第23話 合成人間の襲撃
「外部端末12へ。時間の猶予をこれ以上認めない。彼を第二手術室まで連行しなさい」
MCPUの合成音声が室内に響いた。
「待って。彼の説得にもう少し時間がほしい」
レーナが監視カメラを見上げて言った。
「却下する。これ以上の時間を割く事を認めない」
MCPUは即座に否定する。
「……了解。では彼の逃走を阻止するため、手術室へ付き添う」
「許可する。彼を連行しなさい」
「結局奴らの言いなりか!?」
ケンは壁際に下がった。睡眠と食事で体の活力はすでに回復している。脱出をあきらめるつもりは無かった。
「無駄な抵抗はやめて。痛い思いをするだけだから。この部屋から出るわよ」
ケンは少し視線をさまよわせて考えた後、観念したように身構えを解き、黙って監禁室から出た。逃走するのなら、まずはともかくこの部屋から出る事だ。
ケンは先導するレーナと後ろの大男に挟まれて、白い廊下を歩き始めた。背後の
前を歩いているレーナを人質に取るのも論外だ。先刻あっけなく取り押さえられた事を考えると、格闘戦でどうにかできる相手ではない。
ケンの脳裏に疑問が湧いた。監禁室で自分に麻酔薬を注射するなどして抵抗できなくしてから手術室へ運んで行くのが、彼らにとって手間がかからず簡単なんじゃないだろうか。それをしなかったのは何故だろう?
前後を挟まれて隙が見当たらず、行動を起こしかねている時、不意に後ろの大男がケンの服の襟首を片手でつかんだ。そしてそのまま無造作に持ち上げる。二メートル近い男につり上げられ、ケンの足が通路から浮いた。
ケンが逃走を
レーナはケンの抵抗をちらりと見ただけで、どちらに加勢するわけでもない。暴れるケンを連れたまま、ある部屋のドアの前まで来た。部屋番号のついていないその部屋に二人と一体は入った。
室内には医療器具に囲まれた手術台と、そのそばに立つイソギンチャクのような
「武器を置いて、手術台に彼を寝かせなさい」
レーナの命令を受けて、合成人間はケンの体を片手でぶら下げたまま、リニアライフルを部屋の壁に立てかけた。両手で無理矢理にケンを手術台に寝かしつけ、押さえこむ。もちろんケンは力の限り抵抗したが、腕力で全くかなわない。大人と赤ん坊ほどの
そこにレーナが加わって、ベルトのような
横に目をやると、
レーナがその様子を見て、室内の監視カメラに話しかけた。
「彼には誘眠剤と麻酔が効いていないと思われる。再度彼に投薬するので、予備の使用を求める」
ケンは驚いてレーナを見た。誘眠剤と麻酔?いつの間にそんな薬を自分の体に注入したのだろう?やはり食事の中に薬を混入されていたのだろうか。
「許可する。外部端末12、薬品コードANE625とHYP332の
MCPUの声と共に、別の部屋に通じる二重のドアが左右にスライドして開いた。ドアが二つ連続して設置してある事から見て、そこは厳重に守られている部屋のようだった。手術台に寝かされているケンの位置からはその薬品保管庫の中が見える。いくつもの薬品棚が並んで、それぞれに薬剤を密封していると思われる透明な
レーナはその部屋へ入っていき、ある薬品棚の前で立ち止まった。そして小指ほどの大きさの薬剤アンプルを棚から二つ抜き出し、ポケットから取り出した小さな保管ケースの中にそれを納めた。彼女はケースをポケットにしまいながら、こちらの部屋に向かって歩き出す。
彼女はどうして薬を服にしまうんだ?あの薬を俺に注射するんじゃないのか?ケンは怪訝に思いながら、レーナを見つめた。
「外部端末12、その薬品ではない。それを元の場所に戻し、指示された薬品を持って来なさい」
MCPUの声が響いた瞬間、レーナは薬品保管庫から走り出た。彼女の背後で一瞬遅れて二重ドアが閉鎖される。
手術室に走りこんだ彼女は、壁に立てかけてあったリニアライフルをつかんだ。彼女の行動に異常を感じた合成人間が、ケンのそばから離れて、制圧しようと飛びかかる。
それよりも速く銃の安全装置をはずし、狙いを合わせていたレーナは、人型兵器に接近される前に発砲した。頭部に弾丸を三発撃ちこまれ、のけ反った
続いて手術台に走り寄ったレーナは、ケンの手を束縛する拘束具をすばやく解いた。
「後は自分ではずして!」
両手が自由になったケンは、レーナの行動に
そばにいた
しかし、レーナはそれをさせまいと裏拳の一撃でアームの一つをたたき壊し、もう一つを掌底でへし折る。さらに蹴りを入れてマニピュレーターを手術台から後退させると、胴体の中心部をライフルで撃って機能を停止させた。
「はやく立って!この部屋を出るのよ!」
言いながら倒れた合成人間の体をつかんだレーナは、閉じかけた出口のスライド式ドアにその残骸を挟みこんだ。自動ドアは隙間ができたまま、閉じなくなった。
「一体どういうことだ!?君はどっちの味方なんだ!?」
拘束を解いて手術台から降りたケンには、わけが分からない。さっきは捕らえておいて、今は逃がす?彼女はやはり味方なのか?彼女がおぞましい改造手術から自分を救ってくれたのは事実だ。しかし、先ほどまでMCPUの言いなりになっていた彼女の事を考えると、行動に整合性が無く、信用できかねる。
「説明は後、逃げるのが先よ!出口の隙間をくぐって!」
