第21話 偽りの戦争



 「レーナ!何をする!?」


 ケンが叫んでも、彼女は答えようとしない。


 無表情のレーナは、ケンから奪ったリニアライフルの弾倉と電源パックを抜いて横に捨てた。そしてライフルを床に落とすと、無言のままケンの方へ向かって来る。


 後ずさりしようとしたケンは壁にぶつかった。


「裏切ったのか、レーナ!?いや、操られてるのか!?」


 レーナを発見した時には、彼女は頭に何かの薬物を注射されていた。あれが原因なのだろうか。そう考えながらケンはポケットの中の電磁グレネードを取り出す。電磁グレネードの発する電磁波は人体にも有害なので、狭い室内で使うのはケンにとっても危険だ。しかし他に武器が無い。


「どちらでもない。元々あなたの仲間じゃないわ。そしてそれの個体名は外部端末12」


 無言のレーナに代わってMCPUが答えた。


 「嘘だ!」


信じられないというより、信じたくない思いでケンはMCPUに怒鳴った。


 レーナは電磁グレネードの安全ピンを抜こうとしたケンにすばやく飛びかかった。ピンに触れようとした彼の左手を正確に捉え、そのままひねり上げる。


 ケンは鋭い痛みのために手榴弾を落としてしまった。彼女の細腕では、ありえない力だった。


 レーナはケンの体を反転させ、壁に押しつけた。間髪入れず右腕もつかんで動きを完全に封じる。格闘戦というよりも熟練作業のような鮮やかさと速さだった。


 ケンはもがいて振り払おうとするが、関節の要所を押さえられているので十分な力が入らない。


 「暴れると余計に痛いわよ」


気遣うようなレーナの口調がケンを逆上させた。


「放せ!正気に戻れよ!」


 「外部端末12。研究区画の第三生体保管室へ彼を収容しなさい。極力ケガをさせないように」


 MCPUの命令が再びなされる。


抵抗するケンを前に押し出して、レーナは部屋の出口へ歩き始めた。後ろ手につかまれた左手首と右上腕は万力で締め付けられているようで、抵抗しようとするたびに激痛が走る。しかし、骨が折れない程度には手加減をしているようだった。だからといって感謝する気持ちなどケンには無かったが。


 先ほどは開かなかった出口にケンとレーナが近づくと、ドアが音も無くスライドして開いた。二人は等間隔でいくつものドアが並ぶ白い通路に出た。


 無理矢理に歩かされるケンは、レーナの力に抵抗しても無駄な事を知って、彼女に話しかけた。


 「どうして奴の言いなりになるんだ!お前はロボットだったのか!?」

 「いいえ、私は人間よ。体を機械で強化しているからサイボーグともいうけれど」

 「最初から俺を騙していたんだな!」

 「それはあなたの言う通りよ。詫びてすむ事ではないけれど、ごめんなさい」


 ケンには彼女の声が少し沈んでいるように思えた。


 「謝るぐらいなら、俺を放せ!」


 振りかえる事のできないケンには、レーナの表情が分からない。そして彼女の真意も分からない。


 「それはできないの。私はMCPUに逆らえない」


 MCPUはケンを生体保管室に連れて行くようレーナに命令していた。おそらくこのままでは閉じこめられて脱出の望みを絶たれた後、おぞましい強制手術を受けさせられてしまう。


 ケンは手の痛みに耐えながら全身で振りほどこうとしたが、やはりビクともしない。レーナは足と胴体部分にだけ機械化手術を受けたと言っていたが、この尋常ではない腕力から察すると、腕にもなんらかの強化処置をほどこしてあるようだった。


 すると、いきなりケンの体を引き寄せたレーナが耳元でささやいた。


 「お願い、暴れないで聞いて。どの道このままでは、あなたはここから逃げられない。生き延びたければ、今はおとなしくしていて」

 「いったいお前はどっちの味方なんだ!?」 


自分の抵抗をやめさせるための嘘だろうか、とケンは思いかけた。いや、そもそも自分よりも腕力の勝るレーナが、そんな嘘をつく必要があるだろうか?ケンが混乱している間に、通路の端に近いドアの前に連れてこられた。ドアが自動的に開く。


