Wild side

 「もう一件あるぞ」

 本部捜査一課の中谷が言った。飾磨しかまは、しっぽ付きのマークXの運転席。

「えっ、」

「飾磨さんが、上げたんやろ、アダアダジョでのこの関係カンケーは」この中谷が府警本部の捜査一課でなければ、ぶん殴っているところだ。被害者の緒方美月おがたみづきと関係を持っていたと言われる表拓人おもてたくとのことだ。

おもての住所は?」

 飾磨が尋ねた。

「なんや、きちっと、詰めてへんのか、所轄は、楽やのう。本部やったら張りたおされてるぞ」  

 中谷の細い目。こいつ、来年の四月の転属で本部からどっかの小さい署に下がってみろ、追いかけてでもしばきあげてやる。

「免許証で、割れとる」

 もう一人の方の本部捜査一課が答えた。

「せやけど、この時間や職場にちょくでいくで飾磨さん」

「こっちがメインなのか」

「当たり前や、鑑識が調べたあとの、被害者ガイシャの部屋なんか何も出ーへん」

「三人いきなり行くんか、身柄ガラ、もうおさえるつもりか」

「いや、任意や、ちょくで職場に行ったらビビりよるやろう」

 強引な捜査手法だ。硬めの堅気かたぎの職場なら、最悪、おもてがその職場でクビになりかねない。

「心配せんでええ、職場は警察管轄下の水商売や、事情はわかってもらえるはずや、木屋町の53-18、中木屋町の交番に覆面は止めさせてもろうたらええし」

 高崎管理官のやつ、所轄だと言っていたが、完全に管轄をでてるじゃないか、二条署の管轄だ。「ランプ付けて、ぶっと飛ばしましょうか、本部の捜査員どの」 

 飾磨も、睨みつけて、喋る。

「やめといてくれるか、飾磨さん、本部のエリートはそんなんせえへんね」

 飾磨はいつもより粗目にアクセルを踏んだ。

 助手席の中谷はシートベルトをしていない。後部座席の刑事も同様。刑事を取り締まる警察官などいないからだ。

松ヶ崎から、下鴨本通り、そのまま河原町通りにはいり、三条で細い木屋町に全速力で入ってやった。そして中木屋町の交番の前で急ブレーキかけ急ターン。

 案の定。助手席の中谷は、フロントガラスでごつーんと頭をうち、後ろの本部捜査一課も前席のヘッドレストに顔面をぶつけていた。

「やってくれるやないか、えー。飾磨さん」

「シートベルトせえと警察はいつも言うてるど、なんなら続きは、木屋町の真ん中の大正小学校でやるか繁華街の交番の警察官さつかんやったら、喧嘩仲裁するの慣れてるやろう」

「今日は、飾磨先輩の顔立てて免除しときますわ、せやけど、管理官にはきっちり報告させてもらいます」と中谷。勝手にしろ。


 表の職場は、木屋町の東側、鴨川方向の雑居ビルにあった、スナック"懐中ふところ"。

「どっちが喋るんや」と飾磨

「本部の捜査一課に決まってますがな」

「好きにしろ」

 表拓人おもてたくとは雑居ビルの階段で瓶ビールのケースを運んでいた。

 又、中谷の手品のような一瞬だけ見せる警察手帳。

「表拓人、京都府警やけど、ちょっと話があるんやけど、ええかな」

 表拓人に怯えた様子はない。いい度胸をしている。普通刑事が来ただけで、真っ青になる人間が多い。

 質問されているのに、ビールケースを雑居ビルの仲間で運び、表拓人は手をはたいて出てきた。

 警察のマニュアル通り、表拓人を前後で挟むようにして三人で囲む。正面で質問するのは、中谷。飾磨は、真横。表は逃げるタイプじゃない。適当でいい。

 痩せ型、20代、金髪。もうそろそろ髪の毛の根本を染め直した方はいい。伸長はけっこうある。細目。いわゆるイケメン風。典型的な遊び人。働けるまで、バイト感覚でいくつもり。歳とったら、その時考えるという感じ。逃げたり暴れた時、制圧できるか、警察官はすぐ考えるように出来ているが、現職の刑事三人居たら、どうにかなるだろう。

