第14話 電子戦ドローン ヘッジホッグ

 二台の装甲輸送車に分乗した一八名の重装機動歩兵とレーナは、大隊駐屯地を後にした。境界線に向かうこれら輸送車には、光学迷彩を装着したバイクが二台積みこまれている。


 「今さらだけど、バイクの操縦方法は習ったのか?」


 後部座席でレーナの隣に座っていたケンがたずねた。


 「うん。昨日とおとといの二日間、練習したわ。主に燃費を節約するコツを教えてもらった。初めてバイクに乗ったんだけど、走ってみると爽快そうかいね。」

 「そうか。光学迷彩の方はどうなんだ?」


 二日だけの練習で何とかなるんだろうか、と思いつつケンは続けて聞いた。


 「予備のバイク共々ともども、ちゃんと動作テストして、問題はなかったらしいわ。」


 ジオフロント軍の技術兵団は、光学迷彩の動作確認のために、出来上がったバイクで無人兵器に見つかる場所をテスト走行してみたが、敵は何の反応もしなかった。カモフラージュの欺瞞ぎまん機能が有効な事は証明されていた。


 「ならいいんだ。......でも、決行前にこんな事言うべきじゃないだろうけど、一八時間もバイクで走るなんて大変だぞ。俺だったら途中で眠っちまうかも。」

 「私の体はナノマシンの入った義体で、睡眠ホルモンの分泌ぶんぴつをおさえられるわ。睡眠障害を意図的に起こして、目を覚ましている事ができるの。体に悪いからめったにやらないけど。」

 「そんな事が出来るのか!?しかし......。」

 「私は軍人だし、危険も承知してるわ。

 でも、あなたは私の事をとても心配してくれてるのね。ありがとう、ケン。」


言葉を重ねようとしたケンは、レーナに本心を知られて赤面した。幸い装甲ヘルメットをはずした状態で、小声でしゃべっていたから、部下達には会話を聞かれていない。


 地下道路を走る二台の装甲輸送車は、第二五前哨基地の前を通り過ぎ、境界線付近までやって来た。ジオフロント防衛軍の軍用地下道路と機械兵器軍の支配する巨大地下空洞の隣接地点だ。この二つの空間をつなぐ出入り口には、人類側が設置した迎撃兵器群があり、砲口ないし発射口を敵側の勢力圏に向けている。


 五日前にケンとレーナが通った場所に、再び戻ってきたのだった。

 

 「目標地点への到着まで、あと五分。」


 装甲車の操縦手が車内に伝えた。


 「第二小隊、総員ヘルメットを装着。戦闘態勢とせ。」


 ケンはそばのハンドマイクで指示を出した。命令は後続の装甲車にも無線で届いている。


 ケンは装甲ヘルメットを頭にかぶり、うなじの辺りから伸びている情報連結ケーブルの先の接続端子を、装甲服右肩後ろの接続口ソケットに差しこんだ。軽くひねってケーブルを固定する。それと同時にヘルメットと装甲服のつなぎ目も自動閉鎖され、密閉された。


 続いてヘルメットの合成視界ヘッドアップディスプレイに、一七式強化外骨格パワードスーツ状態ステータス表示図があらわれ、全機能正常オールグリーンである事が告げられる。


 次にケンは脇の武器固定台ラックに置いてあったリニアライフルをはずし、電源パックを底部に差しこんだ。短距離無線装置内蔵の銃の状態が視界に表示され、異常が無いのを見て、弾倉マガジンを差しこむ。初弾が銃身レールの端に自動セットされた事を確認した。これで準備完了だ。


「到着まであと二分。」


 操縦手が再び告げた。


 「望月曹長、装甲車に二名残して、リヴィンスカヤ少尉の護衛につけろ。

 残りの隊員は敵領域に侵入。偵察をおこなう。安全を確保した後、リヴィンスカヤ少尉を送り出す。」


 防衛軍は戦闘が予想される任務では、無線操作の偵察ドローンを使わない。制御乗っ取りハッキングを受けて、敵に逆利用されてしまった例が過去にあるからだ。技術兵団では解読と割り込みが不可能な量子暗号通信の開発が進められているが、上手くいっていない。二一世紀に存在したこの通信方法は、今は遺失技術ロストテクノロジーだった。


 「目標地点に到着。」


 装甲車が停止した。


 「周囲に敵影無し。」


 操縦手に続いて、周辺警戒を担当する砲手が、ディスプレイを監視しながら言った。


 「第二小隊、降車。一カ所に固まるな、散開しろ。」


 ケンの指示で装甲車の後部防弾扉が開かれ、重装機動歩兵達が次々に車外に降りる。彼らは互いに距離を取りつつ、すぐそばの境界トンネルに入った。


 小隊は境界トンネルを通り抜け、大量設置された防御兵器群の横を進むと、MCPUの支配圏に踏みこんだ。起伏きふくのある広大な地下空洞の中には、今のところ敵は見当たらなかった。ここは後方の第二五前衛基地が複数の監視カメラで見張っている場所でもある。敵が現れたら防御兵器群の砲撃支援が受けられるので、まだ安全と言える。



