第1章 エリーシアの素性

1.後宮への突撃

「ちょっと! いい加減、手を放しなさいったら!」

「煩い!! お前が大人しく付いて来る気が無いからだろうが!」

「大体、何であんな事位で、無関係のあんたに文句を言われないといけないのよっ!!」

「無関係、だぁ? 良く言ったな、このものぐさ女!! こうなったら是が非でも、公平な第三者の意見を聞こうじゃないか!!」

「望むところよ!」

 声高に言い争いながら廊下を足音荒く歩き抜ける二十歳前後の男女に、それを目にした者達は好奇、もしくは軽蔑の眼差しを送った。


「騒々しいな、あれは何事だ?」

「さあ……、王宮専属魔術師団でも、最年少の二人だよな?」

「元気が良い事で」

「長年王宮の外で暮らされていた、シェリル姫の七光りで就任した久々の女性王宮専属魔術師と、この前の陰謀に荷担した、トレリア国の元王子様か。異色過ぎる組み合わせだな」

「就任以来、魔術師長、副魔術師長の頭痛の種になっていると聞き及んでいるが、今度は何をしでかしたんだ?」


 王宮専属魔術師の証である、足首まで隠れる紫色のローブを身に纏っている二人は、普段活動している魔術師棟から執務棟を抜け、後宮がある一角へと足を進めた。

 この間、エリーシアの同僚であるサイラスが、彼女の手首を掴んで無理やり同行させる形になっており、それが周囲から余計に憶測を呼ぶ事態になっていたのだが、一々魔法を発動させるのが面倒だったのと、これ以上同僚を怒らせるのは得策ではないと判断したエリーシアが、仏頂面で後に続く。そしてほどなく後宮へと繋がる、近衛兵の詰め所に到着し、そこの警備担当者にそのままの勢いで迫る。


「申し訳ない! 私は王宮専属魔術師団所属の、サイラス・ランドールだ。至急シェリル姫に、お目通り願いたい!」

「エリーシア・グラードです。先に通って、シェリルの自室に行きますので」

 王宮内の男ばかりの魔術師寮に入る訳にもいかず、特例として後宮に部屋を得ているエリーシアは、当然の表情で義妹の部屋へ向かう事を告げた。そんな二人の申し出に、担当者が困惑しながら応じる。


「は、はあ……、エリーシアさん、どうぞお通り下さい」

「エリーシア殿は構いませんが、サイラス殿には少々お待ち頂きたく……、ひいっ!!」

「……なるべく早く、許可願いたい」

 途端に殺気の籠もった目で睨み付けられた近衛兵は、それなりに実力があるにも係わらず、サイラスの醸し出す気配に恐れおののいた。それを後宮との境のドアを通り抜けながら振り返りざま眺めたエリーシアは、控え目に忠告する。


「あ~、そいつブチ切れ寸前ですから、下手に待たせたら実力行使で押し入ると思うので、早めに通した方が良いです」

 その忠告を聞いた近衛兵達は、泡を食って動き出した。


「畏まりました! 少々、お待ちください!!」

「今! 上司に許可を取りますのでっ!!」

「お願いします」

 取り次ぎの近衛兵達には一応殊勝に頭を下げたサイラスだったが、奥に進むエリーシアに対しては(首を洗って待ってろよ?)的な鋭い視線を送ってくる。それに気付いたエリーシアは、小さく舌打ちして文句を口にした。


「…全く、男のくせに細かい事を気にするのよね。しかも元王子様だって言うのに、所帯じみてるんだから」

 そんな悪態を吐きながら彼女は義妹の私室に向かったが、目的地に到着すると同時に、不機嫌そうな表情を綺麗に消し去った。


「シェリル、今暇かしら?」

「エリー、どうかしたの? 今日は一日、魔術師棟の方でお仕事の筈じゃなかった?」

 日当たりが良い居間で、のんびり本を読んでいたらしいシェリルに声をかけると、予想外の義姉の登場に少し驚いた声が返ってきた。それに苦笑いしながら、事情を説明し始める。


「そうだったんだけど……、サイラスの奴が、いきなり喚き立ててね。著しい意見の相違が生じたから、公平な第三者の女性の意見を仰ぐべきだとか、世迷言を言いだしたものだから」

「なあに、それ?」

 益々訳が分からないと言った表情になったシェリルに、エリーシアは小さく肩を竦めてから頼み事を口にした。


「取り敢えず、カレンさんにこれから時間を取って貰えないか、聞いてみてくれない? 女官長位権威のある人の意見なら、あいつも納得すると思うの」

「どういう事? それにここに呼ばなくても、エリー達が直接カレンさんの所に行けば良いんじゃないの?」

 その疑問に、エリーシアは正論で答える。


「だって、直接カレンさんのお仕事場に押しかけたら流石に迷惑だし、普段は後宮でももっと秘密保持に厳しい所に居るはずだから、普通に考えたらサイラスを連れて入れないじゃない? 今は真面目に働いているけど、元は敵対国の王子様なんだし」

「それもそうね」

「だから取り敢えず、シェリルの部屋への入場許可を貰う事にしたのよ。私と一緒だったら通りやすい筈だし、ここだったら例えば王妃様の部屋に出向くより、警備も手続きも緩やかでしょう?」

 そう言われて、シェリルは納得して頷いた。


「なるほど、分かったわ。じゃあリリス、カレンさんの都合を聞いて来て貰えるかしら?」

「分かりました。少々お待ち下さい」

「悪いわね、リリス」

 早速自分付きの侍女に頼んでくれた義妹に感謝しながら、エリーシアは余計な仕事をさせる羽目になった、自分より年若い侍女に申し訳無さそうに頭を下げた。しかし顔見知りである彼女は(気にしないで下さい)と言うような笑顔で、早速女官長の都合を尋ねるべく、通信用の魔導鏡が設置してある隣室に向かった。


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