第13話「鳴動」

 それからの日々は、忙しかった。

 意識を取り戻したリーラへの見舞みまいも行ったし、ティアがまとめてくれた着替えも持っていった。リーラには、第三世代型ロボットの躯体くたいへの引っ越しも話した。

 リーラは不思議と、驚かない。

 ただ、彼女は穏やかな笑みを浮かべるだけだった。


『ティアと同じになるってことなら、いいよ』


 彼女はそう言って、多くを問うてこなかった。

 きっと、知っているのだ。

 第三世代型の躯体、それもブランクで現在使用されていないものを手に入れるのがどれだけ難しいかを。そして最悪、彼女そっくりなティアの身体を奪ってしまうかもしれないことを。

 もう、リーラはどこかさとったような達観たっかんを帯びている。

 そのことがヴィルには、総身を切り裂かれるようにつらかった。

 だから、ベストを尽くすしティアを犠牲にしないと、それだけを約束したのだ。

 会社でも仕事を続けながら、その合間にリーラの新しい肉体を探す。

 そんな毎日はもう、三日目を迎えようとしていた。


「先輩ー! ちょっとそこのコンセント、借りていいッスか?」


 昼休み、周囲の同僚が昼食ちゅうしょくにばらける時間だった。

 まだ端末のモニターをにらんでいたヴィルは、振り向きゆるい笑顔にほおくずす。

 後輩のリウスが、自分のスカートの中から伸びる電源コードを持っている。彼女は見た目もまさしく鋼鉄少女メカっこといった雰囲気で、表情だってあまり多種多様ではない。第四世代型と呼ばれる現代の一般的なタイプで、定期的に充電する必要があるのだ。

 ロボットらしからぬへらりとした表情に、自然とヴィルも鼻から溜息をこぼす。


「自分のデスクのコンセントはどうしたんだい? リウス」

「いやあ、ちょっと携帯電話の充電中でして……にはは」


 リウスはいつも一生懸命だし、結果的に凄く仕事ができる。だが、終始ドタバタとしたトラブルメーカーでもあり、勝手に半径15m以内を巻き込んでゆくタイプだ。

 だが、愛され上手で憎めない上に、ロボットらしからぬ愛嬌あいきょうがある。

 ヴィルも普段は彼女を助けることが多いが、助けられたことだって少なくなかった。


「いいよ、使って。そこがいてるよ」

「ありがとうッス! ……ほえ? 先輩、なに見てるんスか」

「ああ、第三世代型のロボットに関する調べ物さ。躯体の管理やなんかをしてる財団がいくつかと、社団法人、あとは研究機関だね」

「なんでそんなことを……ハッ! まさか、ティアさんになんかあったんスか!?」

「いや、ちょっと……大きな声では言えないんだけど」


 昼休みで人影はまばらだが、まだヴィルの部署には何人かが仕事をしている。

 第三世代型に記憶と人格を移して延命をこころみる……それは、イリーガルなことだ。

 勿論もちろん法に触れるし、だからこそ機能を停止した第三世代型の躯体は厳重に管理されている。多くの組織がそれぞれ連携して、技術的な保全をしたうえで処分しているのだ。

 だが、権力者や財産家が法の目を盗んで、黒い誘惑に負けていることも事実である。

 ヴィルも今、それをやろうとしているのだ。

 リーラとティア、二人の家族を守るために。

 事情を耳打ちすると、リウスは声を上げそうになって両手で口をふさぐ。


「な、なるへそ……先輩、それは大変じゃないスか! 重犯罪スよ!」

「わかってる。でも、罪を犯して背負う価値があるんだ。罰されてもいはない」

「……なにかアテはあるんスか? 簡単にはいかないッスけど」

「一応、父が月面開発の事業をしてたから、そのツテを今は探ってる。父はティアしか僕に財産を残してくれなかったけど、アセンダントの名はこの際ありったけ利用させてもらう」


 ヴィルの父は、若かりし頃に一代で財を築いた。

 その大半が、月面開発……それも、誰も引き受けなかった月の裏側での資源開発で得た財産である。月は地球に対して、常に表側だけを見せながら回っている。そのため、月の裏側は光の差さぬ暗黒の極寒地獄なのだ。