 基本的に敵無人兵器達は、防御兵器群の射線が通る攻撃範囲内には入ろうとしない。過去に何度も撃退された事で、彼らにとっての危険地帯である事を学習しているのだ。


 しかしそれでも時たま強引に進撃してくる事はある。その時には大量の数をそろえて、防衛軍が対処しきれないほどの飽和攻撃を行い、犠牲にかまわずトンネル内部に侵入してしまう。後方に置かれている前哨基地にその一部が到達する事すらあった。


 人類側にわけが分からないのはそこからの行動で、それ以上の侵略を無人兵器達はしてこない。多大な犠牲を出しながら突撃を繰り返し、不意に戦闘を終わらせ、何も得ないまま引き上げてしまう。


 防衛軍の実力をはかるための威力偵察なのか、こちらの領土拡大をためらわせるための牽制けんせい攻撃なのか、それとも他に得体の知れない理由があるのか。

 無人兵器達の行動は全く不可解で不気味だった。


 

 ケンは境界トンネルの出口の辺りに身を隠して、部下達を二名一組ツーマンセルで前進させた。トンネル出口を起点に小隊を扇状に広げていき、所々にある岩陰をチェックさせる。隠れて攻撃の機会をうかがう、待ち伏せタイプの無人兵器もあるからだ。


 部下達を先に行かせてケンが後ろに留まっているのは、もちろん恐れているからではない。戦闘が始まった場合、後方から小隊の指揮管制をし、レーナを逃がさなくてはいけないから、その中間地点にいるのだった。


 無人兵器が発見されず、奥行き三〇〇メートルほどの安全確保クリアリングがされた後、ケンは小隊を停止させ、そのまま警戒を続けさせた。


 レーナを呼び寄せて、護衛の兵にはバイクを押してこさせる。後ろの荷台には、レーナが交渉で得た、データディスクの入った保護ケースと、二一式電磁短機関銃スマッターマグという護身用武器を乗せている。


 スマッターマグはコンパクトなサブマシンガンで、レーナが自分のレーザーライフルと交換で受け取ったものだ。


 全長は六〇センチでしかも軽量なのでバイクに積んでも邪魔にならないが、その反面に短銃身から発射される弾丸の威力は弱い。

 しかし、今は弾倉マガジンにブルースクリーン弾という、命中時に高圧電流を発生させる新開発の特殊弾が装填そうてんされているので、万が一の時にはこれを無人兵器に浴びせて機能不全を起こす事ができる。


 レーナがトンネルに入ってきた時、彼女はすでに光学迷彩のケープを身にまとっていた。その下には高速走行の時に生じる風速冷却を軽減するため、上下一体の黒いライダースーツを着ている。地下空間の温度は低いから、長時間走るのならば保温の装備が必要だった。


 彼女の義体には、多少の体温調節機能が付いているが、それを明かされた技術兵団が、余計なエネルギーは使わない方が良い、と特別に用意したのだ。


 さらにこのスーツは、体が発する赤外線を外に漏らさないようになっているので、赤外線センサーの眼を持った無人兵器を相手に、いくらかのカモフラージュ効果が見こめる。


 「今なら安全だ。行ってくれ。本当は、帰り道全部の安全を確保してあげたいけど。」


 ケンがレーナに言った。


 「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいわ。」


 レーナが笑いながら風防ゴーグルをかけ、フードをかぶった。フードと一体化したマスクを鼻まで引き上げ、首の下の細いストラップでフードをしぼめる。レーナの頭部は光学迷彩でほぼ覆われた。


 「さよなら。無事を祈ってるよ。」

 「うん。任務で訪れたのだけれど、あなたのおかげで、本当に楽しかった。」

 「また来いよ。街を他にも案内するからさ。」


 他にもっと伝えたい事があったが、彼女を困らせるだけかも知れないと、ケンはそれを言うのをおさえた。


 「ええ。通訳官として、また来られると思う。その時は......。」


 レーナがそこまで言った時、突然ケンの無線に部下の声が入った。


 「敵を発見。距離四〇〇メートル。ヘッジホッグ一両とヴァイパーが三機。舗装道路の真ん中で停止した。まだこちらには気づいていない。」

 「レーナ、待ってくれ。この先に無人兵器が現れた。」


 ケンがレーナを止めた。二人がいる位置からは、隆起した地面にさえぎられて、敵の姿が見えない。地下丘陵の向こう側にいるのだ。高所に陣取る見張りからの連絡だった。


 ケンは視線検知システムで合成視界ヘッドアップディスプレイ内のウィンドウを目で操作し、報告を寄こした部下の視界映像を表示させた。


 そこには四機の無人兵器が映っていた。MCPU軍が地下空洞内にいた舗装道路の中央辺りを占拠している。MCPUの勢力圏に道路が引かれているのは、機械兵器達がスムーズに自分の領域を移動できるようにするためで、人間達に利用させるためではない。


