第11話 ロボット社会

一休みした二人は中空公園から降りて、再び住宅街を歩き始めた。


 「ウラジオストクの意味を知ってる?」


 しばらく歩いた時、レーナがためらいがちに聞いた。


 「それも情報ライブラリで読んだよ。”ロシア東部を支配する街”とかいう意味だろ?

 他にも”東方を征服せよ”とか”東方の支配者”とかいう訳もあるらしいけど。あの街から見て東方は日本の事だよな。」


 ケンが思い出しながら答えた。


 「気を悪くしないでね。」

 「それ、何百年も前に付いた名前だろ?当時と今は、政体も世界情勢も違う。そっちが侵略してくるなんて、思っちゃいないよ。」


ケンが笑った。


 「それなら良かった。」

 「MCPUと戦争しながら、人間同士でも争うなんて、自殺行為に等しいしね。

 まあ、昔は両国で多少もめ事があったみたいだけど。」


 日露戦争など、互いに多大な犠牲者を出した戦争の当事者達には、多少どころのもめ事では無かっただろうが、レーナの立場を気遣って、ケンはあいまいに表現した。


 「そうね……。」


レーナが目をそらした。


 「ああ、君の都市では、ロボットはどう使ってるんだい?」


 少々気まずい雰囲気に気づいたケンは、強引に話題を変えた。


 大通りを清掃している人型ロボットが目に入ったのだ。歩道に一定間隔で植えられた常緑樹の落ち葉を、清掃車の吸引器を使って吸い取っている。回収された落ち葉は人工的に発酵を加速させられて、腐葉土として土に還元される。


 通りの反対側には、監督作業員に見守られながら歩道のセラミックタイルを補修する、作業腕アーム付きの無人土木車両が止まっている。


 そのそばを通り過ぎた年寄りの荷物持ちをしているのは、金属の足が生えた容器のような見かけの六足歩行ポーターだ。車輪ではなく足が付いているのは、段差を上りやすくするためだ。


 「ロボットは、私の街では忌避きひされて、ほとんど使われてないわ。ここでは、結構たくさん使っているのね。」

 「うん。でもロボットを嫌がる人は、少数だけど、この街にもいるよ。主に軍人かな。

 君の街で忌避されるのは分かる。機械兵器と戦争してるから仕方ないよな。」


 作業ロボットと無人兵器の違いを区別してるケンですら、清掃ロボットなどを見て、たまに落ち着かない気分になる。


 「MCPUの攻撃があるのに、この街の人はロボットが恐くないの?あなたは?」

 「俺かい?そうだな……。

 MCPUに限らず、ロボットの暴走なり悪用なりは過去に何度もあった。それを考えると、正直恐いね。

 でも、一方でロボットが人類文明の発展に大きく貢献したのも事実だし、今もその利便性を捨てるにわけにはいかない、と思ってる。

 ここじゃほとんどの人が、恐いから嫌だ、なんていう感情論を振りかざさない。あっちは殺人ロボット、こっちは生活のパートナーって感じで、きっぱり区別してる。

 あ、君の街の人達を、感情的な連中って言いたいわけじゃないぞ。」

 「分かってるわ。危険かも知れないけど、利用してるの?」

 「利用しながら、慎重な監視と制御をおこなう、という所かな。この都市の学校でも、そう教えられるよ。科学技術全般にも同じ事が言えると思う。

 まあ、きちんと実行できているか、たまに怪しい所もあるけど。」


 ケンが軍務で装着する強化外骨格パワードスーツも、関節稼働の加減などに、ロボット制御技術が流用されている。しかし、戦闘がいったん始まったら、完全に命を預けて戦うしかない。慎重な制御どころか、自分が制御されているように思うことすらある。


「この街でロボットを排除しないのは、教育の影響もあるんでしょうね。

 私の都市の政府は、市民の危機意識を刺激して、求心力を得るために、ロボットは危険だ、としか教えない。全員がそれを信じこんでるわけじゃないけど、そういう意見が多数派になってしまってるわ。」