 表拓人は雑居ビルの階段に座り込んだ。座った状態から立って逃げるまでには一段回かかる。だから、警官は逮捕のとき膝をつかす。

 逃げる意思なし。

「なんすか」と表。

「先日殺された、緒方美月おがたみづきさんのことやけど、どうゆう関係?」

 中谷を見上げる表の長い沈黙。

 嘘を考えている顔ではない。どこまで喋るか計算している感じか!?。

「緒方美月さんの方からも君の連絡先が出てるんやけど、」

 カマか、事実か、不明。今朝の報告にはなかった。本部の一課連中はそこまで掴んでるのか?。

「俺ら付き合ってましたけど、、、」

「ほう、。最後にあったの何時?できるだけ正確に」

「それって日にちってこと?」

「そう」

 また、普通の会話ではちょっと長い沈黙。嘘を製作中か。表は無表情なだけにわからない。刑事が嘘をすべて見抜けるというのは、ドラマや映画の中だけの完全な嘘だ。

「あんま覚えてないわ、俺らテキトーでよく合ってったり合わなかったりだから」

 誤魔化したか、、。中谷が怒鳴りつけるかと思ったが、意外と冷静に聞いてる。最初からあまりあてにしてない感じだ。

「付き合ってどれくらい?」

「去年の春、合コンで、だから一年ちょい手前ぐらい」

 返答が異様に早い。真実だろう。 

「刑事さんにも教えてよ、どうやったらアダアダジョと知り合えるん?」

 表の背後を押さえているもう一人の本部捜査一課の刑事が尋ねた。中谷の下手さに見兼ねたか。

「今、もう大学とか、関係ない出会い系のサークルいっぱいあるから、余裕すよ」

 飾磨が、雑居ビルの内の上を見ると、二階の踊り場から表拓人の上役らしいヒゲの男が階段か覗いてる。40代。表と同じく遊び人風。水商売系。同じく痩せ型。髪型は長髪。スナック"懐中ふところ"のマスターか?。

 飾磨は視線を表に戻す。表の耳にはピアス。

「じゃあ、最後に連絡とりあったのはいつ?」

「そういうのって、美月の携帯の会社に出るんじゃねえの」

「君の口から聞きたいんだよ」

 中谷は緒方美月の携帯が見つかってないことは意図的に伏せた。微妙にどこまで知っているのかの低能同士のグレート・ゲームが続く。アメフトでいうところのショート・ヤーデージのライン戦。

「SNSの会社に尋ねたら、警察ってそういうのやるんでしょ、おれ、過去は振り返らない男だから、すぐばんばか自分のは削除していくし」

 中谷がキレるかと、思ったが、我慢してる。中谷のさらに目が細くなった。そして質問が途絶えた。

「ちゃんと答えてくれないと。任意で署まで来てもらうことになるぞ」

『任意でしょ』ってもし表が答えてたら、目立つ顔じゃなく、ボディにアッパーかフックで一発と思ったら、

 表は答えた。普通の会話に置き換えても普通の間合い。

「美月、死んだの、今週の月か火でしょ、会ったのわ、先週のウィークデイだわ、河原町とか新京極、寺町ぶらぶらして食べ放題の安い焼肉食って色々あって、寝て、終わり、よくあるデート」

 中谷は、信じたのだろうか?。

「では、君自身は、2月1日の夜から、2月2日の早朝にかけて何をしてた?」

「月の夜と火の朝でしょ。水商売だから寝てますよ」

 Aクイックと言ってもいいぐらいの返答。表は返答を準備してたか?。

「表拓人、君は重要参考人だ、。いつ署まで来てもらうことになるか、わからんから、覚悟しとけ。署での尋問はこんなふうにいかんぞ」

 表の返事はなし。返事する義務も義理もなし。ただのジャブの応酬。本番の打ち合いは2Rから。


No duty and any obligation. 

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