第17話 敵地深奥部へ
小隊から離れ、レーナの後をバイクで一人で追うケンは、巨大地下空洞の中の敷設道路の上を疾走していた。
緩やかなカーブを曲がり、
レーナに追いつけるのはいつ頃になるだろう、とケンは考えた。
彼女が出発してから一五分ほど後に自分は追い始めた。むこうが計画通りに毎時六〇キロで走っていると仮定すると、毎時一二〇キロで今走っている自分は、七分半ほどで追いつくはず。ケンは暗算で大まかに時間を把握した。
地下道路のカーブや、道路上の無人兵器の回避のために減速しなくてはいけない時もあるだろうが、これはしかたないし、同じ性能のバイクで走っているレーナも条件は同じだろう。
長細い巨大地下空洞の奥行きは出発地点から六〇〇〇メートルほどだったので、バイクは壁面にあるトンネル入り口に数分で到達した。そこから先は、いままで走っていた自然による造形空間ではなく、機械による造成空間だ。
トンネルに入ると、幅一〇メートルの道路がまっすぐに続いていた。天井までの高さは七メートルで、人間であるケンから見れば、地下移動路としては大きすぎるように思える。
しかし、このトンネルを利用している機械兵器の中には、通行トンネルの半分を占めるほどの前面面積を持つ重戦車(高さ五メートル、幅四メートル)がある。
そのMCPU軍最大の無人兵器の大きさに合わせて、トンネルが造られていると言われていた。あるいは逆に、トンネルの大きさに合わせて兵器のサイズを決定しているのかも知れないが。
重戦車の前面面積がトンネルの半分なのは、同じ重戦車どうしが道路上ですれ違えるようにするためらしい。
理由がなんであれ、バイクの運転に慣れているわけではないケンには、幅の広い大きな道路は走りやすくてありがたかった。
中に侵入者撃退の固定式兵器は設置されていない。移動する無人兵器だけで人間の侵入者に対処できるとMCPUは考えているようだ。そしてそれは今まで事実だった。
トンネル壁面には五メートル間隔でライトが設置されていて、内部は明るい。敵の中には光学カメラの目しか持たないトンネル
ライトが無くて暗闇だとしても、ケンの強化外骨格のマルチセンサーとカメラで視界を明瞭に補正してしまうから、問題は無いのだが。
それよりもケンが奇妙に思うのは、トンネル上部に設置された送気管の存在だ。
呼吸を必要としない無人兵器の通り道に、どうしてわざわざ空気を流しこむ必要があるのだろうと思う。
呼吸をする無人兵器が敵側にあるのだろうか?
そんな珍妙なものがあるとして、呼吸器が付いている理由はなんだろう?
ケンが想像を巡らせていると、装甲ヘルメットの画面に警告が現れ、注意対象が赤い枠で囲まれた。
前方に無人兵器が現れたのだ。トンネルの右側半分を占めるほどの巨体だった。
ケンは道路左側にバイクの進路を寄せた。
それは背中の丸い甲虫のような姿の機動兵器、通称ビートルだった。メタルブラックの表面色のこの重戦車は、
三六〇度回転する全周砲塔に取りつけられた長さ四メートルの高出力レーザーキャノンは、連続照射によって大抵の攻撃目標を、短時間で溶解させるか蒸発させてしまう。
戦場で絶対に出会いたくない無人兵器の一つだった。
重戦車の発見からすれ違いまでの十数秒間、ケンは祈るような気持ちで走り続けたが、相手は何の反応を起こさずに通り過ぎた。
背後を振り返ったケンの額には汗が浮いていた。重戦車には転回して追ってくるような様子は無い。
光学迷彩で見えなかったのだろうが、レーナの時と違う反応なのが気になった。光学迷彩は、レーナを追って行ったタランチュラには見えて、今のビートルには見えなかったのだろうか、とケンは前方に視線を戻し、首をひねった。
ビートルが境界線方面に進んでいったのは、撃破したヘッジホッグの応援要請に応えての事かも知れない。そこにいる自分の小隊が撤収済みである事をケンは願った。
ケンは平坦な道を進みながら、進路をチェックし直した。今のところ一本道だからいいのだが、その内に分岐点にぶつかる。
ヘルメットの合成視界ディスプレイ内に表示されるナビゲーションウインドウを見て、正しい道を確認した。
”二四八五メートル先の分岐点を右方向へ”とメッセージが出ていた。
敵勢力圏内の道路情報があるのは、二〇年以上もかけてジオフロント軍が偵察し続けた成果だ。
ジオフロント軍の小型無人車と、それを母機にする偵察ドローンは、地下道路網を根気よく探索し続け、完全ではないにせよ広範囲の地図を作成していた。
成功率は低く、送りこんだ偵察ドローンの大半は破壊されてしまったが、かろうじて戻ったドローン達がもたらしたこの貴重な三次元地図は、ヘルメット内部におさまる容量一〇〇テラバイトの記録装置に全て入っている。
レーナがつけている風防ゴーグルも、ケンと同じように視界に道順表示がされる。使っている地図情報もナビゲーションソフトもケンの物と同じで、目的地設定も同じにしたから、彼女の通った道をそのままたどれているはずだった。
さらに三分ほども走るとトンネルが終わり、別の地下空洞に出た。
