Generation swine

 2月5日、朝、鴨川署。捜査会議。会議といっても、高崎たかさき管理官が一方的に報告するだけで、ひら刑事の発言はほとんど許されない。捜査に従事している刑事全員集合。

 ほぼこの事件に関する初期情報が全部揃う。ここで、捜査の初動の方針が決定する。

 この三日間の周辺への聞き込み。鑑識の報告結果。法医学研究所の検死の結果。防犯カメラの内容の概要。

 真冬に厚手の上着を着ていない女性の身元はすぐ割れた。

 事件発生の二日後、滋賀市内南部に在住の51歳の女性緒方成美おがたなるみから、連絡の取れない京都在住の大学生の娘への捜索願いが滋賀県警から京都府警に出され、そのまま、その母親が来京。そして公園で発見された女性の遺体の身元が確認され、そのまま確認。

 名前は、緒方美月おがたみづき、本籍地は大津市、年齢21歳、学生、聖アダルベルト女子大学に在学中3年生。

 警察は、遺体の確認後、動転して署内の近くのベンチに座り込んでしまった母親緒方成美おがたなるみに対し、その場で女性警官が付き添うものの畳み掛けるように事情徴収。

 こういった場合、こういった精神状態のほうが、たくさんどちらでもいい情報も含めて、かなり有利な情報が引き出さられるのだ。しかし、口が極端に固くなる遺族も居る。緒方成美は後者だった。高崎管理官さらに窮地に一歩、アウチッ!。


 高崎管理官は、その朝、恐ろしく分厚い束になったA4の報告書を配布したのちに、立ち上がり、一言一句律儀に読み上げ始めた。

 鴨川署の捜査一課荒尾あらおは、わざと、飾磨しかま清家せいけの後ろに座っている。小さい声で茶々を入れるのを部下のの飾磨と清家に聞かせたいらしい。

「わりと、証拠ブツが少ないやないか、おまえらちょっとサボっとったんとちゃうか」

 そう言って、飾磨のパイプ椅子の背の部分を蹴る。

 飾磨は、パイプ椅子に深く腰掛け、右頬をしかめて見せて、振り返るだけ。一度に軽蔑と今朝の挨拶併用。

 清家は、荒尾の威圧に真剣にビビっている様子。大きな体を小さくする。

 高崎の声は、普通に文章を淡々たんたんと読み上げていく。

被害者ガイシャ緒方美月20歳学生は、2月2日午前6時40分頃、北山池運動公園に於いて右頭部から出血している状態で倒れているところを、発見される。発見時すでに心肺停止。その後搬送先の緊急病院の医師により死亡を確認、、」

 殺害された、緒方美月の写真が報告書にクリップで留めてある。おそらく大学の学生証の写真のコピー。大学で手に入れたのだろう。無表情で何も読み取れない表情。どこにでも居るタイプ。特別美人でも不細工ブサイクもない。地下鉄で隣に座っているタイプ。もしくは、市バスのバス停でベンチに座ることを避けて立って待っているタイプ。  

「なんでアダ女アダジョって言わんのや、アダアダジョの女ってどんな感じや」と荒尾

 この茶々は、高崎にも聞こえたのか、高崎が露骨に咳払いを入れ、隣の鴨川署の大園おおぞの署長を睨みつける。

「おおこわ」

「死因は、右側頭部の頭蓋骨骨折ならびに、脳挫傷と思われる、胃の残留物その他、体温の低下からみて、死後数時間と見られ、死亡推定時刻は2月2日、午前1時から4時頃と検視官から報告が入っている、尚、被害者ガイシャは右肩の鎖骨が骨折、そして暴行の跡はない。性的暴行もだ。防御創もない、、致命傷になった右側頭部の傷だが、比較的面積の大きな鈍器で殴られたか、壁に頭を直接打ち付けられたと推測する」

「仲良しさんに、いきなりやられたんやな、」と荒尾。

「後ろから、夜道で"どかん"かもしれませんで」と小さい声で清家。

「あほやな、女の勘は鋭いねんぞ、そんなもんくらうか」

「そこーっ静かに」

 さすがに、高崎管理官が怒鳴った。

「現場には、それほど、出血した血液が残留していない。また、真冬の夜間の被害者ガイシャの不自然な薄着の服装からいって死後、当該運動公園に運ばれてきたのではないかと思われる」

 高崎管理感は続ける。

「しかし、なんで、公園なんや、どうせ死体運ぶんやったら、山奥とかにしたら、、」と荒尾。

 今度は、飾磨がわざわざ振り向いて、

「荒尾さん」と注意。普通の大人としてのマナー。

「一方、鑑識からの報告だが、現場は、不当的多数の人間が現れる、公園で毎週末定期的に試合や、練習が行われ、また舗装されたタイルの上に被害者ガイシャは倒れており。足跡、その他、特定の遺留物の確認できなかった決定的な物証を得ることは不可能だったそうだ」

「鑑識、サボっとるな」と荒尾。

「又、被害者ガイシャの所持品、財布、携帯、カバン等は見つかっていない。現在交通課、その他の課や機動隊も投入して、捜索半径を徐々に広げつつ、被害者、犯人の遺留物もふくめ周辺を鋭意捜索中」

「もうなんも出んやろ」と荒尾。荒尾が茶々を入れるたびにタバコ臭と昨晩の晩酌の匂いが背後より飾磨を襲う。

「防犯カメラのほうは多岐多数あるため、いまだ鋭意捜査員によって確認中」

 荒尾が何か言わないかと、飾磨が振り返ったところで、高崎管理官が話を締めた。

「概要は以上。詳しくは、配布されたペーパーに全て書いてある。証拠からみて、怨恨えんこんの線で捜査をすすめたい。被害者の周辺を徹底に捜査するつもりだ。。そう、心得てくれ」


Yes sir。

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