Highway61 revisited

 飾磨しかまは、実際は驚くほど高いが、何故か子供との食事代だとちっとも高く感じない。もし、もうあと一時間子どもたちと一緒にいられるなら、倍、料金を払っても良いぐらい。

 飾磨はお代わりはセルフサービスだったはずなのに、サービス料込の料金を支払うと一人、宝ヶ池通に放り出された。近くには国際会館という大きな会議場があり京都の駅伝のコースの折り返し地点になっている。この通りは両側ワイドな二車線で土日とも丁度京都の北の端で京都を周遊出来ることになる為びゅんびゅん車が走っている。

 子供と別れたショックでこのまま、道路に身を投げだしてしまいそうになる。

 それぐらいの喪失感が毎回ある。

 こんなことなら、夏乃なつのに泣いてすがっても離婚しなければよかった。

 と毎回思う。

 事実はバツイチのヒラ所轄刑事。

 夏乃は弁護士を通してしか会話もしない。

 よっぽど、腹に据えかねているのか、なにか別の感情が呼び覚まされるのが怖いのか。

 女だけは、未だに何を考えているのか、ちっともわからない。

 花園橋のほうまでいけば、宿舎までの直通のバスがあるのだが、飾磨は亡霊のようにフラフラ宝ヶ池公園へと歩き、喪失感たっぷりの心を時間の経過のみで慰めていた。

 ここは、丁度、"妙法"の北山の北側に当たる。

 山をちょっと登って越えるか、トンネルがあるのだが、北山を越えれば、殺された緒方美月おがたみづきの死体遺棄現場だ。

 死体遺棄現場のこんな近くで子供と会っているとは思わなかった。駐在所なみの住民との完全密着型で暮らしている現場の所轄警察署勤務だから仕方がないか、、。

 傷心の散歩がてら国際会館から、南へと、"妙法"の山を越えてみる。

 昇るのは面倒。トンネルの歩道をチョイス。

 車のロードノイズと排気音がこだまし、轟音が反響するトンネルを越えるとそこは雪国ではなく、目の前にアダ女の建物の十字架が見えた。

 そして眼下には、緒方美月が遺棄されていた北山池運動公園が広がる。もう規制線は張られておらず、この土曜日で少年野球の試合が行われた後だったらしい。

 緒方美月の死体があった近くでとあるチームが円陣を組み今日の試合の反省を行っている。捜査班も反省すべき。

 子どもたちの父兄がその一回り外に円陣を組んでいる。

 "そこについ前まで死体があったんですよ"ともう少しで言いそうになるが、そんなことすれば、救急車で精神科へ直行かもしれない。


 よく刑事は現場百回とか、いうが、あれは完全な嘘だ。

 もしくは、捜査体制が現在のようになる前の古文書か、神話だ。刑事が百回も現場に行くことなど決してない。高度経済成長期のど根性型刑事ドラマかリアルのかけらもない推理小説の中だけだ。

 捜査の指揮をとっている高崎管理官をみてみろ、現場を訪れたのは一回きり。

 その後は、部下を手足のようにして現場を走り回らせヒラ刑事たちの報告を受けるだけだ。

 ただ、"のべ"としては、刑事が百回いや、百回ではきかないだろう、千回近く現場を訪れることになる。聞き込みで十回、少し地域をずらして数回、時間をずらして数回。曜日をずらして数回、防犯カメラのあるお宅に数度、地域の地区会長の数回。差別もしくは、偏見、"狙い撃ち捜査"と呼ばれても仕方がないが、前科者を出した家を数十回。