 中は広さが五メートル四方ほどの部屋で、天井から床まで何か灰色の素材が張られている。高さ四メートルほどの天井の隅には、監視カメラがついていた。


 レーナに押し出されて中に入ると、ケンは靴の裏に弾力を感じた。


 レーナがようやく手を放したので、ケンは振り返って身構えた。しかし、出口に立ちふさがる彼女につけいるような隙は全く無い。レーナがケンの方を向いたまま後ろ足で部屋を出ると、ドアがすばやく閉まった。


 「くそっ!」


 ケンが足の裏でドアを蹴ると、床と同じ様に妙な弾力を感じた。不思議に思って、試しにそばの壁にも触れてみる。触れた手が少し壁に沈みこんだ。どうやら部屋の内面全体に衝撃吸収材のような物が張られているようだった。


 「捕らえた人間が暴れてケガをしないように、クッションを張っているわけか。お優しい事で」


 ケンは皮肉をつぶやいたが、MCPUにそれが伝わるはずもない。


 その後ドアを開けようと試みたが一ミリも動かなかった。この部屋には窓も無く、脱出をいったんあきらめたケンは座りこんで壁にもたれ、レーナが言っていた事を思い出そうとした。

 

 ”私はMCPUに逆らえない”とレーナが言った事を冷静に考えてみると、彼女は自分の意思に反してMCPUのために働かされていているように思える。

 ”おとなしくしていて”とささやいたのは、いずれ脱出の機会が訪れるという示唆ではないだろうか。

 では、彼女が自分に謝った理由は?捕らえた捕虜に詫びても、MCPUに何か利益があるわけでは無いだろう。では、あれはレーナが本心からの思いで謝ったのだろうか?


 施設内ではMCPUによる監視がされていて、うかつな事はしゃべれないから、レーナは短い言葉で自分に真意を伝えたかったのでは?


 考えている内にケンはふと眠気がさし、体が疲れているのに気づいた。思えば今日一日は戦闘、追跡、潜入と休むこと無しに行動していたのだ。食事もしばらく取っていない。疲労しているのは当然だった。


 次にいつこの部屋を出される事になるかケンには分からなかったが、体力の回復と温存を考えて少し眠ることにした。



 六時間ほどしてケンが目を覚ました時、部屋の中に水を入れた大きなボトルと、戦闘糧食レーションのパックが置いてあるのに気づいた。戦闘糧食はレーナが出発する時に渡されたジオフロント軍の物だった。


 これはケンが食べ慣れている物で、胃の中での分解スピードが早い人工タンパク質の肉やブロック状のクッキーが入っている。高カロリーで消化効率が高いから、食べればすぐに体の活力になる。保存食にしては味もまあまあ良い。食事の質は兵士の士気にも影響する重要な事柄なので、戦闘糧食の開発生産には大きな努力と細心の注意が払われている。


 食事をしておけという事なのだろうが、妙な薬でも混ぜられていないだろうな。そう思ったケンは糧食パックの袋を両手で強く握ってみる。中の空気(保存用の窒素)が袋から抜けていかなかったから、注射器などで薬物を注入されたような様子は無い。


 何か入っているとしたら水の方かも知れないと思い少し口に含んでみたが、おかしな味も臭いもしなかった。無味無臭の薬物もあるだろうが、逃げられない自分に食事という形で薬を投与する可能性は低いようにも思われる。


 結局、空腹と渇きに負けたケンは疑いを脇に置いてそれらを口に押しこみ始めた。



 ケンが食事を終えたころに部屋のドアが開き、レーナが入って来た。


 「手術の時間かい?」


 ケンは警戒しつつ彼女に聞いた。体力が回復するまでに今少し時間が欲しかった。


 「違うわ。あなたの心身の状態が回復してから、もう一度話をするようにMCPUに言われたの。最初に話した時は、あなたが空腹と疲労でまともな話もできなかったとMCPUが判断したからよ」

