第10話 自由を強いる
「この辺りは、なんとなくウラジオストクに似てるわ。集合住宅が密集して、一軒家があまり無い所が。」
レーナがあちこちに視線を移しながら言った。
陸橋式公園の透明フェンスの向こうに、居住区が見下ろせる。
「ふうん。地下都市は建物の建設スペースが限られてるから、どうしてもこういう町並みになるんだろうな。」
ケンがコーヒーをすすりながら言った。
「私の街は一軒家を建てるような事は、ほとんどの人ができないの。」
「ここもそうだよ。一軒家があったとしても、メチャクチャ高いから、一般市民には買えない。固定資産税も目玉が飛び出るほど高いしね。」
「お金持ちしか一軒家に住めないのは一緒なのね。」
レーナが寂しげに笑った。
「うん。俺の実家も集合住宅だよ。住み慣れりゃ、家の広さなんて気にしなくなるけど。」
「私の家もよ。富の偏在ってどうしても起こるものね。」
「第三次大戦前の日本から資本主義が受け継がれたから、個人資産に大きな差ができるのはしかたないんだろうな。
そう言えば、君の街は?」
「経済体制?少し前まで国が統制する社会主義だったわ。今はここと同じ資本主義で自由経済よ。」
「社会主義?政府が経済活動を管理したり、報酬を平等に分配するやつ?」
「そう。核戦争直後、都市国家が成立した時に、少ない食料や生活資源を平等に分配するために一時的に採用されたの。一時的と言いながら半世紀近く続いたけれど。」
「ああ、五〇年ほど前には神戸にもしばらく食糧配給制度があったよ。五年ぐらい続いたのかな。
市民の生存を第一に考えたら、計画経済が無きゃいけないのは分かる。
でも、そっちは半世紀も続いたのか?」
「ええ。食料に余裕が出来た後もね。特権を握っていた権力階級が体制を変えるのを嫌がったのよ。
でも、指導層の人間が次々に病死したり事故死したので、社会主義政権は弱体し、崩壊した。
その後、体制に不満を持っていた市民代表達が、資本主義と自由経済を取り入れたの。」
「次々に死んだ?それって......。」
ケンが言いよどんだ。
「状況証拠から暗殺とも噂されてるけど、物的証拠は無いわ。」
「何だか恐い話だな。
それで、資本主義を取り入れて、君の街はうまくいってるのかい?」
「まだ体制が変わってあまり
「まあね。貧富の差が拡大するような欠点もあるから
ああ、俺は資本主義を盲信してるわけじゃないよ。今のところ一番マシじゃないか、って思ってるだけ。」
「ロシアには資本主義から発展したのが社会主義、と主張してた時代が二〇〇年ぐらい前にはあったわ。平等に富を分けようという理想はあったけど、経済が
「そうなのか。昔には共産主義とかいうのもあったよな?この都市じゃ滅んじゃった考えだから良く分からないんだけど。社会主義とどう違うんだい?」
「社会主義をさらに進めて、社会身分も財産も全部平等にして、政府も無くしてしまうという考えよ。
実現不可能な理想で、インチキ宗教みたいな物。おすすめできないわ。
失敗に終わって、大勢の低所得者と少数の富裕階級を生んだだけだった。」
レーナは淡々としゃべっている。ケンは、それにやや
「
「政府が取りしきる統制経済、現実と
「富を平等に分けようとしたわけじゃないけど、第二次世界大戦中の日本にも、社会主義と同じような政策の軍国主義時代があったよ。こっちは敗戦で
「でも、そのあと日本は飛躍的に復興して世界トップクラスの経済大国になったでしょ?それはどうして?」
「戦勝国に受け入れさせられた、民主主義体制と自由経済のおかげかな。国家の統制政策はほとんど廃止された。まあ、国民が必死こいて働いたのもあるけど。」
「受け入れさせられた?」
レーナは表現が気になったらしい。
「別に俺はその事に反感を持ってるわけじゃない。当時の戦勝国の都合で押し付けられたものだったとしても、結果的にその後、経済と文化の繁栄を迎えたんだしね。軍国主義の締め付け政策がそのまま続くよりは、ずっとましだったんじゃないかと思う。軍人の俺が言うのは妙に聞こえるかも知れないけど。」
「体制の変更を強制されて規制が取り払われた結果、繁栄したということ?」
「自由を
軍国主義の前の日本は、経済や言論の自由が保証された民主国家だったから、元の路線に修正させられた、とも言えるかも。
まあ、あくまで俺の個人的な意見だよ。数ある意見の一つだと思ってくれ。」
「自由を
「うん。何か気になったのかい?」
「ええ、興味深い表現だと思ったの。」
「でも、”自由を
ケンが笑った。しかし、レーナは真剣な顔で考えこんでる。
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