 父がどのような手腕で、そこからの資源採掘をしたかは知らない。

 ティアが言うには、多くのロボットを活用したという。

 そのことを話したら、リウスは先程より大きな声を出しそうになった。


「あ、ああ……先輩、ヴィル先輩っ! あうう……そういえば、そうだったッス。先輩、アセンダント家の人間だったスね。自分としたことが、さっぱり忘れてたッス」

「あ、うん。……どうかしたの? リウス」

「んーっ、ちょっと」


 リウスは腕組みうなって、珍しく難しい顔をした。

 表情パターンの少ない彼女の中でも、普段はほとんど見られない熟考の顔である。いつもリウスは、明るい笑みの女の子で、それが張り付いただけという印象を与えない。

 おおむねリウスは、笑顔がデフォルトのかわいい後輩だった。

 だが、彼女は迷う素振りを見せてから口を開く。


「先輩、好き……大好きッス!」

「な、なんだい? その、ありがとう?」

「なんで疑問形なんスか」

「いや、まあ……二人も三人も一緒かなって最近。はは、僕も父の不義をたっとび不徳を迷わない血が流れてるのかもしれない」

「事情は知らないスけど、自分は先輩が好きだし、仕事仲間として尊敬してるッス! でも……自分はロボットなんスから、アセンダントのやったことは許せないんスよ」


 リウスが語ったのは、ヴィルの知らない父の素顔だった。

 半世紀ほど前、ヴィルの父は月の裏側の権益を独占した。父だけが、あの過酷な環境から資源を掘り出し供給することで利益を得たのである。

 そしてそれは……ロボットという労働力の犠牲の上になりたっていた。

 父は、人間社会に馴染めぬ第四世代型のロボットを、不当な条件で酷使したのだ。そればかりか、逃げ延びて有線接続からまぬがれた第三世代型のロボットをも集めた。

 極寒の暗闇は、さながら煉獄れんごく……月の裏側は外界から閉ざされた場所だった。

 そこでは、太陽の下で生きられぬロボットが強制労働をさせられていたのだ。


「とまあ、そういう訳なんスよ……そういえばニュースになってたスね、アセンダント家の当主が死んだって。確か息子が二人……あ、先輩も入れて三人いた筈ッス」

「そうなんだ。で、月の事業は長男のヒドル兄さんが相続したと思うんだけど……おかしいんだ。先日からずっと、連絡がつかない。屋敷のメイド達も、執事や秘書も行方ゆくえを知らないっていうんだよ」

「……ふむ。まあ、でもっ! 今の自分達がやることは一つッス!」


 すぐにリウスは、ヴィルから端末のキーボードを取り上げる。

 そして、恐るべき早さで手の指を動かし始めた。

 まるでプロのピアニストみたいに、キーボードを歌わせ画面に情報を踊らせる。あっという間にヴィルが見詰めるモニターに、なんらかのリストが複数浮かび上がった。


「ちょっと第三世代型に関する管理情報をピックアップしてみたッス。他にも色々あるので、自分も休憩中にアレコレ探してみるッスよ!」

「リウス……凄いね。どれも機密レベルの高いものだ。でも、君は――」

「自分、先輩のこと大好きなんス。ああ、そうそう……愛人でも全然OKッス!」

「はは、考えておくよ。前向きに検討する方向で、あとは」

「あとは?」

「ティアとリーラに相談してみるよ」

「ガクッ! 勝ち目なしッス……かくなる上は住み込みメイドに転職するスかねえ。ただ、自分がGoogleグーグル検索よりは使える子だっての、わかってもらえた筈ッス」


 リウスはいつも、こういう女の子だ。

 エモーショナルAIがもたらす心情も感情も、第三世代型に比べて制約が多く制限されている。それがかえって、彼女を快活な元気娘にしているのだ。自分で思う不快感や忌避の感情を別にして、親しい同僚のために寄り添い手伝ってくれる。

 だからヴィルは、彼女の好きという言葉に素直になれるのだった。

 だが……二人がこうして悪巧わるだくみを実行中の、共犯者同士の時間が突然破られる。


「おいっ、みんな! フォトビジョンを見ろよ、緊急ニュースだ!」


 周囲があわただしくなって、同僚の一人が部署に備え付けの大画面へリモコンを向ける。普段はネットを介した朝礼や、残業中の休憩にバラエティ等を見るだけのフォトビジョン。それをつければ、緊急ニュースをキャスターが緊張しながら読み上げていた。

 その内容に、ヴィルは戦慄せんりつのあまり絶句してしまう。


『緊急ニュースをお伝えします。先程、主要先進国のほぼ全てで首脳が同時多発的にテロリストに襲われる事件が発生しました。ロシア、フランス、中国の首脳が死亡、他にも各国で重傷者多数とのことです。そして――』


 ヴィルは耳を疑った。

 流石のリウスも固まっている。


『テロリスト達から声明が発表されました。彼等は、その……信じられないことですが、! ボンド・ケーブルから解放され、自分の動力源を復活させた第三世代型が、再び人類に反旗はんきひるがえしたようです!』


 次の瞬間、ヴィルは椅子を蹴って走り出す。

 勿論、リウスが後を追ってきた。

 信じられない話だし、疑問は残る。かつて第三世代型は、人間のパートナーとして人間と同等の権利を主張し、人間と密接な関係で社会に寄与したいと願った。だが、それを人間は拒絶したのだ。人間と同じか、それ以上の肉体を与えたにもかかわらず……人間は第三世代型のロボットに人権を認めなかった。

 そして、戦争があった。

 結果はどうなったかを、ティアと暮らすヴィルはよく知っている。

 そして、ヴィルと親しい第三世代型のロボットはティア一人ではなかった。


「先輩っ、社史編纂室しゃしへんさんしつに! オリオさんのとこに!」

「ああ! ……なんだ? この胸騒ぎは……」


 エレベーターを待つ時間ももどかしく、二人は階段を駆け上がる。

 息せき切って走るヴィルを追い越し、リウスは猛スピードで見えなくなった。

 その背中を追うヴィルが耳にしたのは、一発の銃声だった。

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