Tom's dinner

 駿馬しゅんまは普通にセットメニューを食べたが、亜紀あきはサラダにパフェとチーズケーキを食べただけ。

 さっき太るといった言葉と矛盾しているのか整合性があるのかわからないが、栄養素がきちんと整っているとは決して思えない。

 しかし、月に一回の面会。飾磨しかまとして怒れないところが辛い。

 飾磨は、昼間専用のバリュー・プライスの唐揚げ定食。ちなみにセットメニューで一番安い。

 駿馬は、色々コップを変えたりスープのコップまで変えるから、テーブルは三人にして、こぼれ落ちんばかりに容器が載っている。

「もう駿しゅん、恥ずかしいし、何回も行くんやめ、」

「ええやん」まだ、駿馬は試したい飲み物があるらしい。

 飾磨は、普段の生活とか、勉強について、切り出したかったが、モゴモゴしているうちに結局出来なかった。

「お父さんな、お母さんがな、いつも色々めっちゃうるさいねん、あとで言うといて」亜紀がストローの袋を伸ばしたりクシャクシャにしたりしながら言う。

「なんて言うねん」

「そんなん元夫婦で勝手にやってよ」

「亜紀の自主性を認めてくれって言うねんな」

「今日の迎えんときでちょくはあかんで」

 駿馬は、コップにストローで息を吹き込みごぼごぼごぼ。

何時いつ言うね」

「メールとかLINEでじわーっと言うといて、かわいい娘からのたった一つのお願い」

「メールなんかお母さんとせえへんぞ、お父さん」

「マジで使えへんし」視線をそらしファミレスの外を眺める亜紀の顔が妻の夏乃なつのにとても似ている。交際中、幾度と夏乃にこんな風に視線をそらされたことか。

「もう3時やで」と亜紀。

「えー僕のショーバウンわ」駿馬の大きな声がファミレス中に響く。

「ちょー駿しゅん、ハズいってさっきからなんべんも言うてるやろ」

 いつも、子供の面会は時が経つのが一瞬だ。夕方の4時には夏乃がステップワゴンで迎えに来る。

「勉強とかどうなんや」飾磨は時間にせっつかれてなんとかきりだせた。

「小学生やで、義務教育なんやし普通にするやろ」

「中学とか私学いくんか、お母さん、なんて言うてはるね?」

「うちは泣きの母子家庭やで、金、ないんちゃうん?」

「あほか、あるよ、亜紀が私学行くくらい」

「僕も野球強い学校行きたい、甲子園行くねん」と駿馬。

 飾磨と亜紀でまだ良くわかっていない駿馬を冷めた目でみる。

 自分が多額の養育費をきちっと払ってることをもう少しで言いそうになったが、言わない方がいい。

「貧乏人のみんなと泣きながら、公立やわ」馬券が外れた中年のオヤジみたいな針のように細い目をする亜紀。やめてくれ、泣きそうだ。

「行きたいんやったら、お父さん、お母さんにちゃんと言うで」

 飾磨も刑事の真剣な目で亜紀を探る。

「あっ、お母さん来た」と駿馬。

 ステップワゴンをものすごい急ハンドルで宝ヶ池通りからファミレスの駐車場に入れ込む夏乃。相変わらず運転は下手だ。下手というより、運転そのものが好きではないらしい。

「なーなーお父さん、ショーバウンの練習。次絶対やで、せやないと僕セカンドのレギュラーなられへんし、なーなー」

 駿馬が飾磨の袖を引っ張る。

「おうおう、分かってる」

 それより、飾磨は亜紀の進学のほうが気になる。

「なー亜紀、どっちなんや?」

「もう行くわ、いつも面会の日のあと、お母さん、めっちゃ機嫌悪いし、うるさいねん。お父さんがどうの、なにしたんとか、何話ししたとか、自分で訊いたらええのに子供を使うなちゅーの、この夫婦、結婚して離婚して時間と金の労力ロスばっかでほんまにあほやし」

 飾磨も一人の成人として激しく同意。

 亜紀が席から立ち上がった。本気で私学に行きたいわけではないらしい、学力の問題もあるのだろう。お金の話も塾への学費なんかもふくまれての懸念らしい。

 要は、娘に探りを入れられた父親。

 トンボのような超巨大なサングラスをかけた夏乃が店内に入ってきた。今時、パパラッチに追われているセレブでもこんなサングラスはしていない。

 パっと見は三流セレブ。実は二人の子供を抱えた元刑事の妻。ついでに車の運転は粗目。運転される京都府民は路上では車間距離大きめがお薦め。

「駿、いくで」と駿馬を促す亜紀。

「待って、白の庭球が、、」

 座席に靴を脱いでのっかりで落語家のようにごそごそする駿馬。

 飾磨、子供との別れにマジで泣きそう。もう一月耐えられそうにない。

 夏乃は、ファミレスの入り口のレジから一歩も入ってこようとしない。

 トンボのサングラスだけがこちらを監視中。

「あった」駿馬がボールを見つけたのが最後だった。

 駿馬と亜紀は夏乃とともに、ステップワゴンに乗って、北野白梅町のほうへ帰っていった。

 飾磨の元には、伝票とこれ以上汚く食べ残すことはないだろうという皿と、ドリンクのコップ、スープのマグカップが山のように残された。


Eat me at a live.

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