溶岩が流れ出て出来たこのような地下空洞は、日本の各所に多数存在する。MCPUはそれら点在する空洞を地下道路網でつなぎ、活動領域としていた。広いスペースの空洞の中には中間基地を設置して、無人兵器の修理や保守点検に当てている場所もある。
ケンの入ったこの空洞は長細いので、単に通行用の空間として使用されているようだった。
前方道路そばの凸凹の溶岩石の間から、全長三メートルほどのクラゲのような物体が三体現れたのだった。道の真ん中辺りをうろついている。
レーナに一刻も早く追いつきたいケンは、焦りを募らせながらもバイクの速度を落とした。
ケンの進路を妨害したのは、浮遊機雷のジェリーフィッシュだ。クラゲように傘の下から触手が何本も垂れ下がった浮遊ドローンで、触手で獲物をからめ取って貼り付き、密着した後に自爆する。
ケンは光学迷彩のカモフラージュ効果を信じて、低速で慎重に三体のジェリーフィッシュの間をくぐり抜けた。特に感圧ゼンサーのついた触手先端に触れないようにして。
それらは幸い爆発しなかったが、ケンの不安は無くなったわけではない。群れで行動するこの浮遊機雷は、この先にも潜伏しているかも知れないからだ。
ジェリーフィッシュは触手で穴を掘った後、体を逆さまにして地面に潜り、地雷になる場合もある。獲物との距離が最小限になったタイミングで起爆し、するどい破片を散弾のようにまき散らすから、潜った地面から遠い舗装道路に標的がいても被害を与える。
さっきの
ケンが見つからないという保証は無い。光学迷彩の仕組みを把握していないし、レーナが追われたように、敵に例外的に見つかってしまう事があるようだからだ。
空洞を抜け、またトンネルに入ったケンは、様々な無人機とすれ違いながら進んだ。中にはタランチュラが混じっていたが、ケンに気づかない。
自分の心配と疑問を脇に置いて、そろそろレーナが見つかるはずだ、とケンは前方に注意を向けた。光学迷彩で姿のほとんどが透明化した彼女を走りながら見つける方法を考えつづけた。
レーナを見つける前に、まず彼女を追っていたタランチュラが目に入るはずだが、それが見えない。
ナビの案内を見て次の分岐路を左に曲がろうとしたケンは、その手前の道路上に何かを見つけて停止した。
二輪車のタイヤ
二輪で移動する無人兵器はいないはずだから、この
道の脇に寄せたバイクから降りたケンは、そこへ近寄って、装甲ヘルメットの自動識別システムでタイヤ跡を調べた。
この識別システムは、主に目の前にいる敵の分析をするために使われるが、敵の残した
これは
タイヤの幅、滑り止めの模様、前輪と後輪の位置、道路との摩擦で削れたタイヤの微細粉塵などを照合したヘルメットは、レーナの乗っている軍用オフロードバイクと高い確率で一致する、とケンに伝えた。
残留したタイヤの微細粉塵の拡散方向から、レーナは分岐路手前で急停止した後、
ケンが呼び出した全体マップで確認すると、右の道は名古屋方面に進む事になる。名古屋と言えば、人工知能体MCPUの置かれている敵の本拠地だ。
なぜレーナは計画通り、海底トンネル入り口のある北東の金沢方面に進まなかったのか。
そちらの道を敵に
ケンは少し迷った末、識別システムの方を信じて、右の道にバイクを走らせた。
そしてさらに三分間走った後、ケンは自分の判断が正しかった事を知った。
道路前方に停止している
バイクのスピードを落として近づくと、装甲表面には無数の新しい
しかし、道路でタランチュラが停止しているのはなぜなのか。
レーナがそこで撃たれたのだろうか。
不吉な想像を頭から振り払ったケンは、バイクをさらに進めた。
しかし、タランチュラの大きな後ろ姿に邪魔されて、その向こう側が見えない。
タランチュラの前方にある物を確認するため、ケンは道路右側にバイクを寄せて進み、斜め後ろからのぞきこんだ。
タランチュラの前に光学迷彩を解いたレーナがいた。二両のタランチュラの間にある四輪の装甲輸送車に彼女が乗せられる所だった。
そして輸送車の扉が閉じた。
ケンは飛び出していきたいのをおさえて、考えた。
レーナは敵に見つかってしまったが、殺されずに捕らえられた。
同時にバイクも護身用武器も敵に回収されてしまったようだ。
あの輸送車はどこから現れたのだろうか?捕虜の運搬用か?
無人兵器軍が人を捕らえる事はあるが、帰ってきた者がいないので捕虜と呼ぶべきかは分からない。人体実験か何かおぞましい目にあわされるとも言われている。
この状況でどうやって彼女を助け出す?
ケンが考えている内に、輸送車は前後を二両のタランチュラに守られながら道路を走りはじめた。
走っている装甲輸送車の扉をこじ開けて彼女を救出するのは、
彼女が車から降りて、監視が少なくなった時に助けるしかない、とケンは考えた。
ケンは長い追跡行を覚悟して、輸送車とタランチュラの後を追った。
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