第13話 帰還作戦

 二人が博物館の各展示を見て回って五階フロアに行くと、レーナがある機械の前で足を止めた。


 「ナノレベル分析スキャナー?これは何かしら?」

 「あらゆる物の元素と分子構造、構成比率を分析する装置です。」


 そばに立っていた案内役の人型ロボットが、はきはきと答えた。ちなみに想定外の質問には答えられない。


 「どんな物も分析できるの?例えば、未知の薬品の成分でも?」

「未知であるとしたら断言はできませんが、特殊な光と電子線を当てる分析で、ほとんどの物の正体を知る事が出来ます。」


 ケンはややこしい機械を見て、うへぇ、と思っている。レーナはどうしてこんな装置に興味を持ったんだろうか。


 「それなら、分かった成分情報を元に、全く同じ薬を複製コピーできたりするのかしら?」


 レーナの言葉が質問を続ける。


 「はい。薬の成分が正確にわかれば、後は原料を用意して、混ぜ合わせる順番を考慮しながら調合するだけです。」


 レーナの熱心な質問に、ロボットは丁寧に答える。


 「この機械は具体的に、どんなふうに使われてるの?」

 「薬品の例ですと、核戦争の時に製造工場が失われた薬を、のこされたサンプルの分析を元に、再製造できるようになりました。」

 「うまくいくかどうか分からないとしても、分析にかけてみればいいのね。すごいわ……。」


 レーナは、何かに希望を見いだしたような、明るい顔になっていた。


 「そんなに気になったのかい?」


 置いてけぼりにされていたケンは、自分が案内した動物園やレストランよりも、機械装置にレーナが強い興味を持ったように思えて、少し面白くなかった。


「あ、ごめんなさい、ケン。つい夢中になって。」

 「薬の複製コピーが珍しいのかい?」

 「ええ。私の都市には無い機械だから。これがあれば、たくさんの人が助かるんじゃないかと思って。」

 「ああ、そういう事だったのか。それも技術交換するの?」

 「本国の指示があればね。個人的興味で見に来て、すごい物を見つけたわ。」

 「ふうん。」


 薬のコピー技術が無い事といい、再生手術の費用が高い事といい、ウラジオストクでは医療分野にそれほど力を入れてないのかな、とケンは思った。


 博物館からの帰りに歓楽街の大通りを戻る時、レーナがアクセサリー店に興味を引かれた。ケンはそこで、レーナにペンダントを買った。ためらうレーナに、お金のことは心配しなくていいからと、すすめた。


 立体映像ホログラムで自画像と名前が小さく浮き上がるアクセサリーで、数年前から若者の間で流行はやっている物だ。店の中でレーナの頭と顔を多角度から精密撮影した後、3Dプリンタが自動制作し、数分で出来上がった。


 「ありがとう。ずっと大事にするわ。」


 手のひらの上のペンダントを見つめるレーナは、嬉しそうだった。

 

 ケンがレーナを中央政庁に送った時には夕方で、地下都市ジオフロント天井の照射ライトがオレンジ色に変わりつつあった。


 「今日はありがとう。とても楽しかったわ。また一緒に行けたらいいのだけど。」


 政庁の地下駐車場で車を降りたとき、レーナが言った。


 「楽しんでもらえたなら良かった。またいつでも案内するよ。」

 「うん。でも私、早々に母都市くにに戻らなきゃいけないの。」

 「そうか……。そういえば、あと何日ここに滞在するんだい?」

 「あと三日で帰る事になるの。」

 「ずいぶん急いで帰るんだな。もっとゆっくりしていけばいいのに。」

「そうしたいけれど、本国の指示なの。」


 その時迎えの職員が二人、駐車場に現れ、レーナに声をかけた。


 それに応じたレーナは、ケンの方を振り返って言った。


 「じゃあね、ケン。」

 「ああ。」


 短く答えつつも、ケンは名残なごり惜しく感じていた。


 レーナが職員に案内されて去った後、ケンはもう一人の職員に連れられて、三島主任の執務室に向かった。クレジットチップを返すのと、報告のためだ。


 国防・外務主任の執務室の前に来たとき、ケンはようやく、ああこれは外交接待だったな、と思い出した。ついでに警察の監視も付いていたっけ。ケンはレーナを案内するのに気を取られて、完全に忘れていたのだった。


 報告を聞いた後、三島主任はご苦労様、とケンにねぎらいの言葉をかけた。そして、休暇中の君と君の分隊には悪いのだが、三日後のレーナの見送りに、境界線まで彼女を護衛して欲しいと言われた。


 「分かりました。」


 ケンは即答した時、レーナとの繋がりがまだ続いている事を、嬉しく思っている事に気づいた。

 

 レーナが帰るまでの三日後まで、ケンは彼女に会えなかった。


 一日目には、彼は時間の空いていた士官学校の同期生や、部下達といつものように遊び、スポーツ観戦などをして過ごした。


 二日目には、久しぶりに寄った実家で、母親の手料理を食べながら見た立体テレビ番組で、レーナがインタビューに答えているのを見た。


 「えらい美人さんだな。」


 父親が感心して言った。


 「そうだねえ。」


 ケンは関心無さげなフリをして答えた。彼女を街案内したのは秘密にしておいて欲しいと、三島主任から言われていたのだ。マスコミをあざむいて彼女をこっそり街に行かせた事がバレたら、言いがかりをつけたがる野党議員や報道社から抗議が来るかも知れないから、という事だった。


