第15話「悪意と、憎悪と、白い肌と」
帰宅したヴィルは、蹴破るようにドアを開け放つ。
脱ぎ散らかした
そこには、お茶の準備をしているいつものティアがいた。
彼女が
そうしてヴィルは、ティアに飛びつくようにして抱き締めた。
「ヴィッ、ヴィル様!? あ、あの――」
「ティア! 無事だね、ティア……ああ、よかった。その、ニュースを見て飛んできたんだ」
「あの、ヴィル様」
「わかってる、なにも言わなくて大丈夫。僕は君が裏切るなんて思ってないし、ロボットは人間の敵じゃない。こんな時こそ冷静になって、落ち着く必要があるんだ」
「は、はい。それで、ヴィル様」
ティアはロボットなのに、甘やかな匂いがする。胸の中に閉じ込めたくなるような、花の香りだ。それは彼女のメイド服を洗った洗剤の匂いかもしれないし、彼女が使っているシャンプーの香りかもしれない。
だが、
確かな温かさと柔らかさが今、腕の中に
そう、
「あの、ヴィル様……は、恥ずかしいです」
「ごめん、でも……もう少しだけ。もう少しだけ、こうしてていいかな。帰ってくるまで、ずっと不安だった。それが――」
「で、でも……恥ずかしい、です。その……見られて、ますから」
その時だった。
ゴホン! と
リビングのソファに、スーツ姿の男が二人座っている。片方は
二人は立ち上がると、同時にスーツの内ポケットから小さな
小さく電子音が響いて、警察のマークが立体映像として浮かび上がる。
「どうも、ヴィル・アセンダントさん。……もう、いいですかな?」
「え、あ、ああ……どうも。すみません」
慌ててヴィルはティアを手放した。
ティアも
改めて二人は刑事だと名乗り、捜査のために訪れたと語った。
「私はオクター・ヴィンス。こちらは部下のラケル・シャフターです」
「どうも、ラケルです。少しお時間、よろしいでしょうか?」
二人の刑事には、有無を言わさぬ迫力があった。任意の形を取っているが、
正直、心当たりはない。
だが、
「
「な、なんですって!? ヒドル兄さんが!?」
「今朝、遺体で発見されました。それで今、容疑者を捜査中です」
「なんてことだ……連絡がつかないと思ったら」
リーラの病気のことで、ヴィルは何度も
しかし、連絡が取れる
刑事のラケルが淡々と報告を読み上げ、オクターが疑念を捩じ込んでくる。
「ヒドル氏の遺体は今朝、
「と、いう訳でしてね。親の財産を継いだばかりの資産家が、
ヒドルが死んだことが、まだ実感できない。
父の自慢の秀才息子で、誰からも愛され……誰にも残虐性を気付かれなかった。
いい思い出が全くないが、死んでいい人間なんていない。
それも、人間とは思えぬ死に方をしたと聞いて心が痛んだ。
だが、二人の刑事を交互に見てヴィルは正直に話す。
「僕をお疑いでしたら、アリバイを証明します。会社に問い合わせてみれば同僚がいくらでも。勿論捜査にも協力しますし、詳しい事情も説明します」
「……ヴィルさん、貴方は犯人に心当たりがあるのでは? あるいは、貴方はやっていないが、誰かに命じて――」
「そんなことはしてませんっ! ……こ、こんな大変なことになっているのに」
「ええ、先程の臨時ニュースですな? そのこともあって、私共も急いで来た訳でして」
第三世代型のロボット達が、再び人類に
それを知った時にはもう、ヴィルは大事な友人を失っていたのだ。だが、そのことと兄の死は、どこで繋がっているのだろう? 疑問に思えど、頭が上手く働かない。
そうこうしていると、ティアがお茶を用意し戻ってきた。
紅茶のいい香りが湯気に乗って、室内にゆっくり
そして、熱い茶を一口飲んで落ち着いたヴィルは、あることを思い出した。
「あ、あの……先日、もう一人の兄、タルス兄さんが訪ねて来ました」
「ふむ、それで? ……大変興味深いですな。続けてください。おい、録音を。構いませんな?」
若い方のラケルが、先程の警察用端末を取り出す。
聴取が録音されることに同意して、ヴィルは先日のことを思い出しながら全てを話した。兄を憎く思うことはないのだが、心当たりがあったのに話さないのも気が引ける。なにより、知っていた情報を提供しなかったと思われたくない。
今のヴィルに大事なのは、リーラとティアだ。
だが、二人のために第三世代型ロボットのボディを手に入れるという、唯一の希望が絶たれてしまった。ツテを頼りたかったヒドルは、既に故人となってしまったのだ。
