外部端末12
コハク
第1話 重装機動歩兵
二二世紀。西暦二一二二年。
暗く広大な地下空洞に、プラズマの閃光がきらめいた。
「状況を報告せよ。」
ケンは、緊張した声で通信を送った。
「装甲車が追われてるらしい。その後ろ三〇〇メートルに、
本隊から離れて先行偵察に出ていたハース一等兵から応答が入った。
「了解。ハース、分隊警戒線まで戻れ。他はそのまま待機。」
答えたケンの本名は、
彼は
階級は少尉で、指揮官を養成する士官学校を出て二年目になる。
ケンは高さ一〇メートルほどの
部下の報告通り、タランチュラと呼ばれる八足歩行のクモ型無人戦車が三両、一台の装甲車を追っていた。
そして装甲車の上には、体長一メートルほどのハチの姿の
追われる装甲車はタランチュラの砲撃を受けないように、道ばたの大きな
しかし車の動きに合わせて飛行するワスプは、獲物の位置情報を無線でタランチュラに伝え続けているはずであり、振り切る事は不可能に見えた。
飛行ドローンのワスプは、鋭いしっぽの先に
「追われてる装甲車は、友軍のものじゃないな。」
ケンは隣にいる副長に確認した。装甲車は前から見ると縦長の台形のような形をしている。これまでに見たことの無い車両だった。
「はい。
ケンを補佐する分隊副長の
一七式
防弾と耐衝撃の装甲服も
「そうなると、あの車は外国から来たことになるな。信じられん。」
どう対処したものか、とケンは考えた。
「我々が外国人に出会うなんて、半世紀ぶりですかね。」
望月が答えた。
五〇年ほど前に世界規模の核戦争が起こり、地下都市どうしの連絡がほとんど絶たれてしまって以降、外部からの来訪者など、彼らの
「ともかく、追われてるのが人なら、助けてやりたい。」
「はい。無人兵器に追われているなら、人なのは間違いないでしょう。」
望月が同意した。
偵察に出ていたハース一等兵が、分隊が横長に形作る警戒線まで戻ってきた。
ケンは少し考えた後、九名の部下達に指示を出した。
「追われている車を援護する。ただし、タランチュラ達が我々の警戒線の間を通り過ぎるまで攻撃は待て。通り過ぎた所に背後から
「了解。」
五メートルほどの間隔を置きながら、岩陰に二人ずつ隠れている部下達が答えた。
ケンは岩棚の上からさらに指示を出し、装甲車が通ると思われる、広い間道の両側に、兵士達を再配置して隠れさせた。
情報
ケンは頭にかぶった黒い防弾ヘルメットを通して、状況を見守っている。これは全面核戦争の以前、カーレース競技で使用されたヘルメットに形が似ている。しかし、装甲服と
その視界確保部分を保護するのは、透明のナノ結晶セルロース装甲で、文字や映像を半透明で表示する
「装甲車の距離、分隊警戒線まで二〇〇メートル。」
望月が分隊全員に伝えた。
逃げる車は、今は小さな地下丘陵の裏側にまわって、歩行戦車の攻撃範囲に入らないようにして走っている。
「もう少しだ、がんばれ。」
ケンが相手に届くはずのない言葉を、つぶやいた。
「ワスプを撃ち落としますか?」
望月が、質問の形を取った進言をした。
「いや、待て。タランチュラに、こちらの待ち伏せがばれる。」
ワスプを
見落としが無いか、装甲ヘルメット内部に表示される情報に、ケンはもう一度目を走らせた。
ヘルメットは、
この
車が近づいたことで、より細かい観察ができるようになった敵味方識別システムは、正体不明の装甲車の分析精度を高めた。そして
「ウラジオストク軍?ロシアの装甲車なんて初めて見ましたよ。」
望月曹長が、生きてる化石を見つけたような、驚きの声を上げた。
「ああ、俺もだ。システムの分析が正しければ、だけどな。」
そう応じたケンも、同じような気分だった。
一方、赤い輪郭線で囲まれている奇怪な歩行戦車に視点を合わせると、別の文字ウィンドウが表示された。
”タランチュラ軽戦車”。武装や弱点部分の情報がその後に続く。
タランチュラは、その名前の由来となった動物のように、折れ曲がった四
人類の敵である人工知能体MCPUが、ワスプと同様に生産し、操る兵器の一つだった。MCPUはなぜか、生物の姿を
いきなり、追跡するタランチュラの内の一両が主砲を発砲した。標的への照準を
三つの車輪で走る事になった装甲車は傾き、尻を引きずりながらも少しの間走り続けた。しかし進むうちに左前輪が大きながれきを踏みつけてしまう。大きく傾いた車体は、そこでバランスを失って横転した。ケン達の待ち伏せの警戒線まで後一〇〇メートルの距離だった。
待ち伏せの意味が無くなった事を知ったケンは、作戦を変更した。
「前進して、生存者がいるなら救出するぞ。
一斉に電磁グレネードを投げ、タランチュラの電子回路を焼き切る。動きを止めたら、装甲の隙間から弾を撃ち込め。」
最初に立てた作戦では奇襲効果を高めるため、ワスプとタランチュラをいったん通過させ、斜め後ろから攻撃をしかけるつもりだった。だが、装甲車がこちらにたどり着く前に動けなくなった今、戦術を変えるしかない。
”戦場では決して思い通りに事が進まない”という訓練教官の言葉が、ケンの頭をよぎった。
命令を下しながら、ケンは右手に持っていた小銃でワスプに狙いをつけた。待ち伏せからの奇襲を、正面からの
ケンが
リニアライフルの見た目は火薬式ライフルとほとんど変わらないが、内部の発射機構が根本から違う。電磁力で弾丸を加速して射出するため、反動も少ない。火薬を納める必要の無い弾は、
ケンは、リニアライフルの安全装置をはずした。ヘッドアップディスプレイの視界内で、ライフルの銃口から、弾道予測の仮想線が瞬時に伸びる。
拡大表示された一〇〇メートル先のワスプに弾道予測線の先を重ねて、
発砲音はせず、代わりに空気を切り裂く、鋭い風切り音が響く。
飛来した高速弾に胴体を引き裂かれたワスプは、地面に部品を飛び散らせながら
「前進!」
ワスプを撃ち落とすと同時にケンは叫んだ。
「了解!」
部下達が口々に応答した。
ケンはリニアライフルを片手に持ったまま、四階建ての建物の高さに相当する岩棚から飛び降りた。
分隊を構成する一〇名の兵士達は重い
着用者が動こうとする時には、体の表面に発生する生体電位信号を、外骨格の内部センサーがすばやく感知する。そして着用者の動きに同調して、時間差無しに外骨格の関節が曲がる。このため重い装備を身につけていても、動作に遅れが出る事が無い。
外側の
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