 「説得はあきらめたんじゃないのか。俺は断るつもりだが」

 「そうね。無理矢理に体に強化手術をしても、本人は抵抗をやめない場合もあるわ。死ぬ覚悟で反乱を起こしたり、絶望して自害するかも知れない」

 「そんな手もあるのか。いっちょやってみるかな」


 脱出が不可能なら、敵の言いなりになるよりも死ぬまであらがった方がましだ、とケンはすでに考えていた。


 「自分ひとりの身だけを考えるのならそれも選択肢に入るわね。でもMCPUに逆らったら家族や友人の命も奪われるのだとしたら、どう?」


 「何だと!?もう一度言ってみろ!」


 ケンは立ち上がってレーナをにらみつけた。


 「私は、MCPUの伝言を伝えているだけよ」


 レーナは目をそらして言った。


 ケンはその様子を見て、彼女が自分の意思に反して敵に従わされている可能性がある事を思い出し、努力して気持ちを落ち着けた。


 「……俺を従わせるために嘘をついているんだろう?厳重な警備の都市の中にいる人間に、どうやって危害を加えるんだ?正面から都市に攻めこんで行くって言うのか?」

「都市を攻めるなんて言っていないわ。都市の中に気づかれないように潜入して、対象だけを暗殺する」

 「暗殺だと?どうやって潜入するんだ?」

 「光学迷彩で姿を消して入りこむの」

 「光学迷彩!?どうしてそれをMCPU軍が持ってる?あれはウラジオストクの技術で……」

 「あれは人間が考えた物じゃないわ。MCPUが開発した物なの」


 ケンは絶句した。彼女はウラジオストクの外交官をいつわって神戸にやって来た。母都市から光学迷彩を持って来たという話もまた、偽りだったのだ。今考えてみれば、その技術が人間の手で開発された証拠など無い。ケンはただサンプルを見せられただけだ。


 しかし、そうなるとケンには疑問がいろいろと湧いてくる。どうしてMCPUはそれを、技術取引という形で人間に提供しようとしたのか。

 

 「光学迷彩を身に付けたら、無人兵器達にはその姿が見えなくなるんじゃないのか?MCPUが人間に有利になるような軍事技術を交換取引で与えるなんて、理屈に合わない」

「姿が見えなくなるというのも嘘よ。光学迷彩は、人間の目には見えないある波長の不可視光線を当てれば無人兵器の目には丸見えになってしまうの。でも、あなたに見せた通り人間の肉眼をあざむけるのは本当よ」

 「そんなはずは無い。この施設に来る時、光学迷彩服を着た俺は見つからなかったぞ」

 「その時は迷彩を着た者を攻撃しないよう無人兵器に命令がされてたの。私がこの施設に帰還するまで、誤認されて撃たれないように」

 「道中で出会った無人兵器は、君と俺の識別ができなかったのか?」

 「そうよ。不可視光線を当てても、機械の目に見えるのは灰色の影絵だけなの。相手が迷彩を身につけていると、誰が着ているのか個人の特定は不可能になる。”光学迷彩を装着している者を攻撃するな”というMCPUの保護命令が、幸いあなたにも適用されたんだわ」


 ここまで無人兵器の攻撃を受けずに来られたのは単に見逃されていただけだと知って、ケンは今さらながら冷や汗が出てきた。


 「……君が技術交換で持って来たレーザーライフルは?」

 「生身の人間や小型ドローンに対しては十分な威力があるわ。でも、戦車などに対しては役に立たない。機動兵器の厚い装甲を溶解させるには、同じ部分に長時間レーザーを照射しないといけないの。あのレーザーライフルは、あなた達の使ってるリニアライフルより破壊力が低く設定されてる。そして、改良は難しい」

 「俺達はそんなガラクタを受け取っていたのか!?でも、技術交換で役に立たない物ばかり渡していたら、終いにはこっちが怒って取引が破綻はたんするだろ?」

 「たしかに兵器は技術レベルが低めの物を渡して、人間の戦力の増強を抑えてる。未完成の物とか、性能が劣る物とか。

 でも、人間同士の取引でも常に最新の技術を相手に渡すとは限らないわ。相手が強くなりすぎると自分たちが困るから。互いにそれを承知で取引するはずよ」

 「じゃあ、政府は兵器の性能が低い事を知っても技術交換を続けるっていうのか?」

 「そうよ。駆け引き次第でそのうち有用な技術が手に入るかも知れない事も期待もしてね。こちらは光学迷彩のサンプルを渡したように、相手に期待を持たせ続ける。それに、あなたの政府がこちらに渡した技術も最新の物ではないはずよ」

