第2話 救出
「マルチセンサーは一時
ケンが前進しながら兵達に注意した。
マルチセンサーは、光学カメラに加えて、暗闇で熱源を視覚化する赤外線カメラ、距離を精密にはかるレーザー測定機、音源や移動物を感知する大気変動センサー、人の心臓が発する特定周波数をとらえる心音パルスセンサー等の総称で、戦闘を少しでも有利に運ぶための情報収集装備だ。
装甲車と戦車のある前方へ、重装機動歩兵達は進んだ。旧時代であれば、歩兵が戦車に正面から戦いを挑むなど、狂気の
ケンが援護すべき車まで二〇メートルの距離に進んで岩陰に身を隠した時、横倒しになった装甲車の、運転席側のドアが上に開いた。中から出てきた腕が車の上に何かケースのような物を置き、
その生存者は車が横転した時にケガもしなかったのか、身軽に車から飛び降りた。右手に長身銃、もう片方に大きなケースをさげて、ケン達の方向に走ってくる。そのすばやく無駄の無い身のこなしから、軍人かと思われた。それも高度な訓練を受けた。
その時、追いついたタランチュラが、障害物の隙間から二発目の砲弾を放った。動かない装甲車に、とどめが命中する。一瞬の間を置いて、車は内部から爆発した。装甲車だった物は、大小の
背後から爆発の衝撃波に叩かれたその人物は、前に吹き飛ばされ、倒れ
よほど
ケンは左腰の
追われる者は、ようやく前方にいるケンの存在に気づいた。驚いたらしく、たたらを踏んで立ち止まり、銃をケンに向ける。
「撃つな!君を援護する!」
ケンは相手に手のひらを向け、制止のジェスチャーをした。外国から来たと推測される人間に、それが正確に伝わるかどうかケンには分からなかった。
しかし、言葉か身振りのどちらかが通じたらしく、相手は銃口を
「この岩の後ろに隠れろ!」
手振りで自分が半身を隠している
追われていた人物は一瞬だけためらったようだが、すぐに指示に従って、ケンの方向に走りはじめた。
「電磁グレネード
ケンは、部下に命令しながら敵に視線を向け、距離を目測ではかった。二〇メートルほどの
ケンは電磁グレネードの作動レバーを握りこんだまま、安全ピンを引き抜いた。炎の向こうに揺らめく多脚戦車の未来位置を予測して、
電磁グレネードは、空中に強い電磁パルスを瞬間的に放射する
人間でいうならば、体中の血管や神経を一瞬で破裂させられるようなもので、至近距離で
七個のグレネードは、なるべく複数の敵を巻きこむように、狙って投げられた。その内の三個が、タランチュラのレーザー機銃に空中で迎撃され、破壊された。
さらにタランチュラは、手榴弾の放物線を瞬時に逆算して兵士の位置を割り出し、そこに向けて機銃を
しかし、破壊をまぬがれた残りの四個は、ほぼ狙い通りに三両の多脚戦車の
戦果確認と残敵掃討のために装甲車の
「マルチセンサー封止解除。ライフルでとどめを刺せ。」
ケンは、電磁パルスに対する防御のため、閉鎖状態に置いていたセンサー群を、再稼働させた。
射撃位置に移動した兵士達が、タランチュラの頭部装甲の隙間を狙って、リニアライフルを
ケンも同じく歩行戦車の弱点部分に照準を合わせ、引き金をしぼった。電磁力で加速された弾丸が、秒間一〇発の連射速度で装甲の隙間に正確に撃ちこまれる。フルオート射撃にしては、秒間の発射間隔が長いが、これは弾丸と
弾丸は、戦車内部の構成部品を破壊しながら奥深くに進んでいった。弾倉の半分、二〇発ほどの弾丸を念入りに撃ちこむ。
「死傷者は?」
部下の状態は、ディスプレイ上で呼吸や脈拍を示す、
「沖島一等兵と、小波二等兵が戦死しました」。
望月曹長が答えた。
「……分かった。装甲車に他に搭乗者はいたか?
「いたとしても遺体は見当たりません。車が粉々になりましたからね。」
望月が気づかわしげに、唯一生き残った人物をちらりと見た。
「俺が話をしてみる。周囲を警戒しろ。」
ケンの命令で、生き残った七名の部下達が散開し、直径五〇メートルほどの円形警戒陣をつくった。
ケンは救出した人物に視線を移した。そのやや小柄な人物は、初めて見るライフルを手に持っていた。ヘッドアップディスプレイは、自動解析結果を表示した。
装甲服は情報照会不可。
ライフルはロシア軍の制式小銃アブトマット・ラザール六八、通称AL六八レーザーライフルに外見が類似する、と告げていた。
その型式と、”類似する”という情報から、二〇六八年にロシア軍で正式採用されたレーザーライフルの改良バージョンなのかな、とケンは思った。
兵士は、装甲服の前面ライトをつけた。そしてもう一方の手に持っていた大きなアタッシェケースを地面に降ろし、頭部を保護する黒い装甲ヘルメットを脱いだ。
その人物は、二〇歳前後と思われる西洋人女性だった。肩に届きそうな長さで切りそろえた明るい栗色の髪と、はっとするような緑色の瞳が印象的だった。
ケンもそれに応じてヘルメットを脱いだ。二〇代前半の若い男の顔が表われた。
「助けてくれてありがとう。」
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