第22話 偽りの平和
人工知能体を相手にした永久に終わらない戦争。
生き延びているのではなく、生かされている人類。
人の姿をした機械軍の手先。
立て続けに衝撃の事実を明かされたケンは、それでも気力を振りしぼって会話を続けた。
「そこまで自分たちの秘密を打ち明けるという事は、俺をただでは帰さないつもりなんだな」
「そうよ。MCPUの言う事を聞かなければ、あなたも家族も殺される。私がそうだったように、選択肢は無いの」
レーナが床に視線を落とした。
「君も自分と家族の命を脅かされてるのか?」
ケンは、彼女が自分と同じように脅迫を受けている立場なのか、確かめたかった。レーナが敵なのか味方なのかはっきりしなければ、脱出もままならない。
「ええ、私もよ。だからMCPUに従わざるを得ない。あなたを捕らえたのは私の本意じゃない事は分かって欲しいの」
「でも、君がウラジオストクからやって来たというのは嘘だった」
「……そうよ。
「俺に話した故郷の話や、君の生い立ちも作り話だったのか?」
「軍隊に入った所までは全部本当よ。ウラジオストクで生まれ育って、二〇才までそこで過ごしたの」
「二〇才まで?」
「軍に入ってサイボーグ部隊に所属していた事までは話したでしょう?私は任務中にMCPU軍に捕らえられて、身体改造手術を受けたの。ウラジオストクでは、私は戦闘中に行方不明になったか、戦死したかの扱いになってると思うわ」
「思う?捕らわれて以降、故郷には戻っていないのか?」
「もう戻れないの。このまま戻れば、今度はウラジオストク当局に疑いを持たれる。二年間行方不明になっていた人間が、MCPUの勢力圏から無事に帰ってくるなんてあり得ないわ。」
「二年間も捕らわれていたのか!?」
「その間、この施設で潜入任務のための専門知識を学ばされたの」
「つまりスパイ教育ってわけか。君の日本語が上手いのも、MCPU軍の内情に詳しいのもそこで覚えた事なのか?」
「そう。軍事訓練も受けたわ」
「それで、君の家族は今どうしているんだ?」
ケンが聞いた話では、彼女には確か母親がいたはずだった。
「母は無事なままウラジオストクに住んでる。私がMCPUに従っている限り手出しはされない。母は私の事を心配してると思う。でも、会いには行けない」
レーナは声を落とした。
彼女に母親が本当にいるかどうかケンには確認のしようが無い。しかし、彼女の様子を見ていると作り話に思えないし、これまでの説明に矛盾は無いようにも思える。
「……俺が街を案内した時に君が楽しそうにしてたのは、演技だったのか?」
そう考えると、レーナの裏切りにケンはひどく傷ついた。
「違うわ!本当に楽しかった。今までの人生になかったぐらいに」
「本当にそうならいいんだが、結局、君は俺の敵なんだろ?」
「身体改造を受けてしまったら、もう支配から抜け出す事はできないのよ」
レーナはケンから顔をそむけた。
ケンは彼女を責めるような質問は意味が無いと思い、別の疑問をぶつけた。
「MCPUから受けた改造って何なんだ。元々の義体をさらに強化したのか?」
「そうよ。
それを聞いてケンは理解した。自分が手術室でレーナにあっさり取り押さえられてしまったのは、彼女が腕力も速さも人間を
「でも、手術の本当の目的は他にあった。MCPUに逆らうと、一ヶ月以内に確実に死んでしまう体にされてしまったの」
「その手術の話はさっきMCPUから聞いた。今から俺に受けさせようとしている強制手術と同じものなんだな?」
「そうよ」
「具体的にどういう手術をされるんだ?」
「生命維持のために、ある化学物質を一ヶ月ごとに体に注入しないと生きていけない体にされるの。もしその化学物質の供給を断たれてしまったら、脳が死んでしまう」
サイボーグは体の大部分が機械でも、脳は人間のままの生体組織であるため、化学薬品の影響を受ける。
「それで一月ごとにこの施設に戻って来て、延命処置を受けないといけなくなるわけか。俺の逃走や反乱を防ぐとMCPUが言っていたのは、この事なんだな」
レーナがうなづいた。
「それで、その化学物質ってなんなんだ?」
