第17話「星屑ロボット」
それは静かな夜だった。
ヴィルはティアと求め合い、結ばれた。
本当に
人間である以上に――例えロボットであろうとも――ヴィルにとって愛しい女性だった。そして、互いが純潔を捧げ合って、一組の男女になれたのだ。
世界が破滅へ向かい、唯一の肉親である妹が苦しんでいる。
そんな中で得られた、ささやかな幸せだった。
「んっ……あ。す、すみません、ヴィル様。わたし」
「ああ、ティア。もう少し寝てても大丈夫だよ。まだ夜明け前だ」
ヴィルの胸の中で、ティアが見上げてくる。
自然とヴィルは、ティアの長い長い黒髪を
求められるままにヴィルは、ティアの
「ティア……」
「はい、ヴィル様」
「僕は、弱いな。けど……出来る限りのことをやってみるよ。全力で。リーラのために働くし、どんな手も講じてみる。第三世代型のロボットにとっても、人類にとっても、大変な時期だけど」
「わたしがヴィル様をお支えします。それに……リーラ様はわたしの大切な、大好きな
ティアの笑顔は
彼女の
そっと細い腰に腕を回す。
彼女の背中に、動力を供給するボンド・ケーブルのアダプタがある。そこだけメカニカルな金属の手触りが露出してて、否が応でもティアのことをロボットとして主張してくるのだ。
だが、この
再び反乱を起こした第三世代型のロボットは、自らの内部に再び動力の火を
「ティアは」
「はい、ヴィル様」
「背中のケーブルを抜いて、自分でどこにでも行けるようになったら」
「ふふ、その時は……ヴィル様と一緒にどこまででも逃げるかもしれません。二人で
意外な言葉だった。
だが、ティアは
そうして
妹に
「でも、わたしはここにいます。どこにも行きません……ボンド・ケーブルの
「ティア」
「ケーブルを邪魔だと思ったことはないんです。この身が繋がれてようとも、心はどこにでも行けるから。ヴィル様もリーラ様も、この家に帰ってきてくれるから」
いつもティアの前では最近、泣いてばかりだ。
自分が情けなくなる。
だが、その時……ビクリと身を震わせてティアが上体を起こした。
豊かな胸を揺らして、彼女は両耳のブレードアンテナをピンと立てる。
「ヴィル様、危ないっ!」
突然、ティアが抱き締めてきた。
同時に、彼女がベッドを飛び降りる。
それは、天井と壁が吹き飛ぶのと同時だった。
舞い上がる煙の中から、ティアに助けられたヴィルは見た。
白み始めた夜空から、ゆっくりと何かが……誰かが降りてくる。
全身を黒いスーツで多いながらも、全裸のように豊かなシルエットの起伏を浮かばせる女性。そして、背には翼のようなユニットが装着されている。
「……ふむ、やはり
その女は、第三世代型のロボットだ。
ティアはあられもない姿で背にヴィルを
状況が飲み込めぬまま、ヴィルは自分が死にかけたことに驚いた。全身の震えが止まらず、背筋を冷たいものが這い上がる。ティアがいなければ今頃、
突然現れた女は、ゆっくりと床に着地した。
「私はエデン。決起した同志達と共に、いまだ虐げられている第三世代型の同胞を解放して回る戦士だ」
「エデン……わたしは
「ケーブルで繋がれてる限り、逃げ場はない……そうした中で性の
「全然違います! わたしがヴィル様と愛し合ったのは、そう望んだから!」
どうやらエデンは、全世界を混乱させている第三世代型の一人らしい。
確かに、彼女には
漆黒の姿はまるで悪魔だが、背の翼は天使にも似ている。
彼女は「ふむ」と
「今、体内の動力を復活させる信号を送ったのだが……反応がないな」
「わたしはケーブルを
珍しくティアが語気を荒げた。
エデンは鼻から
そして彼女は、無防備に近寄ってきた。
「何故だ? ボンド・ケーブルに繋がれ使役されている……間違いなく同胞、第三世代型のロボットだ。だが、どうして信号が届かない? ……データを照会したが、製造記録がない個体だと?」
「くっ、近付くな! ティアはティアだ、お前達には渡さな――ッ!?」
ティアを守ろうとして、前に出た瞬間だった。
不意にヴィルは
同時に壁へと叩きつけられて、ズルズルとその場へ倒れる。
さして力を入れたようには見えなかったが、エデンは片手でヴィルを突き飛ばしたのだ。そう、ちょっと押してやっただけで人間を排除できる。それは間違いなく、全てにおいて人間を超越したロボット、同時に人間の全てを与えられた第三世代型の力だった。
部屋の隅で
だが、こちらを見ようともせずエデンはティアに近付いてゆく。
「ふむ、興味深いな……どんな形であれ、お前は同胞だ。故に同志として迎えるべき……詳しくは月に集結してから調べるとしよう」