 「じゃあ、他に渡した民間技術の方も役に立たないのか」

 「生活水準の向上に役立つ民間技術は、最新の有用な物を渡したわ。人間社会の安定と知識の発展のために」


 ケンは耳を疑った。MCPUが人間を殺戮さつりくする一方で先端技術を手渡すなど、にわかには信じられない。


 「人間社会の安定のためだって!?敵勢力の人間に最新技術を渡してるって言うのか?そんな事あるもんか!」

 「あるのよ。人間が独自に考え発展させた技術情報をMCPUは再度受け取って、それを元にまた新たな物を生み出す事ができる。技術の譲渡は、作物を収穫する前の種まきみたいなものよ」

 「種まき……?人間よりずっと頭がいいはずの人工知能が、どうして人間に頼るんだ?」

 「MCPUは論理の追求や思考スピードでは人間にはるかに勝るけれど、考え方に曖昧あいまいさやひらめきというものが存在しないの。思考の寄り道をせずに、解答に向かって一直線に突き進んでしまう。でも、人間はそういう無駄な思考の寄り道を生まれつき持っている」

 「無駄な考えが新発明に関係するのか?」


 逆に全く関係が無いんじゃないのか、とケンには思える。


 「昔ある学者が風呂に入って浮力の原理を発見したように、あるいはある錬金術師がリンゴの落下を見て引力の存在を科学的に認識したように、思考のひらめきインスピレーションが生まれるのは、無駄で無関係な考えがきっかけになる事があるわ。一見無関係に見える事柄を結びつけて新しい事を思いつくという事をできるのは人間だけなのよ。それで、MCPUは思考の発展や新たな発明が頭打ちになってしまったのは、今まで無視して切り捨てていた無駄な考えが逆に必要ではないかと考えた。自分には欠落している考え方を人間に求めたの」


 「それで人間に発明をさせて、技術情報を取引で手に入れて、また新しい物を作るのか?でも、技術取引で手に入るのは最新技術とは限らないだろ。」

 「だから、人間が渡そうとしないその最新技術を手に入れるために、あなたに都市に潜入して欲しいとMCPUは言っていたのよ」

 「それじゃあMCPUは人類をとことん利用するために生かしておこうと考えてるわけか。虫のいい話だな」

 「生かしておくというのはちょっと違うわ。MCPUが人間を攻撃するのは警備活動の結果であって、許可無く警戒領域に近づいてきた者を撃退してるだけ。あなたが聞いたMCPUの説明は本当なのよ。あの人工知能体は人間と戦争をしているつもりは無いし、人類を滅ぼすつもりも無いの」

「じゃあ、時々無人兵器が人間側の領土に侵入して来るのはなぜだ?」


 頻繁ではないが、境界線の内側の前哨基地や警戒部隊が攻撃を受ける事もある。


 「それは別の理由で行っている事よ。人間と戦争をしているように見せかけて、侵略の恐怖を絶えず与えるためなの。見せかけだけでMCPUに本気で侵略する気は無いわ。」

 「どうして人間に恐怖を与えるんだ?」

 「恐怖を与えれば、人間の科学技術水準を高める事ができるからよ」

 「恐怖が技術水準とどう関係する?」

 「過去の人間同士の戦争でもそうだったけど、戦争中は科学技術の発展が飛躍的に促進されるの。敵に兵器の質で負けるかも知れないという恐怖から、人的資源や戦略資源が、科学技術の研究開発に集中投入されるから。例として原子爆弾、大陸間弾道弾、ジェット戦闘機、無人兵器、指向性エネルギー兵器などがあるわ。戦時中は平時の何十倍もの早さで研究開発が進んだ。MCPUは、人類史も研究してるの」


 レーナは淡々と話す。作り話ではなく事実を語っているだけだとでも言うように。


 「MCPUは過去の歴史過程を再現して戦争を演出して、人類の恐怖をあおり、科学技術の発展を急かしているって事か?」

 「ええ。その結果、各都市国家の科学技術力は著しく伸びたわ。人間からもらう最新科学技術を果実とするなら、見せかけの戦争は科学技術の成長促進剤なの」

 「じゃあ、俺達が戦っていたのは、決着のつかない偽の戦争だったって言うのか?そんなバカな……」


 レーナの話にこれまで信じていた事実と概念をことごとくくつがえされてしまい、ケンの顔は青ざめていた。

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