 ケンにはどうでもいい話だったが、レーナがくだらない事に巻きこまれないように、家族にすらも街案内の事は黙っていた。VTRのレーナを見ながら、今は彼女はどうしているのだろう、とケンは考えていた。技術交換交渉のめか、母都市に帰る打ち合わせをしているのかな、と思った。

 

 三日目の早朝に、ケンは部下達と共に郊外の機動歩兵第二大隊駐屯地に集合した。レーナの救出に加わっていなかった第二分隊と合流し、一個小隊で作戦説明ブリーフィングを受けた。そこにはレーナも来ていた。


 ケン以外の一七名の小隊隊員達は、彼女の護送任務の内容を聞いて、光学迷彩の存在を初めて知って驚いた。


 レーナの帰還計画は次の通りだった。

 

 まず、ケンを小隊長とする小隊が、二台の装甲輸送車に分乗してレーナと共に境界線まで行く。敵がいるなら排除した後、安全を確認し、光学迷彩を装着した軍用バイクを輸送車から降ろす。そして光学カモフラージュをまとった彼女がそれに乗って帰る、というものだ。


 統合作戦本部の立案した計画は単純で大ざっぱだが、これはわざとそうしてある。細部まで厳密に決めすぎると、不測の事態が起こって作戦が行き詰まった時に、命令に忠実すぎる兵士達が戸惑とまどって、臨機応変に対処できなくなるからだ。作戦の要点を押さえて柔軟に行動しろ、という事だった。


 レーナには、母都市への帰還手段として、燃料タンクの大きい軍用オフロードバイクが与えられる事になっていた。レーナが最初に乗ってきたような軍用装甲車両だと、車体の表面面積が広すぎ、光学迷彩の布地(?)が足りない。全部をおおいきれず、かなりの部分が露出してしまうのだ。装甲はあきらめるとして、小型一般車にしたならば布は足りるが、万が一の時にスピードで敵を振り切れない。


 車体の小ささと高速走行性能、航続距離などが勘案され、軍用バイクに光学迷彩を取りつけ、レーナは別途迷彩服を着た方が良い、という事になったのだった。


 使用される軍用バイクは、燃費の良い適正速度の時速六〇キロメートルで走った場合、本体タンクの燃料だけで、航続距離は七〇〇キロメートルになる。ウラジオストクまでの地下道の距離は約一一〇〇キロメートルだから、このままだと明らかに足りない。


 そこで、ジオフロント軍の技術兵団は、増設燃料タンクをバイクの後部両側に取り付けた。特別な改造をしたのではなく、これは最初から用意されている追加装備オプションだ。これで一二〇〇キロメートルは走れる、と真田技術少佐が請け合った。


 決行日のトラブルに備えて、予備のバイクと迷彩服が全く同じに、もう一つずつ作られた。それでも軍用車両一台に貼り付けるより、使われる布地は小さくてすんだ。軍用車両が大きすぎるとも言える。


 光学迷彩を作動させる電源装置は、迷彩本体と違って単純な構造で、、簡単にコピー制作できた。これらは、レーナの迷彩服とバイクに別々に取りつけられる。布状の迷彩は切り離してしまうと、それぞれに動作電源が必要になるからだ。


 やり直しがきかないため、慎重に展開図が設計され、光学迷彩の布が裁断さいだんされた。バイク二台分とレーナが着用する迷彩服とその予備に、大きな布地でなんとか足りた。


 そしてまず、覆い被せるように二台のバイクに貼り付けられた。バイクの車輪やスロットルレバーのような可動部分には迷彩を取りつける事ができなかったが、レーナはそれで問題ない、と言う。部分的に少しだけ露出していても、無人兵器達には、それが人間や乗物の一部だとは認識できないのだそうだ。実際、レーナの乗ってきた装甲車も、車輪部分に迷彩を貼り付けておらず、タイヤが丸見えだったのだが、迷彩が故障するまでは、見つからなかった、とのことだった。


 布地の残り部分は、レーナが着る迷彩服二着分に使われた。できる限り全身を覆うように設計すると、フードとマスクの付いた、ロングケープのようなデザインになった。ケープの視界確保部分には、別途風防ゴーグルを付ける。ゴーグルは暗視と道順のナビゲーション表示をおこなう合成視界ヘッドアップディスプレイでもある。


 「余った迷彩の切れ端だけをお渡しすることになってしまったけれど、次回にはもう一度きちんとお持ちします。本国には事情を説明しておきますから。」


 レーナは、そう言った。


帰り道は、神戸から北東約二五〇キロメートルの、旧金沢かなざわの海底地下トンネル入り口にたどり着きさえすれば、後は一本道だった。


 燃費適正速度の毎時六〇キロメートルで走るとして、一一〇〇キロメートルの道のりは、大雑把に計算しても一八時間ちょっとかかるが、レーナは必ずたどり着いてみせる、とケン達に告げた。

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