Callin' you.

 現場は五山の送り火の"妙""法"の字で有名な北山のふもとにある。

 国体を開催した折に府が整備した京都市内北部に位置する総合運動施設、北山池運動公園。

 覆面パトカーから降りると死ぬほど寒い。

 貧素だが各種競技場を完備。ついでに駐車場も完備。

 黄色い規制線が張られるドラマでもよくある光景。制服警官がコートとビニールを掛けた帽子で立哨。もうすでにマスコミが来ている。規制線の外ギリギリで刑事がどこの家に入ったか睨みつけ頭に記録している。

 規制線外ならそのまま刑事が聞き込みに入った、家にそのまま警察のあと入り、尋ねて回る。

「警察は何を尋ねて、あなたは何と答えましたか」

 大概の住民は、顔出しNG。近所にチクったと思われたくない。しかしTVのOAでは声でバレてる。

 しかし、ここでマスコミが得た情報は、基本オフレコ。主幹かデスク止まり。ただし、フリージャーナリストは別。報道の基本線は、警察の広報発表に沿ってもの以外NG。マスコミもサラリーマン、年金と退職金は最重要事項。リスクは絶対おかさない。

 現場は京都市営地下鉄、松ヶ崎が最寄り駅。北山池運動公園の周りは市のベッドタウンで典型的な住宅街。

 今朝警察官が駆け付けた交番の前の通りの次の東西に走る大きな北山通りには、附属の小学校を抱え、アダ女あだじょと呼ばれる。聖アダルベルト女子大学。

 現場は鴨川署管轄内、その署員である飾磨は当然知っている。到着して一番にその校舎の高層部に設置されている十字架を見上げる。もう午前8時過ぎだというのに十字架の電気を消し忘れている。

飾磨しかまさん、アダ女あだじょが担当とちゃいまっせ」

 清家が言った。

 飾磨と清家は地図で割り当てられた家を一軒一軒あたっていく。地域は北堀川署の刑事と折半。しかし、手柄は欲しい、お互いで領土領海領空侵犯の繰り返し。これ全警察組織の常套手段。

『昨晩、何かありませんでしたか?』

『昨晩、変わったことはありませんでしたか?』

『ここ最近、変わったことは、ありませんでしたか?』

『最近、不審な出来事や不審な人物をみかけませんでしたか車やバイクでも構いません』

 地域住民の口は固い。もうすでに、学生関係は、バトンタッチで学校へ出かけており、カタギのサラリーマンも仕事へ出かけている。事情徴集対象が半分。収穫も半分。高崎管理官の失敗リスクのオッズは倍に。

 応対に出るのは、ほぼ家事の合間の迷惑そうで忙しそうな主婦で寒さとともに口も固い。地域でおきた犯罪はこまるが、警察と関わりあいになるのはもっと困る。誰も近所と少し揉めたり、火種は保持。飾磨がどんなに丁寧に尋ねても、概ね。

『さぁ』

『別に』

が返ってくる。そして、訊かれた主婦たちは、表にあつまり、飾磨たちとのやりとりより長い時間主婦たち同士で話し合い、情報を共有並びに並列化。

 それから家に引っ込んでいく。ちょっとした捜査妨害。捜査への非協力。軽い公務執行妨害。

 これを、一日中繰り返す。

「飾磨さん、あきまへんな」焼きそばパンを食べながら、昼過ぎ清家せいけが言った。

 わかっていたことだ。逆に昨晩何か聞いていると、その時点で通報しているものがいるだろう。

 それに真冬の今、夜ともなると完全に締め切り、眠っている。それに最近の家は防音サッシ。だれも近くの公園で倒れていた女など気にしない。

 刑事の仕事は、逆にこういう"ツブす"仕事が主だと言ってもいい。当りにぶちあたることなど殆ど無い。

 "ツブす"ために、大量の刑事がトーキング・マシーンかアスキング・マシーンとして投入。そして人で面を地図上に優秀なやつは丁寧に無能なやつは雑に塗っていく。

 結局、現代捜査の切り札、物言わぬ、第二の警察官、防犯カメラに頼るしかなさそうだ。


 夕方から、夜にかけて、下鴨にある所轄の鴨川署に刑事が続々と帰えり、高崎管理官並びに大薗署長に続々と報告。ただ、大薗所署長は目をつぶり腕組みをしているだけ。

 高崎管理官は、地図と報告を必死に参照。情報と位置をすりあわせ。

 夕方に早々に切り上げた飾磨は、パイプ椅子に深々とだらけて座る。纏められた報告を待つ。

 鴨川署の捜査一課長、しかし、所詮、所轄の一課長。大卒。階級は警部補。飾磨の直属の上司。先輩。ノンキャリア。飾磨の出世のゴール。あんまり見たくない警察官人生の将来の姿。タバコと競馬と酒。合法快楽物質のかたまり。酒はウィスキーの水割り、基本吐くまで。繁華街を管轄にする六条署時代のホステスと出来たまま、鴨川署勤務へ突入。誰も尋ねない。荒尾も語らない。推測は容易。どうせみんな同じ給料。やりくりは困難を極めているはず。

 荒尾あらおが話しかけてきた。

「おまえらどうだった?」

 飾磨は、荒尾に手を降ってみせた。

「まだ、被害者ガイシャの身元すら割れとらんらしいぞ」

 高崎管理官は、所轄の刑事など使いっ走りだと言わんばかりに、府警本部の捜査一課の刑事とえらく長く話し込んでいる。よくある光景。一々怒っていては身が持たない。使いっ走りなら使いっ走りで充分。

「どうやったら、本部に呼ばれるんやろなぁ飾磨さん」

 清家が尋ねる。

「府警本部なんか行ったら、同じ給料で死ぬほど働かされるぞ」

「でも、祇園でモテモテちゅー話しですわ」

「清家、おまえそんな金ないやろ」

「僕は、家なしローンなしで未婚でっせ、たんまりありますがな」

 飾磨は、呆れ顔で清家を見ていると、高崎管理官が立ち上がった。

「傾注!」言ったのは、高崎管理官でなく、大薗署長だった。

「みんな、ご苦労だった、現時点でわかったことをごく簡単に報告したい。被害者の性別は女性。年齢は二十歳前後。着衣に乱れはないが、いわゆるオーバーやコートといった厚手の上着は着ていない。死因等の詳しい検死結果の報告はまだ入っていない。その他に暴行の跡、防御痕。性的な暴行の跡はない。あと、ガイシャは、カバン、携帯、財布といったものも一切持ち合わせていない。鑑識の結果は二三日かかる。尚、以前被害者ガイシャの身元は割れていない」

 最後の情報は、高崎管理官にとって屈辱の一発。

 

 ただ、これだけでも、だいぶ分かる。被害者ガイシャは、コートの要らない暖かい部屋か、財布と携帯のらないところからやってきて、北山池運動公園で死んだ。

 刑事なら誰でもわかる結末。

 それだけ。


That's all.

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