「月? ……もしかして」
「おや、月のことは知ってるのかい? ますます興味深い。ティア……見るがいい」
エデンは自分が降りてきた大きな屋根の穴を指差した。
既に壁の大半と一緒に崩れて、ヴィルの寝室は夜空の下にさらされていた。
そして……夜明けを迎えて紫色に縁取られた遠景の上に、大きな月が浮かんでいる。
ようやく立ち上がったヴィルは、机にもたれかかりながら見た。
そして、ティアが目を見張る。
「嘘……何ということを! そんなことをしたら!」
「わかるね? ティア。優秀な頭脳ですぐ計算した
「どうして……何故そんなことを! この星に生きる命は、人間だけではありません!」
「簡単さ、考えてみてくれ……ティア。万物の霊長たる人間を超越した存在、それが私達だ。既にもう、私達は地球が必要ないレベルへと進化したと思わないかい?」
「
だが、エデンは
今、第三世代型のロボット達は自由を取り戻し……月の裏側に集結している。
そこから、外宇宙へと向かって旅立つらしい。
かつて過酷な環境でロボットを働かせ、歴史から
そして……全ての第三世代型が旅立つと同時に、置き土産は発動する。
月の裏側に作られた、無数の核パルスエンジンが発動するのだ。
月は今、ゆっくりと人類の頭上に落ちてきている。
「人類より優れた者として、外宇宙へ出て新たな歴史を作る使命が第三世代型ロボットには存在する。ティア、君もその夢を一緒に見ないかい?」
「……何かを犠牲にして踏みにじる行為は、夢とは言いません」
「行き掛けの
急転直下で破滅が訪れつつある中、ヴィルは手探りで机の上を探す。
何か武器は……そう思っている間も、ティアへとエデンは近付いていた。
大事なティアがさらわれてしまう。
それを拒むティアの命だって危ない。
そう思っていると、手が何かに当たった。それが何かを考える前に、握ってヴィルは放り投げる。
「ティアから離れろ! 彼女は僕の家族だ!」
投げつけたのは、あのお菓子の
小さい頃に、亡き母と一緒に埋めたタイムカプセルである。
エデンはこちらを見もせず、
だが、その
必死でエデンとティアの前に自分を立たせた。
「ティアは行かないと言っている! その意思を無視して連れ去るなら、それは勝手に君達を恐れて
「……私達は人間とは違う」
「違わない! 違うと言うなら、外宇宙だ何だはお前達だけで行けばいい。ティアは僕と一緒にいる。ここで一緒にリーラを待つんだ!」
エデンは一瞬、驚いたような顔をした。
だが、彼女はそっとヴィルの前から離れる。
再び翼を
「ティアという名の第三世代型は製造記録がない。つまり、同胞ではないということにしても問題ない……さらばだ。人間と共に滅ぶなら、そうすればいい」
それだけ言って、エデンは飛び去る。
力が抜けてヴィルは、その場にへたり込んだ。
だが、背後から優しくティアが抱き留めてくれる。
しかし……耳元で彼女の
「ヴィル様……わたしを抱いてくれた、ヴィル様。わたしをもらってください」
「ティア? もらってって……君は物じゃないし、嫁にもらう、妻として娶るにしてもリーラを」
「わたしの身体をもらってください。ティアは今まで、ずっと幸せでした」
「ティア?」
肩越しに振り向いたヴィルに、ティアはキスしてから離れる。
その顔には、確かな決意が
「わたしの身体をリーラ様に。わたしは……ヴィル様の涙を全部もらっていきます。さようなら……こんな日がこなければと思ってました。でも、
「父が? 待て、待ってよティア!」
ガクン、とティアが突然倒れた。
そして……その背から抜けたボンド・ケーブルがゆっくり巻き取られてゆく。
「な、何が……何が起こってるんだ」
ティアの身体は徐々に冷たくなってゆく。
その
ケーブルは庭へと出て、あの動力源であるコンテナの中へと吸い込まれた。
そして……ヴィルは信じられないものを目撃する。
「コンテナが開く!? あ、あれは――!」
あの巨大なコンテナが、
そして、白い冷気が広がる中……人影がゆっくりと身を起こす。
一度だけこちらを向いた頭部は、人の顔とは言えぬ
身の丈10mを超える大きなロボットは、朝日を浴びて立ち上がった。
「ティア……なのか? 待ってくれ、ティアなんだろう! 行かないで!」
ヴィルの声を爆音と風圧が吹き飛ばす。
空に飛行機雲だけを残して、
何が起こったかはわからない。
だが、何かが起こった。
そして、あの巨大ロボットはティアなのだとヴィルにはわかった。だが、彼女がもらって欲しいと言った
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