第19話「星に願いを、月に祈りを」

 人類を襲った未曾有みぞうの天災、ムーンフォールダウンから三年が経過した。

 そして、ヴィルは知っている。

 あの大災害が、天災ではなく人災だということを。

 第三世代型だいさんせだいがたのロボットが再び反乱を起こし、集団で外宇宙へと出ていった。それは二重の意味で人災だ。そこまで彼等を追い込んだ人間のもたらしたわざわいであり……当事者たる第三世代型のロボットはもう、人間と何ら変わらない存在だったから。


「お兄ちゃんっ、この先だよ! 今度こそ……うん、今度こそ当たりだよっ!」


 今、ヴィルは高山の薄い空気を己に出し入れしながら歩く。

 先を進むリーラは、この過酷な環境を気にした様子がない。当然だ……彼女の肉体は三年前から、第三世代型ロボットの屈強な身体機能のままで維持されているのだ。

 あの日から、リーラは歳も取らず、病気とも無縁だ。

 一人の第三世代型ロボットの少女が、不治の病ふじのやまいに沈んでいたリーラを救ったのだ。


「リーラ、あまり急いで走らないでよ。転ぶよ?」

「平気だよっ、お兄ちゃん! あたし、予感してる……直感なの! 今日こそ当たり、大当たりだよ!」


 それだけ言って、リーラは走って行ってしまった。

 けわしい山道は、デスクワークで鈍ったヴィルにはこたえる。

 三年前、人類は存亡の危機を乗り越えた。

 そして、人類を救った存在をヴィルとリーラだけが知っている。一人の少女が、見目麗みめうるわしいメイドロボットという姿を捨ててまで、人類を救ってくれたのだ。

 ヴィルの父が残した、パンドラ・プロジェクトの真実。

 その結果として、今の元気なリーラの姿があるのだ。


「社長っ、急いだ方がいいッスよ! 今回は自分も、妙な予感があるスから!」


 背後では、アフリカの山奥を歩くのに必要な装備一式を背負ったロボットの姿がある。女性型の第四世代型だいよんせだいがたで、ずっと前からヴィルと親しい仲だ。

 以前につとめていた会社で一緒だった、リウスである。

 二人の兄の死と同時に、父の財産と事業を継がざるを得なかったヴィルにとって、彼女はとても頼もしい味方で相棒だ。


「君もそう思うのかい? リウス」

勿論もちろんッス! 自分、社長の秘書兼、運転手兼、後輩で友人スから!」

「はは、嬉しいね。でも……その、社長ってのはやめない?」

「今の社長は自分の上司、自分がお守りするべき人間ッス! 以前みたいに先輩と気安く呼べないッスよ! ……で、でも、そう呼べと命令してくれたら、その、エヘヘ」

「じゃあ、業務命令。昔みたいに先輩って呼ぶか、そうだな……名前でヴィルと呼ばれてもいいな」

「アッー! そこはほら、ほれほれ、うんうん……せ、先輩で」


 大荷物の重さが嘘のように、リウスは軽快な足取りだ。

 そして、彼女をからかいながらヴィルも山道を歩く。

 結局、月の利権を含む多くの父の遺産を、ヴィルだけが相続することになった。謹んで辞退したかったのだが、父の会社が後継者不在となると、困る人が沢山出てくる。

 結局、莫大な富を得て名ばかりの社長をやっている。

 ヴィルの仕事は三つだけだ。

 人材育成に力を入れて、近いうちに会社を渡せる人材を確保する。

 それまで真面目に会社の利益を守って、決済の必要な書類にサインをする。

 そして……三年前に別れた大事で大切な人を探すことだ。


「こないだのアラスカのあれ、酷かったッスよね」


 リウスは隣を歩きながら、過去を思い出す。

 先月もヴィルは、こうして辺境の土地で愛しい者の姿を探していた。

 この三年間、ずっと。

 莫大な富の、その数万分の一を自由にしていいと言われた時……それしか思いつかなかった。他にやりたいことはなかったし、そのための手段に使える財産には感謝している。

 だが、集めた少ない情報の全てが、空振りに終わった。

 ヴィルが探し求める女性の行方は、ようとして知れないのだ。


「今回の情報には信憑性があるよ、リウス」

「そうッスか?」

「君達ロボットは頭がいいからね。この連絡をくれた天文台の責任者は、君と同じ第四世代型ロボットだ。期待してるよ」


 先日、とある天文台が観測した。

 降り注ぐ隕石の中に、不自然なものを見つけたと。

 自然落下するデブリでもない、その物体は……。落下に近い形だが、着陸したのだ。

 それが今、ヴィルが進むアフリカの山奥なのだ。


「この三年、あらゆる落下物を追いかけた。だが、その全てが空振りだったな」

「地球の周囲は今、無数のデブリに覆われてるスから。研究者の間では、あと半世紀もすれば地球に輪っかができるそうッスよ。木星や土星みたいに」

「それは困るな……オービタルリングで働いてる人もいるし、邪魔だよ」

「同感ッスけどね。まあ、それもこれも人間様がやることでして……ニシシ」