レーナは合成人間の服を探って、ライフルの予備弾薬を取り出していた。彼女に対する疑心は残ったままだが、まずはこの部屋から出なければならない。警備のロボットか何かがここに駆けつけたら、脱出の可能性は低くなってしまう。
決心したケンは、出口に走った。スライドドアの隙間に体を潜りこませ、床に倒れこむようにして通路に抜け出る。続いてレーナが部屋から出た。
ケンは後ろからレーナに体を支えられ、立たされた。彼女は自分のリニアライフルをケンに差し出した。
「これを使って。安全装置を外したらすぐ撃てるわ。」
「あ、ああ……」
人格が豹変したような彼女に面食らいながら、ケンは銃を受け取った。さらに予備弾倉2本を渡される。
「どうして俺を助ける?君はどっちの味方だ?」
「どっちにとっても裏切り者になるわ。危険な目に遭わせてごめんなさい」
「どっちも裏切っただって?」
説明を受けて、ますますわけが分からない。
「あんな事をした後だから、私を信じられないのは当然だけど、一緒にここから脱出して欲しいの」
「脱出って言うが、だったらどうして君を助けに来た時、一緒に逃げなかったんだ?」
「あの時点で逃げても意味が無かったからよ。そんな事をしたら二人とも確実に殺されていたわ」
「確実に?今は逃げられる見こみがあるのか?」
「あるわ!お願い、時間が無いの!」
「……俺をいったん捕らえて、手術室に連れていったのは?」
立ち話をしているような時間が無いのはケンも承知していた。しかし仮に彼女を信じるにしても、疑問はそこだった。
「警備の厳重な隣の薬品保管庫に入るのが目的だったの。あなたを手術室に連れて来たのは、MCPUを
レーナが切迫した様子で言った。
「薬品庫に入るため?ひょっとして、さっき君がポケットにしまったのは、生命維持のための例の薬品か?」
「そうよ!これを手に入れたから、もう脅迫を受けずにすむわ!」
「俺を裏切ったように見せかけて、MCPUの裏をかいたのか……」
ケンにはレーナの話が本当かどうか今は分からない。しかし、彼女が自分を救け出して、しかも武器を渡したという事実がある。
時間が無い事もあり、ケンは少し迷った末に当面は彼女と行動を共にする事に決めた。
この施設の内部構造も警備体制も知らない自分が、単独で逃げ切る事はおそらく不可能だろう、ともケンには思われたのだ。
「……分かった。行こう。」
「良かった!こっちへ!」
廊下を走り出したレーナに、ケンはついて行く。無防備な背中をさらして前を走る彼女は、信用できないなら私を撃て、とでも言うようだった。
「出口はこっちなんだな?」
「いいえ。兵器
「一階の兵器工場の事か?」
「そう、機動兵器も作ってる。それに乗って脱出するわ!」
「分かった」
脱出方法は分かったが、無事に逃げきれるかどうかはケンには分からない。MCPUは当然追っ手を放ってくるはずだ。この敵地の深奥で追撃をどうやって振り切るか見当も付かない。
曲がり角に警戒しながら、異様に静かで清潔な通路を二人は走った。
「なんで敵がやって来ないんだ?警備が配置されてないのか?」
「ここはデリケートな研究区画だから、大型で低知能の戦闘機械は、立ち入り禁止になってるの」
「無茶に暴れて施設を壊さないように?」
ケンは通路の先に銃口と視線を向けながら、走り続ける。
「そう。武器の殺傷能力が高すぎて手加減ができないし、通路を通れないほど大きいから。でも、代わりにもっと危険な連中が来るはず」
前を走るレーナは背中を向けたまま答える。
「どんなやつなんだ?」
「さっきの合成人間よ。個体数は少ないけど、戦闘能力が高いの。動きが
「不安にさせてくれて、ありがとう」
突然、通路の角から人影がレーナに飛びかかってきた。刃渡りのある戦闘用ナイフを持った、大柄な男だった。手術室でレーナに破壊された男と、服装や顔の造形が全く同じなので、あの男が復活したのかとケンは錯覚しかけた。
しかし、レーナはそれを上回る速さで、素早く身を低めた。狙いをはずしたナイフが、栗色の髪の毛を数本切り取る。レーナは、ナイフが往復してくる前に、縮めた足をバネにして、指を堅くそろえた
襲撃から決着まで、わずか5秒ほどの時間だった。
二人が接近していたので、誤射を恐れたケンには発砲できなかった。というより、あまりの速さに、ほとんど反応できなかった。
「人間の動きじゃない……」
レーナの速さもさることながら、その残虐な戦闘技術にケンは衝撃を受けていた。
「私の事?彼の事?そう、どっちも生身の人間じゃないわ」
レーナは倒れた大男の手からナイフを取り上げ、抜き身のまま自分のベルトに差しこんだ。
「いや……すまん。俺を助けてくれたのに、こんな事言って」
「いいの。気にしないわ。」
言いながらレーナは手についた赤い液体を袖でぬぐった。
「ケガしたのか?」
「いいえ。これは合成人間の人工血漿よ。それより急ぎましょう。じっとしてたら、追っ手が次々来るわ」
超人めいた殺人機械が続々と襲ってくることを想像して、ケンの背筋に震えが走った。
「ああ、行こう」
軍人は勇敢に行動する事を求められる職業だが、ここに来て以来、そんな崇高な義務感はどこかへ吹き飛んでしまっている。
レーナに先導されて、ケンは通路を再び駆けだした。
外部端末12 コハク @amber2032
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