「私にも分からないわ」
「分からないって……君にも秘密にされているのか?それなら……」
ケンが言いかけた時、レーナが天井の隅の監視カメラに視線をやった。MCPUに聞かれていると言いたいのだろうか。話してはまずい事になりかけたのかも知れない。ケンは質問を変えることにした。
「その手術を終えた後、俺ははどうなる?」
「手術の後は外部端末の名を与えられて、MCPUのために働く事になるの」
ケンはため息をついた。脱出の見こみは低く、抵抗すれば家族や友人が危害を加えられる。敵の手先になるしかないのだろうか。
「その呼び名だが、サイボーグが外部端末と呼ばれるのはどうしてなんだ?外部端末って、管理コンピュータが外部と情報のやり取りをするための末端端末の事だよな?」
レーナが外部端末12と呼ばれた時から、奇妙な名前だとケンは思っていた。
「外部端末と呼ばれるのは、MCPU隷下のサイボーグが、それと似た働きをするからよ。MCPUは人間社会と接触するためにサイボーグを作り出した。思考方法の違う人間達の科学技術を私たち
「ずいぶん直接的な呼び名だな。君は私たちと言ったが、他にもサイボーグがいるのか?」
「いるわ。私は一二番目に作られたサイボーグだから、外部端末12と呼ばれるの」
「人間のフリして都市に接触なんて回りくどい事をしなくても、都市国家を侵略して支配権を奪うとか、個々に人間を捕らえて飼えばいくらでも情報摂取はできるんじゃないのか?」
我ながらひどい事を言っていると思ったが、ケンにはそこが疑問だった。
「支配下に置かれて抑圧されている人間ではダメなの。行動や思想に大きな自由がないと、人間の思考や知識の質が落ちてしまうし、文明は発展効率が悪くなるから。機械が支配した状態では結果的に情報摂取の効率が悪くなるのよ」
「直接支配されてないにしても、俺達は領土を直径二〇〇キロメートルの狭い範囲に制限されて、自由な移動ができないぜ?通せんぼされたモグラみたいに」
レーナに怒っても仕方が無いのを知りつつ、ケンは反感を持った。
「確かに人類の領土は限定されてるけど、個人の日常生活圏は十分に広いでしょう?あなたが私に街の案内をしてくれた時に言ってたように、市民の生活にはあまり支障は無いはずよ。それに、仮に人類側の領土がもっと広かったしても、隅々まで利用する事はないんじゃないかしら。人口はそこまで多くないし、人と生活物資が集まる便利な中心都市に住んでるから」
「……言われてみれば、そうかも知れん」
ケンは短い沈黙の後、渋々認めた。
任務は別として、ケンは士官独身寮を中心に据えた生活を営んでる。毎日のように通う訓練場や、たまに顔を出す両親の実家、行きつけのバー、スポーツ競技場、映画館など、半径10キロメートルほどの活動範囲からほとんど出ない。指摘されて考えてみれば、地下都市に住むたいていの人間の生活圏はそれほど広くないのだ。
無人兵器の出没する領土境界線に任務で巡回に行く事はあっても、個人生活の中でそこに行こうとは絶対に思わない。危険だからというだけでなく、日常生活に関わりの無い所でもあるからだ。
他の市民もそうだろう。たとえ酔狂であっても、安全で便利な都市から離れようとはしない。
「その安全で自由な都市生活圏の中で英知を育てて知識をよこせ、というわけか。安全も自由もMCPUが作り上げたまがい物だが」
「まがい物であっても、安全と自由は科学技術の発展の栄養素なの。社会が安定していないと、発展など論外になってしまうわ。自由もそうよ。過去に自由を制限した社会主義国のほとんどは没落してしまったでしょう?」
「でも、もしも都市国家のどこかが、その社会主義体制を採用したらどうする?」
「外部端末を潜入させて、指導者層を暗殺する。いくつかの都市国家で、すでに何回か実行されてるわ」
「暗殺を!?」
「私たち外部端末の任務の一つよ。MCPUの政治介入が
「君はウラジオストクで社会主義体制が崩壊したと言っていたな。指導者層の暗殺がきっかけだとも。君がその任務をやったのか?」
「いいえ。私は外部活動を始めてから、まだ日が浅いの。ほとんどを研究施設内で知識を詰めこまされて過ごしていたから」
