか?」
透哉はギクッとした。何気なく電話をかけたつもりだったが、今の絵理から電話番号を聞いていなかった。本当の事を言うべきか。言わないべきか。本当の事を言うと話がまたややこしくなりそうだから、博人から教えてもらったということに決めた。
「博人に聞きました。あいつが直接電話しろって言うので」
「はぁ」と、絵理は納得の言っていない感じだった。
「それで、今日は新宿に集合何ですか?」
「あ、ああ。12時30分にアルタ前に集合で」
「アルタ前ですね。それで今日何があるんですか? 真っ昼間から皆でお月見ですか?」
博人の奴、絵理に今日の事言ってないのかよ。
透哉はため息をついた。
「いや、確かに今日はそういうイベントだけど、別に月を見ようって、そういうのじゃないんだ」
確かに絵理とは一度一緒に月を見ている。絵理はとても感動していた。
「驚かないで聞いてほしいんだ」
ゆっくりと少し低めの声で透哉は言った。
「え?」
「博人から聞いていなんじゃ、無理かも知れないけど。まぁ、もういいや。いいか? 今日、真昼間の最中に地震が起きる。そして、東京は壊滅する。それで、まぁ……」
透哉が中々言い出せず口ごもっていると、絵理が口を開いた。
「なんですか?」
透哉は頭を掻きむしった。
「藁谷さんは東京駅で死ぬ予定だった」
しばらく二人は無言になった。透哉はその間が息苦しく、続けた。
「俺は一度、藁谷さんを東京駅で助けているんだ。だから、今度はそうなる前にと思って」
透哉は続ける。
「急にこんなこと言っても信じてもらえないだろうし、混乱させちゃうかもしれないけど」
透哉は息をすって、長く息を吐いた。しばらくすると絵理の沈黙が解けた。
「うん。急に言われて、はい。そうですか。って返事は出来ないよ。でも、博人さんは真梨阿さんも来るっていうし、その話は信じられないけど、とりあえず行きます」
「ごめん。本当はもっと色々話したいんだけど、今日の今日だと余計に混乱しちゃう可能性があるから」
透哉は椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。
「わかりました。でも、後でちゃんと聞かせてくださいね」
「うん。ちゃんと話すよ。それじゃ、12時30分にアルタ前に」
「わかりました。それでは失礼します」
絵理との電話が終わった。本当に後で話すことが出来るのだろうか。話すことに意味があるのだろうか。透哉は自信がなかった。
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