第6話「妹は女の子、妹でも異性で女性」

 リウスがおとずれるといつも、家がとてもにぎやかになる。

 彼女はヴィル・アセンダントにとって、部下で同僚で、それ以上に大事な友人だった。そして、リーラにとっても同様で、実の姉のようになついている。

 今、リビングのテレビを占領して、二人は対戦ゲームの真っ最中だ。


「あーっつ、リウスさんずるいっ! 今の卑怯だよぉ!」

「わっはっは、リーラちゃんは甘いッスねえ……ほれほれ、追い打ちでボムを、続いてレールガンの一斉射いっせいしゃで」

「ひあっ、やったなあ! 反撃だよぉ、バァァァァルカンッ!」

「当たらなければどうということはあ、ニシシ……勉強ばっかで腕がなまってるスねえ」

「ちょっと、避けないでよ! ガードもしないで! もー、ロボット三原則!」

「ロボット三原則ッスね、それは! 清く! 正しく! いやらしく!」

「それ、ちがーう!」


 騒がしい程に二人は熱中している。

 それを少し離れてソファで見守るヴィルは、自然とほおほころんだ。

 そしてそれは、お茶を出してくれるティアも同じである。

 じっと優しいまなざしでリーラを見詰めるティアは、全く同じ顔立ちなのに大人びて見える。やはり物腰穏やかで落ち着いているティアは、ヴィルにはリーラとは別人に見えた。

 ヴィルの視線を感じたのか、ティアは振り返って恥ずかしげに頬を染める。


「あ、あの、ヴィル様……なにかおかしかったでしょうか」

「いや、いいなと思って」

「そう、ですか?」

「うん。とてもね」

「はあ……あ、お茶のおかわりをお持ちしますね」


 パタパタとティアが台所へ戻ってゆく。

 彼女のスカートの中から伸びたケーブルが、シュルシュルとカーペットの上を尻尾のように泳いだ。

 それは同時に、彼女の背負う罪に噛み付き続ける蛇のようにも見える。

 そうしたことを考えても詮無いことで、ヴィルは妹たちの戦争に視線を滑らせた。

 巨大ロボット同士がガチンコで戦う画面上では、ミサイルが行き交いドリルとかパイルバカーが火花を散らしている。

 不思議とリーラは、こうした激しいアクションゲームを好んだ。

 身体が弱くて心臓の病気を持つ彼女のことだ、ひょっとしたら運動できない鬱屈うっくつをこうしたゲームで発散しているのかもしれない。なるべくヴィルも休みの日には外へ連れ出すようにしているが、現代の科学力でも彼女の病気は治すのが難しいらしい。

 既に多くのロボットが活躍し、文明が絶頂を極めた昨今。

 人間そのものですらあるロボットを生み出した科学技術は、女の子一人救えないのだ。

 人工心臓を移植しようにも、リーラの体力が手術に耐えられない。

 そうこうしていると、リウスは笑ってコントローラーをガチャガチャ言わせつつ、隣のリーラの語りかけた。


「ティアさん、いい人じゃないスか。あー、リーラはビビッたスか? 第三世代型のロボット見て、ビビッちゃったスか!?」

「べーつにー? でも、びっくりはしたよ。あたしと同じ顔なんだもの。あたし、母さん似なんだな、って」

「それはちょっと自分も驚いたッスね。……でもぉ、ティアさんの方が少し美人スかねえ? グフフ」

「もーっ、おんなじだってば! 全く同じ顔!」

「いやいや、気品や風格が、ってやべー! それやべーッスよ、はわわゲージが!?」

「余所見してるからですー、よしよしこのまま……逆転だーっ!」

「ノォォォォォォォ! ……ま、仲良くしてるみたいでよかったスよ。あんまし先輩を、おにーさんを心配させるんじゃないッスよ?」


 なんだかんだで、リーラとリウスは仲良しだ。リウスもこういう時は、立派なオトナに見えた。第四世代型のロボットは、剥き出しの金属ボディに表情パターンの少ない顔と、露骨な被造物であることを運命づけられている。

 だが、リウスはいつもヴィルにとって、頼れる友人の一人だった。

 そして、それはリーラも同じように感じてくれてるらしい。


「なんかね、リウスさん。最初、あたしびっくりしちゃって……同じ顔だし、授業で習った第三世代型のロボットって怖い話だから」

「昔の話ッスよぉ! 歴史の授業スか?」

「うん、そう」

「当てててみせるスよ、その先生……定年間際の年寄りじゃないスか?」

「正解、どうしてわかったの?」

「あの事件がリアルな世代は、誇張こちょうして喋るんスよ。反乱だなんて……ただちょっと、第三世代型がおせっかいで、それに人間が過剰かじょうにヒステリックだっただけなんス」

