第2話「再会、妹よ……おいおい妹よ」

 帰宅したヴィル・アセンダントは、柔らかな明かりのともる我が家に安堵あんどした。

 小さな一軒家で、手狭な庭とセットの白い家。妹との二人暮らしには十分な住まいだ。それに、ゆくゆくは妹も嫁に行くので、つい棲家すみかとしても悪くない。

 まあ、ちょっと妹のリーラが嫁ぐ日というのは……想像できないが。

 そのことを思い出して、ヴィルは少しげんなりする。


「さて、リーラが見たら驚くぞ。なにせ、十五年前のタイムカプセルだ。二歳の頃のことを覚えてるかどうか」


 玄関に立ってポケットに鍵を探す。

 ヴィルの片手には、小さな箱が握られていた。それはくたびれて色あせたクッキーの空き缶で、土の中でずっと眠っていたものだ。りし日の兄妹きょうだいが、母と埋めた思い出の品。

 それを今日、一緒に掘り出してくれたメイドロボットとも再会できた。

 ヴィルは忘れていた美貌びぼうに二重の驚きを感じて、熱烈な歓迎を受けたのだった。


「でも、驚いたな。すっかり忘れてたし、当時は知らなかったんだ。あのは、ティアは……それより、びっくりしたのは顔だな。どうしてだろう、あんなにそっくりで――」


 すると、突然玄関のドアが内側から開いた。

 そして、夕焼けの中へと一人の少女が飛び出してくる。


「おかえりなさい、お兄ちゃんっ!」

「っと、リーラ! 駄目だよ、走っちゃいけないって言ってるだろう? お前は身体が」


 迷わず妹のリーラは、ヴィルの首に抱きついてきた。よろけながらも抱き留めて、勢いのままにその場で一回転。そして、ヴィルの小さな妹を降ろしてやる。

 エプロン姿のリーラは、今年で十七歳だ。

 不自由させまいと働くヴィルを、献身的に支えてくれている。

 ただ、四六時中兄の世話を焼くので、それだけが心配だ。

 だが、彼女はそのことを全く気にしていない。


「お兄ちゃん、今日は遅くなるんじゃないかと思ってた。でも、嬉しいっ!」

「おいおい、そう引っ付くなって。……あんな場所に長居するもんじゃないよ。もう、なんの関係もない家なんだから。それに、ほら。これ」

「ん? なぁに、お兄ちゃん……この箱」


 リーラはようやくヴィルから離れると、手渡されたクッキーの空き缶を受け取る。それをいぶかしげに見て、ガラゴロと振ってみた。

 やはり覚えていないのだろうか。

 まだリーラは、本当に小さな幼子だったから。

 だが、彼女は見えない豆電球へと電流を流し込む。わかりやすくひらめきが表情に浮かんで、笑顔でヴィルを見上げてきた。


「これ、小さい頃! あたしとお兄ちゃん、お母さんで埋めたタイムカプセル!」

「そうだよ、リーラ」

「えっと、あとはメイドさん! ロボットのメイドさんがいたよね? ほら、少しお母さんに似てて、ドジでおっちょこちょいなメイドさん」

「あ、ああ……そうか、母さんに似てたのか。なるほど、逆説的というよりはそっちが本命だろうな」

「ん? どしたの、お兄ちゃん。……そっか、これを取り出してきてくれたんだ」


 既に夕日は稜線りょうせんの彼方へと消えて、僅かに街が紫色に縁取られている。

 郊外の小さな家の前で、リーラは思い出のタイムカプセルを抱き締めた。

 そして、遠くにヘリコプターの音を聴きながら、ヴィルも納得を得る。あのメイドロボ、ティアは確かに似ている。亡き母の面影にそっくりだ。だが、どちらかというと――

 思惟しいを巡らせつつも、目の前で見上げてくる妹に微笑むヴィル。

 あれは驚くほど古いタイプのメイドロボで、だからこその制約に引きずられていた。

 もしかしたら、死んだ父が作らせたものかもしれない。

 第三夫人だいさんふじんに招いた愛人にそっくりな、愛人の世話をするメイドロボット。

 なるほどと思った、その時である。


「ん? なんだ? 報道のヘリ、じゃないな……この音は」

「うわっ、ちょ、ちょっとお兄ちゃん! うちに来るよ、あのヘリコプター!」


 轟音を響かせ、ジェットタイプのヘリコプターが家の上空で止まった。

 軍用にも使われてる大型の機体で、コンテナのようなものをぶら下げている。風圧を浴びてリーラをかばいつつ、ヴィルはかざした手で顔を守った。そして、指の隙間から眩しい光の中を見上げる。

