Kids aren't all right

 殺人事件捜査中でも、飾磨は休暇を堂々と取る派。警察組織へのロイヤルティなし。出世欲なし。一戸建ての家やマンションのローンもなし。在宅は高度経済成長時代のボロボロの公務員宿舎。

 あるのは、まとまった支出、子供二人の養育費の支払いだけ。

 イコール、子供との面会日だけは、公務も上司も警察もない。懲戒免職にしたければしろ。上司の荒尾や刑事部の汚い捜査費用r流用はしっかり押さえてある。いや訂正、そのつもりだけ。

 飾磨が吹けば飛ぶようなヒラ刑事であることは紛うことなき事実。

 

 今日は、月一の子供二人との面会日。これだけは、槍が降ろうが銃撃されようがなにがなんでも外せない。

 上の子は、小学6年生の女の子、亜紀あき12歳。下の子は小学校3年生の男の子、駿馬しゅんま。月一回にこの時期の子供に会うと、成長の速さに本当に驚かされる。たった一ヶ月なのに、まるで違う子供かと思う時すらある。

 それと、身長の伸び。

 本当は自分が気づいていないだけなだろうが。

 それに亜紀は、最近ますます前在った子供っぽさがなくなり、どんどん元妻の夏乃に似てきた。

 雰囲気、言葉使い、仕草までも。

 仕草が似るのが、全く意味不明。

 ちょっと嫌な感じ。

 いや、かなり嫌な感じ。


 面会は、朝10時に宝ヶ池北東公園。"妙法"の北山を越えた北側の麓にちょっとした大きな溜池があり宝ヶ池と呼ぶ、そこに併設されるように公園があり、戦後間もなくなどには、本当か嘘か知らないが競輪場が合ったという話だ。そこを子供や周辺住民用に運動ができる大きな公園にしたらしい。

 この北山の反対側で殺人事件があり、その捜査に自分が参加しているとは、飾磨は口が裂けても言えない。

 しかし、娘の亜紀は気づいていた。本日の親子での会話、開口一番がこれだった。

「山のあっち側でアダ女の人が死んでたんやろ?」

 返答に困る飾磨。もう小学6年生なのだ、子供扱いしないほうがいい。

 元妻の夏乃なつのは公園の道路まで、ステップワゴンで二人の子供を送り迎え。運転席から、ものすごい大きさと色のサングラスでこっちを睨んでいる。いや、睨んでいるかどうかはわからない。

 いや、多分睨んでいる。

 会話もなし、毎回、夏乃は車から降りようとすらしない。

 これが、家庭を顧みなかった刑事への元妻の離婚後の仕打ち毎月一回確実にフックが肝臓レバーに届く。

「新聞読んだん?」

「LINEで回ってきた、北山に行くって言うたら、友達から殺されへんようにって」 

「これでも、お父さんは警察官だぞ」

「でも、実際、警察ぎょうさんおっても殺されてるやん」

 飾磨に返す言葉がないのは二回目。

「なーなーお父さん、僕な、セカンドでレギュラーになれるかもしらんね」

 飾磨を駿が助けてくれた。確か、前あったときには軟式野球を始めたとか言っていた。

「おお、すごいな」どれくらいすごいのか皆目見当がつかない。がいちおうそう答えておく。 

 駿馬は、バットとグローブ、軟式のボールに庭球、サッカー・ボールにミットまで持ってきている。

 キャッチ・ボールするのが、前回からの約束だったのだ。

「それより、けっこう寒いんやけど」と亜紀。

「なーなーショーバウンの取り方教えて、お父さん、僕うまく出来へんね」と駿馬。

「おう」

 飾磨もグロ―ブを二つ持ってきている。この前、間に合わせで、親子三人でホームセンターで購入したのだ。

「先ず、キャッチ・ボールしようか」

「うんうん」駿馬は、なんて素直なのだ。母親の夏乃とはこういうことは出来ないのだろう。ものすごいやる気だ。丁度父親とのキャッチ・ボールがしたい年頃なのだろう。

「これ、亜紀の」

 飾磨が、グロ―ブを亜紀に渡すと、亜紀は腕組みのまま手を出さない。汚物を見るようにグローブを見つめている。

「グローブしたら、一日中その後ずーっと手臭くなるやん」確かになる。

「まぁな、でも、そういうもんやろ野球って」

「見てるし」と亜紀。

「それじゃ、参加してることにならへんやろ」

「見てたら大体わかるし」どこかの管理官なみだ。

「それより、めっさ寒いんねんけど、この寒さの中、公園にうちらしかおらんし、」

 さすがにこの寒空の中、立ったままで風をひかせるのは月一とはいえ実の保護者としてはマズい。

「これで、温かい、ココアかなんか買ってきなさい」

 飾磨はすぐに小銭を渡した。

「太るし、やめとく」

 太る!?。そんな単語を聞くとは思わなかった。まだ、大きくなるためにカロリーを摂取しなければいけない時期ではないのか。

「見とくし、お母さんがお父さんがちゃんとしてるか、見とけって言うてたし」

 もう少しで毎回ちゃんとしてるじゃないかと、怒鳴るつけそうにになったが、ギリギリのところでとどまった。なぜ、父親が娘に見張られなければいけないのだ。こいつは夏乃の忠実な下僕しもべなのだ。