そして、世界中の第三世代型ロボットの
「タルス兄さんは、月面の……月の裏の事業に関して、財産相続に不満を漏らしていました。それで、僕の家に一度来たんです」
「ええ、存じてます……その時、ちょっとした騒動があったようですが?」
「あ、ええ……タルス兄さんに手をあげられ、その時――」
「その時、そちらのティアさんが守ってくれたと。……彼女が、物理的にタルス氏へ反撃した訳ですね?」
「いや、それは違うんです! ティアは僕を守ってやむなく……え? な、何故、それを」
オクターは
「タルス氏は亡くなられました。もう三日も前に病院で。その死の間際に、我々が得た情報がここに
「と、言いますと……え? ま、まさか」
ヴィルは驚きに目を見張った。
だが、真っ直ぐ見詰めてくるオクターの瞳は強く輝いている。
「タルス氏は出血多量で亡くなりました。両手両足を力づくでむしり取られたんです。生きたままね。そして……今回のヒドル氏もそうですが、我々は一つの結論に
「ま、待って下さい! それは違います!」
「犯人はロボットで間違いありません。なにせ、人間技じゃない。そして……死の間際に、タルス氏が先日ここであったことを教えてくれました。ティアさん、でしたね?」
オクターはソファから立ち上がった。
そして、オクターは
「つい先程の第三世代型ロボットの再度の反乱。そして、それと前後するようにヴィル氏の二人の兄を惨殺。……全て、
「わ、わたしはなにも」
「昼間、ヴィル氏が仕事で出ている時、常にお前は一人、いや……一体だった。アリバイはない。そのボンド・ケーブルは本当に庭のデカブツに
「も、
「だが、お前等は再び人類を裏切った! そうだな! 今日のあの緊急ニュース!」
ティアにそんなことができる訳がない。
だが、実際にティアはタルスをあの日、彼女らしからぬ
あの時のティアは確かに、ぞっとするような恐ろしさがあった。
それでも、彼女が一番そのことを気にしてたし、ヴィルのためにと手を汚したのだ。そのせいで今、殺人容疑で疑われている……それはヴィルには耐え難い苦しみだ。
そして、
「……脱げ。ケーブルの接続を確認する」
「待って下さい! 僕の話を聞いて下さい、オクターさんっ!」
「飼い主は黙っててもらいましょうか? このポンコツには、殺人容疑ともう一つ……無断でケーブルを外して行動した疑いがある。それを確かめてみようじゃないですか」
ヴィルはラケルの太い腕に阻まれながらも、
そんな彼に、ティアは弱々しく
「ヴィル様、大丈夫です。刑事さんにはわかってもらえると思いますから。わたし、そんな恐ろしいことしてないですし」
「でも、ティア! 君は……駄目だ、こんな
「その地球憲章は、第三世代型には多くが適用されないんです。でも、平気です……わたしはヴィル様が信じてくれてますから、平気です」
ティアは、エプロンを脱ぎ、スカートに手をかけた。そして、シャツも脱いで床に捨てる。そこには、少女が大人を脱し始めた一瞬を、永遠に閉じ込めたかのような
そして、ティアのヒップラインのすぐ上には、背骨から脊髄へと直結するかのようなケーブルが繋がっていた。
だが、オクターは厳しい視線で小さく叫ぶ。
「下着もだ! 全部、脱げ……お前等ロボットは、なにをどこに隠しているかわからんからな」
「ッ! ティア、もういい! いいんだ、服を着て!」
「ラケル、飼い主を黙らせろ」
不意に「失礼」という言葉が響いて、ヴィルはソファに押し付けられた。
そして、見る。
ティアは恥じらいに
生まれたままの姿のティアが、そこにはいた。
人間そのものを完全に再現した第三世代型のボディは、背後にケーブルが突き刺さっていることを除けば、人間と全く変わらない。
ヴィルも初めて見る、ティアの芸術的な裸体。
だが、その感動を感じる余裕もなく、ひたすらに耐える彼女の横顔を見るのが辛かった。
「さあ、そこの壁に手を付け。ボディチェックだ……しかし、ええ? 肉付きのいい
オクターに言われるまま、ティアは背を向け壁に手を付けた。
そして、中年男の大きな手が彼女の
オクターは何度もケーブルの基部周辺を
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