第15話 別れ
「攻撃開始!司令塔のヘッジホッグを先につぶせ!」
ケンが前方に展開する小隊に伝えた。
「了解、攻撃開始する!」
部下から応答があったが、音声にブレのような
これはヘッジホッグの電子妨害の影響だろうか、とケンは思った。
ケンはレーナのそばにいた二人の護衛の兵士に、前方へ応援に行くよう指示した。それに応じて走り出した重装機動歩兵達は、ケン達からあっという間に遠ざかって行く。
彼らには
速く走れるのは、
「レーナ、境界トンネルまで下がってくれないか。ここも危険かも知れない。俺は戦闘の応援に行く。」
ケンがレーナに言った。
「分かったわ。気をつけてね。」
戦闘を避けてほしかったレーナは、残念そうだった。
「ああ。大丈夫だよ。」
レーナがバイクを転回させて後方に走っていくのを確認したケンは、振り返って部下達の後を追った。
駆けながら先ほどのシステム画面の乱れの原因を調べる。
システムの
電脳保全システムはこれ以降、同じ
部下の報告通り、ヘッジホッグが放出したコンピューターウイルス攻撃だった。
ケンは冷や汗をかいた。ウイルスを
ウイルスによって制御ソフトが動かなくなれば、
それにウイルスには
ジオフロント技術兵団は
ウイルス感染を恐れてデジタル無線を使わなければ、兵士達が連携出来なくなり、部隊の戦闘能力は大きく
走っていたケンは、傾斜の緩い丘の上り坂が終わる辺りで、滑りこむようにして伏せた。残りを
四〇〇メートルほど先で、ヘッジホッグを囲んだ
ヘッジホッグよりも先に、ヴァイパーに一体ずつ集中攻撃して撃破した方がいいだろうかと、ケンは考え、命令を出そうとした。
その時、敵弾を迎撃中の三機のヴァイパーの背中に、複数の噴射炎が発生した。飛行物体の一群が、噴射煙を引きながら小隊の兵士達に向かってくる。
「ヴァイパーがミサイルを発射!」
望月曹長から報告が入った。
「
ケンが一瞬迷った後に応えた。
しかし、それでも自動迎撃モードに頼らざるを得ない。小隊は岩塊などの
よって、ケンは不安を
一七名の小隊隊員が防御射撃でミサイルを迎え撃った。リニアライフルの高速弾が飛行中のミサイルを次々に捕らえ、爆散させる。
三機のヴァイパーは護衛対象のヘッジホッグへの射撃が弱まった事を見て、それまで防御射撃に使用していたガトリング砲を、兵士への攻撃に振り向けた
何名かの兵士が、四〇〇メートル先からガトリングの弾を浴びて、後ろに倒れる。防御射撃の連射速度で撃ち負けたのだ。
小隊の使うリニアライフルの秒間連射速度は一〇発だが、ヴァイパーのガトリング砲は圧倒的とも言える秒間八〇発で、最初の何発かを空中で
「狙撃手!
このまま平押ししたのでは負けると考えたケンが指示を出した。
ケンが指揮する重装機動歩兵の小隊には、精密狙撃を可能にする一八式リニアライフル改を装備した狙撃兵が二名含まれている。彼らの持つライフルは、他の歩兵が持つ一五式リニアライフルよりも銃身が長く、全長が一五〇センチもある狙撃バージョンだった。長い銃身で電磁加速された弾丸はそれだけ発射の初速が速く、弾道が安定して、より遠くまで届く。しかし、銃身が長すぎて取り扱いが不便な上に、専門の訓練が必要なので、狙撃兵にしか供給されていない。
彼らなら突破口を開けると、ケンは考えたのだった。
二名の狙撃兵が、自分に向かって飛んでくるミサイルの迎撃を仲間に任せ、ヘッドアップディスプレイ内のヴァイパーの背中を拡大表示させた。ミサイルの発射口付近を狙うよう
飛び立とうと加速し始めたミサイルの弾頭に、狙撃ライフルの弾丸が正確に命中した。ミサイル弾頭に詰めこまれていた二〇個の感圧式爆弾が爆発し、直下にいたヴァイパーを大破させる。ガトリング砲の弾とミサイルを腹の中に収めた移動火薬庫でもあるヴァイパーは、さらなる誘爆を起こして周辺の味方無人機に破片混じりの爆炎と衝撃波を浴びせた。
二機のヴァイパーが大破し、ヘッジホッグは移動用のタイヤを破壊されて傾いた。小隊は残った一機のヴァイパーに多方向から防ぎきれないほどの集中砲火を浴びせる。
形勢は逆転していた。歩兵達は全ての護衛ドローンを沈黙させた後、防御手段と移動手段を失ったヘッジホッグに近づき、電磁グレネードを投げつけて電子回路を破壊した。
敵の全滅を確認したケンが、部隊の状態を見ながら矢継ぎ早に指示を出した。
「四名が道路上の残骸を撤去。リヴィンスカヤ少尉の通り道を作れ。三名は撃たれた者の救護、残りの者はなるべく高い所に移動して、前方を警戒しろ。」
兵士の役割の割り振りは下士官である望月曹長がおこなう。後の指揮を任せたケンは丘の上からレーナに向かって大きく手招きし、こちらに来るように伝えた。
彼女を待つ間にヘルメットの画面に隊員の
レーナがケンのそばまでバイクを走らせてきた。
「あなた達大丈夫なの?」
レーナが聞いた。
「三人ケガしただけですんだよ。」
レーナの心に負担をかけまいと、ケンは軽い感じで答えた。
「私のせいで......。ごめんなさい」
「発見されて戦闘になったのはこっちの不手際で、君のせいじゃない。」
「撃たれた人はどうなの?」
「一番重いケガでも全治二週間って所かな。まあ、これぐらいなら訓練中でもたまに起きるよ。」
「ケガした人に申し訳ないって伝えておいて。」
「ああ、言っておくよ。あまり気にするな。俺達ケガするのが仕事みたいなもんだから。絆創膏でも貼っておけば治るよ。」
「わかったわ。いずれ、直接お礼を言わせてもらう。」
ケンの言葉に、ようやくレーナが笑った。
「うん。ヘッジホッグの電子攻撃を君も浴びたはずだが、そっちは大丈夫か?」
言われたレーナはバイクと迷彩服のスイッチを入れてチェックした。バイクとレーナの体が透明になる。
「バイクと迷彩服に異常は無いみたい。」
姿を再び現したレーナが言った。
「いや、君の
「え、うん。私も大丈夫よ。心配しすぎ。」
前方から無線が入り、道路の残骸撤去が終わった事が伝えられた。
「道の掃除がすんだ。今のうちに行ってくれ。ヘッジホッグが、破壊される前に応援を呼んだかも知れないから。」
ケンはもっと話をしていたかったが、のんびりしているわけにはいかなかった。
「ええ。」
状況を把握しているレーナは、短く応じた。
「気をつけてな。」
「ありがとう。それじゃあ。また会いましょう。」
光学迷彩を再び起動させて姿を消したレーナは、バイクで走り出した。
水素燃料で走るバイクは静かで、エンジン音のような騒音は無い。タイヤと道路の接地音が少し響くだけだ。その音が遠ざかっていく事で、彼女が走って行く事がケンには分かった。
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