 父親というものはガキのようにそう簡単にキレたりしないものだ。

「そうか、寒かったらちょっと体を動かしておきなさい」

「大丈夫やし、ダウン着てきて正解やったわ」

 もう、亜紀は、親と一緒に行動する歳ではないのだろう。

 少し前の面会から思っていた。

 夏乃と付き合いだしてから、倦怠期を迎えてから仕出した値踏みをするような、心の奥底まで見通す警戒心たっぷりの亜紀の視線が刺さるようだ。

「お父さんいくで」

駿しゅん駿しゅん、最初は、近いところから」

体幹たいかん鍛えんのチームでやってて、大分球早なったし。肩強なってん」

「そうか」

 馬鹿みたいにプロテイン飲んでウェイトをやらされてた大学時代のアメフト部を少し思い出す。

 駿馬はいいところを父親に見せようと思っているのかけっこう本気だ。どれくらいの球速で駿に投げればいいのか飾磨は全くわからなかった。

 とにかく、親心で、取りやすいボールを、取りやすいボールを。駿馬の胸へ。

 駿馬のボールは四球に一回ぐらい暴投だ。

 しかし、セカンドならファーストまでは十分に届くだろう。

 飾磨は、自分が父親とキャッチ・ールをした時のことを思い出していた。父はどんな思いで飾磨とキャッチ・ボールをしていたのだろう。

 今の自分と同じように飾磨の胸へと投げていたのだろうか、、。

 飾磨は駿馬が投げた暴投を取りに行くのさえ、

駿しゅん、またか」とか言いながらも。愛おしい。

 子供は、自分が失ったすべてを持っている。もちろん、若さ。希望。熱意。成長。無垢。挫折もそんなに感じていないだろう。世の中の善を信じている。この世の中の素晴らしさのすべてを。子供だと言うだけですべてが可能かもしれない気さえする。そうなのだ、自分が生きていく段階で捨てたり、捨てさせられたり付け加えさせられたりしたしたものなにも持っていない。かけがいのないものだといえる。

 まさに、希望のかたまりなのだ。

 飾磨は、後ろを向いて駿馬の暴投を取りに行くときに、思わず落涙し、涙を拭くために走ってボールを取りに行くところを立ち止まってしゃがんでしまった。

「お父さん、どうしたん?」

 子供は、こういうことに気づくのも早い。

「目にゴミ入ったわ」

 駿馬が、ものすごいダッシュで飾磨の横を駆け抜け自分が投げた暴投を走って取りに行く。一体どれだけピュアなのだ。

 亜紀が、針より細い目で飾磨を見ている。

 親として涙は絶対見せられない。これは、親としてのプライドと尊厳の問題だ。

 プリンシパルと言ってもいい。

「お父さん、はい、時々、スッポ抜けるねん」

 そう言って、駿がボールを手渡しで飾磨に渡す。

「体幹もええけど、握力もちゃんとせな、ボールどっか行ってしまうで」

 飾磨は涙は、決して見せず、ちょっと偉そうに答える。

「コーチしてはる倉見くらみ先生も言うてた」

「うん、これでも、お父さんのころなんかキャプテン翼はあったけど、Jリーグとかなかったし、みんなでめっちゃ野球やってたからな」

「えーJリーグなかったん、京都サンガは?」

「そんなん、ないよ」

「土曜めっさ暇やん」

「よしもと新喜劇見て、一時間半だけ中継するパ・リーグのデー・ゲーム見るねん」

 駿馬は目を白黒させている。

「一時間でプロ野球の試合なんか終わらんやん」

「せやし、その後、みんなでどっちが勝ったか、めっちゃ話しするねん」

 全部紛うことなき事実だ。

 駿馬は更に目を白黒させている。

 そこへ、両手をポケットに入れて亜紀がやってきた。

 寒さが、こんなに少女を怒らせるものだとは知らなかった。

「流石に、寒いし、宝ヶ池通にあるファミレス行こか」

 キャッチ・ボールに不参加で体が冷え切っている亜紀を思いやっての父親としての超適切な提案。

 亜紀は、流石に顔色が白く首を亀のようにすくめ唇の色が薄くなっている。

「えーっショーバウンわー」

 まるで人生の重大な出来事を省かれたかのような言い回しだ。

「また、今度やわ、駿。お姉ちゃん死にそうになってるやん」

 亜紀は、何も答えない。実際、口も効けないぐらい凍えている様子だ。

 飾磨草少年野球球団しかまくさしょうねんやきゅうきゅうだんは、マネージャーの凍えという思わぬ障害に挫折して宝ヶ池通を渡り、ファミレスへ。

 店内ではバットだけは、急いで体の後ろへ。強盗に来たのかと思われるので。

 席につくと、誰よりも早く、飾磨が

「丁度お昼やし、何頼んでもええぞ」と宣言。

「えードリンク・バーのと、スープバーついてるやつでもいいの」と駿。

「おう」

「イェーイ」と駿馬。

「しゅん、大きい声出すんやめて恥ずかしい」と亜紀。

「私、トイレ行ってくるし」

 と亜紀、この時はじめて亜紀がハンドバッグを持って来ている事に飾磨は、今ようやく気付いた。

 駿馬がニヤニヤしている。

「なんや」

「お父さん、ええこと教えてあげようか」

「おう」

「おねえな、この前お母さんと一緒にブラジャー買いに行ってて、今着けてるねんで」

 トイレから戻ってきた亜紀は、十分暖かいファミレスの中だからかダウンジェケットの前を開けていた。そしてしっかり胸が小さく隆起していた。

 飾磨は倒れそうだった。


Her Sweet lovely bra.

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