 精神疾患の患者を抱える家も数十回。

 補導歴のある子を抱えた家も念入りに数十回。

 人身事故をおこした人間も含まれる。

 そして空き家は徹底的に苦情が出ないのでほぼ永遠にしらべあげる。

「またですか、もう何度も警察に答えましたよ」と半分怒られながら何回言われ続けることか。

 機動隊も含めて、遺留物も空き缶まで幾度となく、ローラーをかけるように、拾い上げていく。

 結果、現場百回になるのだ。

 高崎管理官もそのつもりだろう。それに刑事をやっていても殺人事件にあたるのなんて、長い警察官人生で数回あるかないかだ。

 警察官は県の京都の場合"府"だが、公務員でもある。ずーっと捜査一課に居続けるなんて極稀ごくまれだ。

 よっぽど優秀か、よっぽど潰しが効かない、馬鹿だ。

 移動を断れるのも移動を願い出られるのも一回きり。これは、自衛官消防官も含めた危険な仕事に当たる公務員だけのルール。移動を二回断り、一つの職種になぜか居続けるバカも居るが、それは、そいつの生き方だから、周りはなんにもいわない。居続けられるが、出世と昇進は、そこでジ・エンド。

 飾磨は冬の西日の中、北山池運動公園を歩く。

 それにしても、北山池運動公園は少し変わった公園だ。ちゃんとした球技場と少年野球ぐらいにしか使えない野球場を持ち、テニスの壁当てまで備えている。

 そして、駐車場もまぁせまい日本の運動公園にしてはたっぷりだろう。

 北は、法の字を備えた北山。南は、北山通を挟んでアダ女大とその付属の小学校。 

 小学校は、小学校の教員育成過程のための実験用教育施設だろう。

 東には公園ができる前の古い住宅地が並び西にも北山を貫通しているトンネルから抜けた片側一車線の道路を経て新興の住宅地が、、、、広がっている。

 京都で生まれ育ち、大学生活だけ三流の大阪の大学に行った飾磨にとって、京都は、無限に周囲に向かって住宅地を広げていっているような気がする。


 飾磨は北山池運動公園を横断すると、トンネルから抜けた道路も横断、西の新興の住宅地へと足をすすめる。この辺の聞き込みに飾磨と清家せいけがあたったことはない。

 家も新鮮なら、雰囲気も変に新鮮。車庫にも滋賀ナンバーや他府県ナンバーが並ぶ。

 ここらへんは、完全に新興の住宅地だ。

 新しい、住宅ほどしっかり防犯カメラを付けているものだ。昔は、防犯カメラで不審者を探すなど警察ですら思いもしなかったものだ。

 高崎たかさき管理官は、公園の西側には、防犯カメラがほぼ皆無だと捜査会議で言っていたが、

 飾磨は何の苦もなく、西の新興の住宅地の一軒の家で防犯カメラを見つけた。


 なんだ、これは、!?。

 

 今はもう夕方、土曜日で日が暮れようとしている、今日は非番で警察手帳はもちろん持っていない。

 しかし、刑事のさがとかいうつもりはないが、飾磨は気がついたら、その防犯カメラのある家の門扉もんぴの呼び鈴を押していた。

 表札には"長峰ながみね"と出ている。

 早くもなく遅くもなく美しい銀髪ぎんぱつの初老の女性が玄関に現れた。どうやら長峰夫人らしい。見たいテレビ番組もなく暇を持て余していた雰囲気。飾磨に対し、興味津々の様子。一般市民の警察組織に対する過度な興味は法執行機関としては法を執行、適用する上での施行の行き過ぎ、府の予算の不適切な使用への監視等々、大変危険だ。これらは、犯罪と同じように確実にあると思ってっもらったほうが精神衛生上いい、ただし、市民の知らないところで行われているので、気にしない方がいい。

「あのーちょっとすいません、京都府警のものですが」

 ここで、写真つきの警察手帳を見せるのがマニュアルだが早口で喋りマニュアルは一項目丸々割愛。これも、捜査テクニック。

「あの運動公園であった事件を捜査しているものなのですが、ちょっと確認をしたいのですが、すいません。こちらの長峰さんのお宅の防犯カメラの内容のほうをうちのものが確かめたでしょうか?、すいません、ちょっと署内で確認ミスが二三ありまして、、お手数ですがまた回らしてもらっている、、といった、、」

「当たり前じゃないですか、、大きな刑事さんがHDDごと持っていきましたよ」

 長峰婦人なる女性は答えた。


 Hit and run.

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