 ヘリコプターはワイヤーでぶら下げたコンテナを、庭へと落とした。

 激震と共に土埃つちぼこりが舞い上がり、轟音が響く。

 そして、なんの説明もなくヘリコプターは飛び去った。

 呆然とするヴィルは、砂煙すなけむりき込むリーラの無事をすぐに確認した。


「もぉ、なんなのっ! ! きっと誤配達よ、そういう業者あるもの! 苦情を言ってやるわ!」

「……ねえ、リーラ。まだお前はそんなことを言ってるのかい? 愛の巣っていうのは」

「あたしとお兄ちゃんの家じゃない! ここで二人は、永久とこしえに幸せに暮らすの。ラブラブで!」


 やれやれまたかと、ヴィルは苦笑で頬を引きつらせる。

 一生懸命に家事をしてくれる妹のリーラは、いわゆる極度のブラコンなのだ。そして、西暦2131年の現代でも、近親者での婚姻は認められていない。だが、恋する乙女には法も道徳も通用しないのが世の常だ。

 落胆して溜息ためいきを零しつつ、ヴィルはポンとリーラの頭を撫でる。


「リーラ、僕はお前を幸せにする、それは母さんにちかったことだ。でもね、一人の男性としてお前と人生を歩むのは僕じゃない。それを」

「ヤだ」

「またそんなことを」

「ヤだもん! 別に、法的にお嫁さんじゃなくてもいいの。私的でも性的にでも、どうでもいいの! ……お兄ちゃんと、いたいの。駄目なの?」

「駄目じゃないけど、節度は守らないとね。さ、とりあえずリーラは中に入って。コンテナに連絡先くらいは……ん?」


 ようやく静かになった郊外の一軒家に、奇妙な音が響き渡った。

 それは、メカニカルなノイズを奏でる巨大な機械の駆動音だ。

 突然庭を占領して埋め尽くした、例のコンテナがうなっている。そして……突然、その壁面に取り付けられたドアが開いた。

 作業員が出入りするであろうドアの中からは……見慣れた姿が表れる。

 モノクロームのメイド服、白過ぎる肌に長い黒髪……輝く瞳は菫色バイオレットだ。

 そこには、つい先程別れたばかりのメイドロボット、ティアが立っていた。彼女はスカートを両手の指で摘んで、うやうやしく二人へとこうべれる。


「お待たせしました、ヴィル様。そちらは……ああ、リーラ様ですね? 大きくなられて……お元気そうでなによりです」

「あ、はい……どーも、って! お兄ちゃん、誰? それより……ちょっと、あんた! なんで、なんでなのよ! どうして――」


 やはりというか、リーラは驚いた。

 ティアに再会して思い出したヴィルが驚いたように、震えながら指差して絶句した。

 そう、ティアは本当に似ている……瓜二うりふたつだ。

 こうして顔を突き合わせれば、もうミリ単位で同じとしか思えない。

 髪や瞳、肌の色だけが違って、しかし同じ曲線で構成されている。


「どうしてっ、! お兄ちゃん、なにこれっ!」


 そう、ティアはリーラにそっくりなのだ。

 勿論、リーラはそれなりに母親似ではある。

 しかし、それを差し引いても奇妙な程に似ていて、不気味ですらある。コロコロと表情を変える情緒豊かなリーラに対して、ずっと笑顔のティアは無機質で透明な冷たさを感じる。

 だが、全く同じ造形の顔が向かい合っていた。

 そして、リーラはティアの足元を見て、さらに驚きに声を強張こわばらせる。


「お兄ちゃん、この子っ……第三世代型だよ! 見て、ボンド・ケーブルが!」

「あ、いや、リーラ。いけないよ、指差ゆびさしたりなんかして。ごめんティア、ええと」

「学校の授業で習ったもの! 前世紀に造られて、人類に反乱を起こしたロボット!」

「リーラ! ……覚えてないのかい? あの屋敷で僕たちと一緒だったティアなんだよ? 例え彼女が第三世代型のロボットでも、ああして有線で動いている。全部、法にのっとった上でのことなんだ。いけないよ、リーラ」