 「ふうん。まあ、人を狩る無人機が実際にいるから、あながち偏見とも言えないかな。

 でも、ロボット全部を危険とみなすのは、極端じゃないか?それってなんだか、昔からよく使われる政治宣伝プロパガンダみたいにも聞こえるけど。」

 「ええ。まさにプロパガンダよ。敵を設定して、徹底的に悪役にしたて、味方の支持や結束力を得る。この街はロボットを受け入れて街を維持してるけど、私の街はロボットを敵視することで街を維持してるの。」

 「プロパガンダなら、神戸でも流してるよ。”いつかMCPUを倒して、地球を取り戻しましょう”みたいなゆるいやつだけど。

 いや、これ、ただの標語スローガンかな?」

 

 ケンが首をひねった。


 「それにしても、きみは体制側の人間なのに、政府に批判的なんだな。」

 「批判ではなく、統治の方法を要約しただけよ。

 確かに、私は政府のやり方全てに、賛成しているわけではないわ。政府の良くない所は分かってるけど、母都市ぼとしのためには力を尽くしたいと思ってる。」


 レーナは歩道に視線を落としながら答えた。


 「すまん。君の都市くにへの忠誠に、何か言いたかったわけじゃない。」


 現政権への支持と愛郷心は別の物だろうが、まずい事を言ってしまった、とケンは思った。


 せっかく話題を変えたのに、なんでこんな事になっちまったんだ、とケンは頭の中で頭を抱えた。


 「それで、さっきあなたが言った事だけど、食料生産はほとんどロボットがしているのね?」


 今度はレーナが話題を変えた。ケンの方が逆に気を遣われてるようだ。


 「そう。その他の単純労働や危険作業もね。労働力を補うためだよ。人間が監督に付くけど、人手は少なくてすむ。

 本来人手を取られる作業の大部分を、ロボットが肩代わりしているから、市民は、生存活動に直結しない娯楽産業や学術機関なんかに人材を割けてる。」


 ケンはホッとしながら答えた。


 「そうなのね。大昔、支配階級の貴族や聖職者が、芸術や学問を発展させたのと似てるわね。」

 「うーん、そんな事、考えたことも無かったよ。でも、そうだな。時間と手間のかかる重労働を下層階級にさせて、自分達は食の心配をせずに、知的生産に没頭してるってわけか。」

 「あなた達を、非難しているわけじゃないのよ。社会構造が似てるって意味で言ったの。」

 「分かってる。ロボットは、昔の農民や鉱夫の役割を果たしているわけだ。

 確かに、市民が重労働から解放され、余剰食糧もできたから、生活にゆとりができたって所は似てるな。」


 ケンがうなずいた。


 「そのロボット達は、この街に何体ぐらいいるのかしら?」

 「都市人口二五万人に対して、ロボットは、大小合わせて三〇万体ぐらいだったかな。」

 「三〇万体も!?人よりも多いの?」


 レーナのびっくりした顔は子供のようで、ケンには可愛らしく見えた。


 「人工知能A Iを搭載した無人車や建物もロボットに含めればだけど。さっき車をめた自動駐車場も一種のロボットだよ。

 数が多くても気にしないのは、ロボットを道具として割り切ってるか、人によっては生活のパートナーとして認めてるから。

 まあ、ロボットに依存しすぎるこの都市は、君から見たら、ちょいといびつにも見えるかも知れないけど。」

 「ううん。私は歪とまでは思わないわ。私の都市とは事情が違うし、時代も違う。

 そもそも労働力確保のためにロボットは作られたんでしょ?だったら、依存ではなく、役割分担して社会を支えている、と考えればいいんじゃないかしら。」

 「役割分担か。そうだな。」


 社会体制の違う都市から来たはずのレーナの柔軟な理解力が、ケンにはやや意外に思えた。


 「それがうまく機能しているのね。」

 「今のところはね。

 しかし、核戦争以前には、ロボットに職を奪われる、なんて社会問題もあったらしいんだけどな。今はそのロボットに頼りきってる。勝手なもんさ。」

 「あなたって皮肉屋さんなのね。」


 レーナが、からかうように言った。


 「そうかも知れない。」


 ケンは苦笑した。

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