 ケンは、ヘッジホッグと呼ばれる無人兵器が一両混じっているのを確認して、これはまずい、と思った。

 

 ヘッジホッグは、背中を丸めたハリネズミのような姿をした、全長五メートルの四輪駆動兵器だった。


 銀色の背中から一〇本のトゲが突き出た攻撃的な外見だが、実は電子戦E Wに特化した支援ドローンだ。

 

 電子妨害モードでは体から突き出たアンテナトゲから多周波の妨害電波を出して無線を混信させたり、放熱しながら自走するおとりユニットをバラまいて、センサー探知を攪乱かくらんしたりする。


 電子攻撃モードでは、デジタル無線でコンピューターウィルスを放出し、兵器管制システムを汚染して機能不全を引き起こしたり、時には兵器の制御権奪取ハッキングまでこころみてくる事もある。


 他にも機械兵器軍の無線を増幅中継して広範囲から仲間を呼び寄せたり、下位のドローンを指揮して連係攻撃をしかけてきたりもする、恐ろしく厄介な無人兵器だ。


 しかし、銃砲のような直接的な火力を持っていないので、ヘッジホッグには常に複数の護衛ドローンが随伴ずいはんしている。


 そのヘッジホッグの周囲を囲む三機の護衛が、ヴァイパーという全長六メートルの蛇のような姿のドローンだ。胴体部分に関節がいくつも付いていて、狭い場所にも潜りこめる。小型誘導ミサイル発射装置と、近接防御用の回転式機関ガトリング砲を胴体上部に複数搭載していて、これもやはり危険な相手だった。


 敵がレーナの出発地点付近にいるなら排除する、という作戦だから、攻撃を加えて撃破しようと、ケンはいったん考えた。しかし、ヘッジホッグと随伴ドローンの組み合わせは強力で、味方に犠牲が出るかも知れない。それがケンを躊躇ちゅうちょさせた。


 まだこちらが見つかっていないのなら、ここは隠れてやり過ごし、無人兵器がいなくなってからレーナを行かせようか、とも思った。これなら犠牲者は出ない。


 しかし、無人兵器は侵入者監視のために、同じ場所に何日もその場に居座る事がある。実際、現れた四機の無人兵器達は道路の上で停止した後、ピクリとも動かない。


 ケンは悩んだ。


 レーナは光学迷彩を身につけているのだから、このまま行かせても発見はされないはずだった。しかし、道路を通って敵のそばをすり抜けるのは、さすがに危ないのではないか、とケンは思った。どんなカモフラージュを装備してるせよ、敵との相対距離が近づけば、それだけ発見される危険が高くのだから。


 ケンはレーナの安全を優先させる事を考えて、当初の作戦通りにいく事にした。


 「レーナ、道路の真ん中に無人兵器が居座っている。これから攻撃をしかけて排除するから、下がっていてくれ。」

 「あなた達はこれ以上危険をおかすべきじゃないわ!私には迷彩があるから大丈夫よ!」

 「このまま道路を走るのは危険だと思う。代わりに通れる舗装道路が他に無いんだ。」

 「だったら、安全をとって横の岩場を走ってみるわ。オフロードバイクだから、何とかなると思う。」


レーナは乗っているバイクを見ながら言った。


 「君はこれから一一〇〇キロも走るんだぞ。不整地走行なんかして、燃料を余分に消費するべきじゃない。そのバイクの航続距離は、最高に長くても一二〇〇キロなんだろ?」

 「じゃあ、無人兵器のすぐ横をすり抜けてみるわ。」

 「ダメだ、危険すぎる。光学迷彩がどれだけ優れているか知らないが、過信するべきじゃない。」

 「でも、あそこを通過した後でも、いずれ道路の真ん中にいる無人兵器に遭遇するわ。ここに来る時、何回も無人兵器のすぐ横を通ったのよ。それでも見つからなかったわ。

 あなたこそ危険な事をするのはやめて、お願いだから。」

 「敵の排除は最初から作戦で決まっていたんだ。心配してくれるのはありがたいが......」


 ケンが言いかけた時、装甲ヘルメット内の表示が一瞬、解読不能な文字に入れ代わり、ブロックノイズが入った後、すぐに元に戻った。


 「何だ!?」


 「敵に発見されたようです!ヘッジホッグからウイルス攻撃を受けました!」

 部下から悲鳴のような報告が届いた。

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