「そーなんだ……そうなんだよねえ」


 相変わらず画面の中でロボット同士を殴り合わせながら、二人は話す。

 だが、リーラは意外なことを言って笑顔になった。


「でも、ティアさんいい人……いいロボットだった。優しいし、あたしにも沢山料理とか教えてくれるし」

「うんうん、よかったじゃないスか」

「あたし、ちょっと不安だった……お兄ちゃんを取られちゃいそうだって思った。でも、


 リウスが一生懸命動かしていた両手を止めた。

 その時、彼女が悲しそうな顔をしていたようにヴィルには思えた。

 そして、すぐにそれはリーラに伝わる。

 リーラは無神経な言葉を使ってしまったが、悪気はないのだ。だが、悪気や悪意がなくても、いや……ないからこそ、人は人を傷つけてしまう。そして、普段から能天気で豪放な性格のリウスだって、傷つく心を持ったロボットなのである。

 鋼鉄の女の子だって、心は硝子ガラスでできているのだ。


「ご、ごめん、なさい……そういう意味じゃないの。リウスさんも、ティアさんも……そういう目で見てないの。ただ」

「リーラちゃん、も少しリーラちゃんは社会勉強が必要スねえ、グフフ」

「本当にごめんなさい。でも……ほっとしたの、本当だよ? あたしは……あたしには、お兄ちゃんしかいないから。お兄ちゃん、られちゃったらどうしよう、って」


 思わずヴィルは「リーラ」と声をかけて立ち上がろうとする。

 だが、意外な人物がヴィルを手で制した。

 振り向けば横に、にこやかな笑顔のティアが立っていた。彼女は新しいお茶の入ったポットをテーブルに置くと、静かにリーラに語りかける。


「リーラ様、安心してください。わたしはお二人の幸せを守るため、お助けするために来たのですから」

「ティアさん、その……ごめんなさい。あたし、ちょっとデリカシーなかった。ティアさんは好きでロボットやってる訳じゃないし、たまたま第三世代型だっただけだし」

「それはリーラ様も同じです。誰も好き好んで、病気と一生付き合うような人生は選ばないかもしれません。でも、リーラさんはそんな生き方をちゃんと考えて、生きてます」

「それは……そうでも、ないけど」

「ヴィル様もリーラ様のことを大事になさってます。ですから、ゆっくり考えてください。病気のことだって、これからよくなるかもしれないんですから」

「……病気についてはもういいんだけどね。でも……ねえ、お兄ちゃん」


 ふと、ゲームのコントローラーを置いたリーラが振り返った。

 その目は、涙で潤んでいたが、危険な光をくゆらしている。そして、ヴィルがドキリとするほどに美しい輝きだった。

 妹のリーラは、もうすぐ美しい女性へと成長する。

 蝶へと脱皮して羽撃はばたく前のさなぎですら、可憐な魅力が満ち満ちていた。

 だが、血を分けた兄と妹、兄妹きょうだいなのである。

 倫理と道徳の観点から、決して交わらぬ男女なのだ。

 同時に、ヴィルはリーラを愛していたが、それは妹としてだ。唯一の肉親として、一生をかけて守ろうと思っている。


「お兄ちゃん……あたしがお兄ちゃんを好きなのって、変なのかなあ?」

「リーラ、それは」

「頑張って、他の人を好きにならなきゃいけないの? ……お兄ちゃんがそうだって言うなら、あたしそうする」

「そういうことは、僕からは言えないよ。ただ、覚えておいてリーラ……僕は君の恋人にもおっとにもなれないけど、ずっと兄として支える。そうしたいんだ、そう望んでるってこと……それだけは覚えておいて欲しんだ」


 リーラは大きく頷いた。

 そして、まなじりを指でぬぐってエヘヘと笑う。


「なんか、変な話しちゃった! ごめんなさいっ! ティアもごめんね、あたしそういうつもりじゃ」

「いえ、わたしこそ出過ぎたことを言ってしまいました。リーラ様は御自身ごじしんの心のままに……わたしたちロボットもヴィル様も、リーラ様を見守り支えます。ずっと」

「そーッスよぉ! まだ若いんだし、もっと自分を磨いて世界を知って、どんどん外に出てけば色々変わるッス。変われるんスから、人間は。いつだって、誰だって!」


 ヴィルにはティアとリウスの言葉が嬉しい。

 ロボットはエモーショナルAIで学習し、人格や情緒が豊かになってゆく。それでも、彼女たちは肉体が成長することも、老いることもない。そして、初期設定で与えられた性格は、多少は変化すれども根本的にはずっとそのままなのだ。

 なにより、ロボットは性格のいい人格者として造られているのだから。

 人間は成長し、変わってゆける。

 そのことをリーラはわかってくれたようで、ヴィルもようやく笑顔になった。

 だが、一つ……一つだけ、気になることがあるのも事実だ。

 リーラの心臓は、それ自体が彼女の中で時をきざむ爆弾だ。

 残された時間は、一年か、それとも十年か……明日あすか、明後日あさってか。そのことを考えると、ヴィルは胸が痛む。己の心臓が与えられるならば、えぐり出してしまいたいくらいだ。兄としてできることは少なく、兄である以上の男性をリーラは求めてくる。

 過ちを犯さぬように自分を律しつつ、ヴィルは自覚していた。

 自分が妹を、そしてティアを見ると……美しいと感じることを。

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