「そう、覚えてるわ! 母さんに似てて、そう……それで! ッ、あ、うぐっ!」


 左の胸を抑えて、突然リーラはその場に膝を突いた。

 慌てて駆け寄るヴィルと一緒に、ティアがすぐに彼女を支えてくれる。その手を振り払う力もなく、リーラは苦しげに表情を歪めていた。

 そんなリーラを両手でティアは抱き上げる。

 彼女のスカートの中からは、太いケーブルが例のコンテナへと伸びていた。

 ――ボンド・ケーブル。

 BONDという名の鎖であり、呪縛じゅばくだ。

 第三世代型と呼ばれるタイプのロボットは、その前後のタイプと違ってほぼ完璧に人間の機能を持っている。生体パーツを多く使い、エモーショナルな感情と自我を持っているとさえ言われた。

 そして、過去に人類に反旗はんきひるがえして、敗れた。

 代償として機械であると知らしめるパーツの露出を義務化され、己の中に動力を持つことを禁止されたのである。

 子供の頃は知らなかったことをもう、大人のヴィルは知っていた。

 だが、リーラを優しく扱うティアは笑顔だ。


「ヴィル様、やはりリーラ様は心臓が弱いのですね? 奥様も心配されてました」

「あ、ああ」

「わたしのことなら心配しないでください。わたしたち第三世代型のロボットは、こうして有線接続でのみ動力を得て人類と共に生きることを許されています。わたしは、そのことに感謝しています。再びヴィル様とリーラ様にお会い出来て、またお世話させていただけるのですから」

「……え?」


 ティアは細腕が嘘のように、片手で赤子を抱えるようにリーラを運ぶ。華奢きゃしゃな身での怪力は、なるほどロボットだと思わせてくれた。そして彼女は、エプロンのポケットから一枚の紙切れを出す。

 それは正式な書類で、だからこそ書き換え不能なインクで紙媒体に書かれているのだ。

 開いてみてヴィルは、驚きに目を見開く。


遺言状ゆうごんじょう……だって?」

「はい。旦那様だんなさまからのものです」

「……財産分与ざいさんぶんよ、ええと……は? いや、待って……ロボットを物のようにして。地球憲章ちきゅうけんしょうに反してないかい? ロボットにも今は多くの権利が認められていて」

「わたしは第三世代型なので、一般的なロボットとは少し違うんです。だから、ヴィル様。わたしの新しい御主人様マスターになってください。また、お世話させてくださいね」


 言葉を失うヴィルにニコリと微笑んで、ティアは家へと向かう。

 ずるずるとケーブルを引きずっているが、抗菌コーティングのつやめいた光が特殊樹脂とくしゅじゅしを覆っていた。それは、ティアというビスクドールを操り人形マリオネットにする運命の糸のよう。

 慌ててヴィルは彼女に先回りして我が家のドアを開いた。


「ええと……なんというか、その。とりあえず、ようこそ。僕は歓迎するし、きっとリーラもわかってくれる。ただ、びっくりしたんだと思う。自分と同じ姿のロボットに」

「はいっ! 小さい頃からリーラ様はお優しい方でしたから。それに」

「それに?」

「わたしはお二人のために、それだけのために生きると決めています。亡き旦那様はそのことを許してくださったんです。だから、あの遺言状を」

「あ、ああ……と、とにかく入って! リーラを休ませてあげなきゃ」


 こうして、兄一人妹一人の小さな家に、新たな家族が加わった。

 メイドロボットを家族だと思うことに、ヴィルは違和感を感じない。今という時代、街中ではどこでもロボットがいるし、ロボットにだってかなりの権利が認められている。

 ただ、リーラをベッドへ運ぶティアを見送り、ドアを閉めようとして気付く。

 彼女を動かしてるボンド・ケーブルは、ドアに隙間を作っていた。


「やれやれ、日曜大工でもしてみようか。ケーブルの太さに穴を空けて、ふたも必要かな?」


 ひとりごちて笑うヴィルの頭上にはもう、満天の星空が広がっていた。

 こうして星屑ほしくずの瞬きと共に、アセンダント家に古いメイドロボットがやってきたのだった。

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