レーナの答えを聞いてケンは、ほっとした。
「でも、ウラジオストクでは半世紀ほども社会主義国が続いていたとも君は言っていただろ?五〇年間もMCPUがそれを放置していたのはなぜなんだ?」
「それは放置ではなく、MCPUの例外的な実証実験だったの。過去に社会主義国だったロシアは世界でも屈指の科学技術先進国だった。ロシアの文化と知識を受け継いだウラジオストクが、同じように社会主義体制を維持したまま新しい科学技術を生み出せるのか、MCPUは見ていたの」
「それでも最終的に政府の転覆が実行されたのはどうしてだ?」
「五〇年間の観察で、やはり社会主義では文明の発展効率が悪すぎるとMCPUが見切りをつけたからよ。思想統制や言論弾圧を行う統治体制では、科学技術の進歩が遅いの」
「つまり人間社会にMCPUがそこまでして介入するのも、人間の技術進歩を効率化するためなんだな?」
「そう。進歩の効率化のためには、どうしても人間達に自由を
「統制社会よりも自由社会の方が活発な発想を
「ええ。檻の中の動物よりも、自由な野生動物の方が知恵や感覚が研ぎ澄まされるように。あなたが動物園で見せてくれたライオンは前者にあたるわ。能力を十分に発揮できずに老死するだけ」
「今時は野生動物なんて見かけないけど、言いたい事は分かったよ。」
MCPUの考えはある程度、筋が通ってはいるとケンは思う。しかし人命や倫理を軽視した人工知能の異質な思考は受け入れられない。理解はしても納得はできないのだ。
「領土の制限は全ての都市国家にしているのか?」
MCPUが海外方面に長い地下トンネルを掘っている事は、ジオフロント軍が偵察によって把握している。MCPU軍の勢力圏は地球規模で広がっていると推測されていた。
「そうよ。でもこれには他にも理由があるの。人間の領土が広がりすぎるとMCPUの監視体制に穴が開いてしまうし、地域によっては違う都市国家同士の領土が重なってしまう。そうすると資源の奪い合いとか民族や思想の違いを理由にして人間同士の戦争が始まってしまうかも知れない」
「人間に好き勝手をさせるとMCPUに不都合だから?」
「その通りよ。MCPUが管理できない戦争を勝手に起こされては歯止めがかかりにくいから、都市国家同士を無理矢理に引き離しているの。」
「自由だけでなく、人類同士の平和も管理されているわけか。じゃあ、俺達が領土だと思いこんでいた所は、人間を隔離して放し飼いにしておくでかい牧場だったんだな」
「そういう言い方もあるわね。受け入れがたいでしょうけれど」
「それは分かったが、なんだかんだ言って結局は技術の開発を人間に依存しているんじゃないか」
「そうね。MCPUは過去の人間が作り上げた技術情報を元にして、発明品を作り続けていた。でも、人間もそうしているわ。新しい発明というのは、過去の技術知識の蓄積によって成し遂げられる物だから。参考にする手元の技術情報が尽きてしまったから、MCPUは人間の都市に接触して新しい技術情報を手に入れようとしているの」
「そして俺がそれを手に入れるスパイになるわけか。ありがたくて涙が出るね。」
その時、部屋のドアが音も無くスライドして開いた。その出入り口には、髪の毛も眉毛も無い無表情の大男が一人立っている。肌の質感は人間のようだが、何か不自然な印象を受けた。白いロングコートのような物を着て、手にはケンの持ちこんだリニアライフルを握っていた。
「こいつも外部端末とかいうサイボーグなのか?」
徒手空拳で何ができるわけでもないが、ケンは身構えた。
「いいえ、これは
MCPUが生物の姿を模写した無人兵器を作り続けているのはケンもさんざん相手にして知っていた。生物の模写というなら、人間の
「こいつがやって来たのは、俺を手術室に連れて行くためか?」
「……そのようね。私が長く話しすぎたと、MCPUが思ったのかも知れない」
大男は微動だにせず、無表情にケンを見ている。武装した
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