 そんな事を話していると、緑に覆われた山道が突然開けた。

 そして、ヴィルの視線の向こうでリーラが振り返る。

 彼女の前には今、長い長いわだちがあった。

 そして、それを大地に刻み付けた巨体が見えた。

 瞬間、言葉にならない想いが辛うじて愛しい名をかたどる。


「見つけたよ……おかえり、ティア」


 その名をつぶやくヴィルは、気付けば走り出していた。

 この三年間、ずっと探していた。

 それは間違いなく、あの時に落下する月を食い止めてくれたティアだった。愛しい姿をリーラにゆずって、本来の姿である強力無比な破壊の化身けしんになった……そして、人類と地球を救って力尽きた愛する少女だった。


「お兄ちゃん……見つけたよ? ティアだよ……これ、ううん、この人……ティアだよ」

「ああ」


 震えるリーラを追い越し、ヴィルはティアに駆け寄る。

 全高10mを超える無骨な巨大ロボットが身を横たえている。

 墜落ついらくしてこの場所で動かなくなったのだ。

 リーラと共に駆け寄り、その身体に触れる。重装甲で硬い表面は黒焦げで、酷く冷たい。この場所に落下してから、すでに一週間が経過していた。

 だが、ティアは帰ってきた。

 どんな姿になっても、どんなに時間をかけても……帰ってきたのだ。

 ヴィルは突っ伏すティアの頭部へと駆け寄り、呼びかける。


「ティア、僕だ、ヴィルだ。わかるかい? 返事をしておくれ、ティア」


 ヴィルの声に、沈黙していた巨体が身震いする。

 頭部にぼんやりと、弱々しい一つ目の光がともった。

 その視線が自分を向いたので、ヴィルは思わず抱き付いてしまう。


「……ヴィル、様?」

「そうだよ、ようやく見つけた……お礼を言わせてくれ。ありがとう、ティア。人類を、僕を……何より、妹のリーラを守ってくれて」


 表情はないのに、瞳の光が優しく明滅した。

 ヴィルと話すこともつらそうにティアが返事をしてくれる。


「ヴィル、様……リーラ様、は」

「君のボティをもらった。第三世代型のボティに記憶と人格を移し替えたことで、リーラは生きてる。さ、触れて感じて……これが、君が用意してくれた僕達の未来だ」


 リーラがティアに触れる。

 昔ティアのものだった手が、今のティアをでる。

 人間と全く同じ機能を持つ、第三世代型ロボットのボディ……それを得て病魔と決別したリーラが泣いていた。そう、第三世代型のロボットは泣くことができる。


「ティア……ばか、ばかばか、ばかぁ!」

「リーラ、様」

「勝ち逃げって、ずるいよ! そんなのあたし、嬉しくない! けど、けどっ! ありがとう……こんなになるまで、ありがとう。こんなになってまで、帰ってきてくれて……」

「あ、ああ……私、帰って、きたん、で、すね?」


 ヴィルもこみ上げる涙を抑えきれなかった。


「ああ! そうだとも。そうさ……おかえり、ティア」

「ただいま、もど、り、ました。ヴィル、様。リーラ様も、それと、リウス、様」


 荷物を降ろして作業を始めていたリウスが、手を止める。

 情のない第四世代型、見るからにロボットという顔を彼女はわずかに歪めた。そう見えただけだが、彼女は消え入りそうな光のティアの視線にうなずいた。

 そして、ティアの声がどんどん小さく弱くなってゆく。


「ヴィル、様……ごめん、なさい。おつき、さま……すこし、わっちゃい、ました」

「いいんだ! あんなの、ただの石ころさ。そうさ……僕はね、ティア。月の裏の資源採掘権を手放す予定なんだ。公共の利益に使うこと、全ての国が平等に恩恵に預かることを条件に管理団体を作る。それと……地球に残った僅かな第三世代型の、その権利と保護のために」

「あ、ああ……ヴィル、さま。なんて、おやさ、しい……そんな、ヴィ、ル、さま、が」


 ティアの声が不鮮明になってゆく。

 リーラも必死に呼びかけるが、その返事はもう消え入るようにか細い。


「リウス、急いでくれ!」

「超特急でやってるッス! 今すぐ準備ができるスから!」

「ティア、いいかい? よく聞いてくれ、時間がなさそうだ。今から君を――ティア?」


 頭部の一つ目が点滅している。

 その間隔がどんどん長くなり、徐々に光は小さくなっていった。


「ヴィル、さま……リーラ、さま、と……どう、か……おし、あわ、せ……に……」

「ティア! ……駄目だよ、ティア! 君がそんな最期でいいものか」


 だが、返事は戻らない。

 あの月すら押し返す力を発揮した、鋼鉄の巨人は動かなくなった。

 泣きじゃくるリーラにしがみつかれながら、ヴィルも呆然ぼうぜんと立ち尽くす。

 リウスだけがただ、せっせと手を動かして作業を続けているだけだった。

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