7.不運な公爵家

「私から見ても当時のアルメラ殿は、才気溢れた稀に見る美貌の持ち主でした。先代の公爵が彼女を王妃に据えるべく、幼少の頃から英才教育を施していたと聞いています」

「確かに姉は父の自慢の娘で、我が家の期待を一身に背負っていました。ですがそれ故に、あんな暴挙を引き起こしたとも言えます」

(どういう事?)

 ミレーヌの話に頷きながらも、苦々しげにアルテスが口にした意味が分からず、エリーシアは密かに首を捻った。そんな戸惑いを感じたらしいミレーヌが、彼女に顔を向けて説明を加える。


「エリーシア。このエルマース国の代々の王妃は、全員公爵位を持つ家から擁立されているのです。側妃に関してはその点緩やかで、平民の方が入っていた事すらありますが」

「はあ、そうなんですか。すると歴代の王妃様は、五公爵家のいずれかから出ていらっしゃるんですね?」

「いいえ。四公爵家からです」

「え?」 

 それを聞いたエリーシアが(あら? この国に公爵家って、五つ無かったかしら?)と困惑していると、ミレーヌが冷静にその理由を告げる。


「もっと正確に言えば、ファルス公爵家以外の四公爵家から、歴代の王妃が出ています」

 静かにミレーヌがそう告げた途端、室内に気まずい空気が漂った。壁際に控えている侍女達も困ったように顔を見合わせている中、エリーシアは至近距離に座っているアルテスとできるだけ目を合わせないようにしながら、控え目に確認を入れる。


「ええと、その……、本当にファルス公爵家からは、一人も出ていないんですか?」

「ええ。色々巡り合わせが悪かったらしく、王太子の正妃になったらその王太子が位を継ぐ前に急死してしまったとか、正妃として戴冠直前に病で亡くなったとか、様々な話が伝わっています」

「不運だったと、一言で片づけるのも失礼かもしれませんが……」

 何とも言えない表情でエリーシアが顔を向けると、アルテスは気を悪くした素振りは見せず、小さく肩を竦めて自嘲気味に笑った。


「いや、不運だったのは本当の事だから、気にしなくて良い。ここまで重なると『ファルス公爵家の人間を王家に嫁がせると禍になる』と難癖を付けて、当時姉の後宮入りを阻もうとした輩も、存在していた位だしな」

「何ですかそれは! どこのどいつです! そんな馬鹿な事をほざいたのは!」

 その理不尽さに思わず声を荒げたエリーシアだったが、ミレーヌは視線だけで彼女を宥め、脱線しかけた話を戻した。


「そんな事もあって、アルメラ殿は後宮に入った当初から、周囲の人間に対して対抗心が剥き出しな所があったのです。『次代の国王を産むのは私よ』と公言していた位ですし。先に王妃として後宮に入っていた私には、一応礼節は保っていましたが、私に子供が居ない事もあって、絶対に王子を産んで私と成り代わってやると思っていたのでしょう。『王妃を出せない公爵家』の二つ名を返上する為に。だからシェリルを産んだ時、つい魔が差してしまったのだと、私は考えています」

「そんな事情があったんですか……」

 しみじみとミレーヌが語った内容に、それが初耳だったエリーシアは幾分同情する声音で呟いた。しかし幾分硬い口調で、アルテスが口を挟む。


「しかし我が家にそんな事情があったとは言え、姉がしでかした行為は許される事では無く、私も許すつもりはありません」

 それを聞いたエリーシアが(やっぱり生真面目な人だわ)と考えていると、ミレーヌが沈痛な面持ちで告げた。


「勿論、それはそれとしてですが……。私にもその事についての、責任の一端はあると思うのです。ちゃんと私が王子を産めていたら、アルメラ殿がそこまで躍起になる事も無く、シェリルが長年行方不明になる羽目にもならなかったのではないかと」

「それは誓って、王妃様の責ではございません!」

「ミレーヌ様が、そんな事を気にする必要はありません!」

 勢い良く二人が声を揃えてミレーヌの台詞を遮った為、彼女はちょっと驚いた表情になってから、優雅に微笑んで話を続けた。


「自分でも、そう思ってはいるのですが。それでこの際ファルス公爵家に、王妃を擁立する機会を与えようかと思ったのです。ですからファルス公爵、先程も申し上げましたが、エリーシアを養女にして頂けませんか?」

「は? あ、あの……、王妃様? 今の話が私との養子縁組話に、どう繋がるんですか?」

 いきなり話が飛んだようにしか思えなかったエリーシアは目を丸くしたが、僅かに驚いた顔付きで彼女の顔を眺めたアルテスは、次いで真顔になってミレーヌに向き直った。そして何かを確信した口調で、静かに問いかける。


「……そういう事なのですか?」

 怖い位真剣な表情での問いかけに、ミレーヌも重々しく頷いて見せる。

「ええ、そういう事なのです。一方は全く意識しておりませんし、もう一方は攻めあぐねているようですが。それに伴って必要な教育も、公爵家で滞りなくお願いしたいのです」

「ミレーヌ様? その、教育云々と言うのは……」

 何となく嫌な予感を覚えたエリーシアが思わず口を挟んでしまうと、ミレーヌはエリーシアに笑顔を向けた。


「ファルス公爵の奥方のフレイア殿は、なかなか教養豊かで穏やかな気性の方なの。先だって女官長から言われた事を含めて、色々指導して貰えれば丁度良でしょう?」

「はぁ……」

 やっぱりそうかとがっくり項垂れたエリーシアだったが、意味が通じなかったアルテスは怪訝な顔になった。


「何ですか? 女官長から言われた事とは」

「それは私の方から、フレイア殿に詳細について手紙でお知らせします。それでどうでしょう? このお話を受けて頂けますか?」

 そこでミレーヌは再度懇願したが、アルテスは難しい顔付きに戻って、慎重に言葉を返した。


「王妃様、申し訳ありませんが、私の一存ではお受け致しかねます。養子縁組するとなれば、妻は勿論、父の意向も確認する必要がございますので」

 やんわりと保留されたミレーヌだったが、気を悪くする事は無く、さも当然とばかりに頷く。


「それは尤もですね。私が急ぎすぎました。公爵家の皆様で検討の上、お返事を頂けますか?」

「はい。なるべく早急にご返答致します。王妃様、他にご用件は?」

「いえ、これで終わりました。戻って頂いて結構です」

「それでは御前、失礼致します」

 そう告げて椅子から立ち上がったアルテスは、ミレーヌに一礼してその場を立ち去った。その背中を見送ったミレーヌは、残されたエリーシアに安堵したように微笑む。


「良かった。公爵に引き受けて頂けそうね」

 殆ど確信している口ぶりに、エリーシアは納得しかねる顔付きになった。

「お分かりになるんですか? ご家族に反対されないんでしょうか?」

「大丈夫だと思います。エリーシアも、長々と引き留めてしまって申し訳なかったわね。焼き菓子を多目に用意してあるので、魔術師棟に持って帰って、皆さんでお茶の時にでも食べて下さい」

「はい、ありがたく頂いていきます。それでは失礼します」

 色々とんでもない話を聞かされた挙句、漸く解放されたエリーシアは、持たされた包みを手にして廊下を歩きながら、思わず深い溜め息を吐いた。


(あの最低野郎に父親面されなくて済みそうだけど、あの如何にも堅物そうなファルス公爵と養子縁組? サイラス以上に、融通が利かなさそうよね)

 そして益々混迷を深めてきた周囲の環境を思いつつ、彼女は重い足取りで魔術師棟へと戻って行った。

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