8.右鷲会

「遅くなりました」

「遅いぞ、エリーシア。ミレーヌ様の呼び出しの後、どこかで油を売ってたわけじゃ無いだろうな?」

「相変わらずムカつくわね! 本当に今までかかったのよ、話が込み入ってて!」

 魔術師棟の共同作業室に戻るなり、からかい混じりの声をかけてきたサイラスに、エリーシは腹を立てて言い返した。すると近くで何冊かの魔導書を抱えて奥の部屋に行こうとしていたガルストが、苦笑いしながら彼女を宥める。


「こらこら、サイラス止さないか。それとエリーシア、それは王妃様の所から頂いて来たんだろう? 休憩にして、皆で食べないか?」

「はい、ガルストさん。あ、それと《右鷲会》って何ですか? ミレーヌ様に『詳しい事はガルスト殿に聞いて下さい』と言われたんですが」

 エリーシアがそう口にした途端、ガルストの笑顔が強張り、手にしていた貴重な魔術書を全て床に落とした。加えて新参者のサイラスを除く面々も揃って固まり、室内に微妙な空気が漂う。

 その理由が全く分からない最年少コンビは無言で顔を見合わせたが、そんな二人に向かってガルストが、魔術書を床に放置したまま、引き攣り気味の顔で静かに問い掛けてきた。


「……エリーシア? どうしてその話題が出たのか、聞いても構わないか?」

「ええと、ですね……。実は王妃様の所に、兄のルーバンス公爵が来ていまして、どうやら私はその人の娘だったらしいんです。そしてふざけた事をぬかすので、王妃様の許可を得て魔術で窓から放り出して、王宮前広場の噴水にぶち込んでやりました」

「…………」

 それを聞いたガルストは何故か片手で額を押さえて項垂れ、サイラスは意外そうな顔付きになってエリーシアに尋ねる。


「は? 何、お前、ルーバンス公爵の隠し子だったわけ?」

「あんなのと血が繋がってるなんて、私の人生最大の汚点よ」

 如何にも忌々しげに告げた彼女を見て、サイラスがどことなく遠い目をした。


「なんだか覚えのある感情だな……。俺もあの時、そう思ったっけ」

「ああ、あんたは市井暮らしの、庶子の王子様だったものね。ろくでもない身内が居たんだ」

「色々な」

 そんな風にしみじみと語り合っていると、周囲の者達も気を取り直したのか口々に囁き始める。


「そうなるとエリーは、王妃様の姪って事か……」

「確かにその紫の瞳、どこかで見た事があると思ったんだよな」

「また異母妹が一人増えたか……」

「え?」

「副魔術師長? それってまさか……」

 部下達の感想に混じって零されたガルストの言葉に、その意味する所を悟ったエリーシアとサイラスが驚いて反応する。その二人の視線を受けたガルストは、大きく息を吐き出して気を取り直し、半ば自棄気味の笑顔になりながら右手を差し出してきた。


「やあ、エリーシア。君の様な将来有望な魔術師が、半分血の繋がった妹と分かって嬉しいよ。改めて、これからも宜しく」

「ガルストさんが異母兄、ですか?」

 呆然としながらも反射的に手を握り返すと、相手は苦笑しながら頷いた。


「そう言う事。実は俺達の他にも兄弟はいるんだ。興味があったら、機会を作って紹介するよ」

「ひょっとして……、まさかそれが《右鷲会》とか?」

「大正解」

 恐る恐る口にした可能性をあっさり肯定され、エリーシアは頭痛を覚えた。


「そうですか……。もう面倒臭過ぎ。挙句の果て、ファルス公爵の養女になる事になっちゃったし……」

 思わずエリーシアが愚痴ってしまうと、ガルストが不思議そうに尋ねた。


「エリー、それはどういう事だ?」

「それが……、私にも理由が、よく分からないんですが……」

 そして彼女が順序立ててミレーヌの私室でのやり取りを掻い摘んで説明するにつれ、同僚達の顔が段々引き攣ってきた。そんな周囲の変化に気が付かないままエリーシアは語り終え、真顔でガルストに意見を求める。


「ミレーヌ様とファルス公爵のそんな会話の流れで、話が纏まったんですが、私がファルス公爵家と養子縁組する事と、ファルス公爵家から王妃を出す事がどう関係あると思います?」

 するとガルストは、疲れた様に彼女を見下ろしながら尋ね返した。


「エリー……、本当に分からないか?」

「分からないから聞いているんですが」

「悪い事は言わないから、もう一度良く考えてみてくれないか?」

「そう言われましても……」

 半ば懇願するように言われてしまったエリーシアは、一応真面目に可能性を考えてみる。


「うぅ~ん、魔力が強い人間がいる家だと幸運を引き寄せやすいとか、病気になっても対処しやすいとかで、元気で綺麗な女の子が育ちやすいって事なんでしょうか? でも今から公爵夫人が女の子を産んでも、レオン殿下とは十八歳差になりますよね? かなり無理がありません? 実はレオン殿下が幼女趣味の持ち主だったら何とかなるかもしれませんが、そんなのを国王に戴かなくちゃいけないって、ちょっとこの国全体が不幸なんじゃ」

「エリー、もう喋るな。分かった。お前が本当に分かって無いのが、良~く分かったから」

「はあ……」

 放っておくととんでもない方向に話が転がっていきそうになった為、ガルストは両手で彼女の両肩を掴んで、話を打ち切った。そして色々言いたい事を飲み込みつつ、この場にいる魔術師では最高位である立場上、周囲の部下達を見回しながらある事を言い聞かせる。


「ええとだな、皆、今聞いたとおりだ。今後はそのつもりで、より言動に注意を払う様に」

「……はい?」

 エリーシアからすれば全く意味不明の指示も、しっかり意味が伝わった彼女以外の面々は苦笑いで頷く。


「分かりました。なかなか大変そうですな」

「いや~、予想外の展開でしたね」

「こりゃあ、職務外手当が必要かな~」

「今度半分冗談で、魔術師長に提案してみようか」

「そうしよう」

「じゃあ、エリー。色々頑張れ」

 そしてガルストが本を拾い上げて移動したのを合図に、エリーシアが持ってきた焼き菓子でお茶にする者、仕事を再開する者と、各自バラバラに動き始めた。


「……え? あの、皆さん、結局何なんですか?」

 半ば放置された状態になって呆然となったエリーシアを、側に寄ったサイラスが物言いたげに見下ろす。


「何か用?」

「本っ当に、お前って……」

 そこで言葉を区切って深々と溜め息を吐いたサイラスを、エリーシアが睨み付ける。


「だから何?」

「……自覚皆無の、揉め事の種だな」

「何なのよ! 言いたい事があるなら、はっきり言いなさいよ!!」

 就任から数ヶ月。王宮専属魔術師の間では、最年少コンビの怒鳴り合いは、早くも恒例となっていた。

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