16.損な役回り

 翌朝何食わぬ顔でエリーは同僚達と顔を合わせ、食後に天幕を撤収して荷物を纏め、騎乗して進軍を再開した。そして少し進んだ頃、周囲に近衛兵が居ないのを確認してからサイラスが馬を寄せ、声を潜めて尋ねてくる。


「なあ、エリー」

「何?」

「朝食の時に、昨夜近衛兵が三人泥酔して騒いだとかで、王都に強制送還された事を小耳に挟んだんだが、お前、何をやった?」

 それを聞いたエリーは、苦笑いの表情になる。


「何もしてないわよ? 向こうが勝手に罠にかかっただけで」

「因みにどんな罠を?」

「素っ裸になって、歌って踊りまくりたくなる暗示」

 サラッととんでもない事を言われたサイラスは、ほんの少しだけ犯人に同情した。


「……分かってはいたが、容赦ないな」

 彼女から視線を逸らしたサイラスが溜め息を吐いた為、エリーシアは肩を竦めてから淡々と話を続けた。


「あら、ちゃんと手加減してあげたのよ? 寒さは感じるし、殴られたら正気に戻る様にしてあげたから」

「だから無意識に暖を取ろうと、素っ裸で焚き火の所に行って騒いだ挙げ句、止めようとした見張り番の兵士と乱闘になって、漸く我に返ったわけか」

 呆れた様に首を振ったサイラスに、エリーシアは苦笑いで続ける。


「でも泥酔した事になってるの? 確かに、行軍中にそれは無いわよね」

「そりゃあ『女を一人連れ去るか殺すかしようとして、逆に罠に嵌りました』なんて、正直に言えないだろうしな……」

「しかも私が魔術師だから、それなりに魔術の素養がある人間でしょうし。結界を破ったと思って油断して引っかかったなんて、二重の意味で言えないでしょうね」

「相手が悪かったとしか言えないな」

 ここまでは二人とも苦笑いでのやり取りだったが、急にサイラスが真顔になった。


「だが、これで終わりだと思うか?」

「まさか。まだ黒幕が残ってるでしょ? 朝から盛大に睨んでたもの」

「……ルーバンス公爵家の三男野郎か」

 出発前、少し離れた所から自分を憎々しげに眺めていたウェスリーを思いながら口にすると、サイラスもうんざりした口調で応じる。そこでエリーシアは推測を述べた。


「多分昨日の連中、あいつに金で雇われたんじゃない? 率先して行動したり、自分の手を汚すタイプには見えないもの」

「同感だ。だが何度も同じ様な事が起きるとなると、厄介だぞ?」

 途端に難しい顔になったサイラスを、彼女が宥める。

「それは無いんじゃない? 仮にも近衛軍よ? そうそう手元不如意な人間がいるとは思えないわ」

「ご明察」

「え?」

「副官殿?」

 話に集中していたとは言えそれなりに周囲には注意を払っていた筈が、気配を消して近づいていたのか、いつの間にか至近距離にアクセスが居た為、二人はそちらに目を向けつつ何回か瞬きした。そんな二人の驚いた顔付きにちょっと悪戯っぽく笑いながら、アクセスがいきなり謝罪の言葉を口にする。


「昨晩は女性の寝所に許可無く押し入ろうとした、無粋な奴がいて悪かったね」

「気にしてませんよ? 実害は皆無でさたし」

「ああ。被害を被ったのは彼等だね」

 何でも無い事の様にエリーシアが答えると、アクセスは小さく噴き出した。そこでサイラスが、真剣な顔付きで確認を入れる。


「ところで先程、同様の事は起きないと仰いましたか?」

「ああ。今回騒ぎを起こした連中は、以前から問題があって、整理対象リストに載っていた連中でね。これを口実に排除した。他にはそう易々と買収されそうな人間は見当たらないから」

「そうでしたか」

 サイラスが納得して頷くと、アクセスがしみじみと独り言の様に言い出す。


「しかしジェリドの奴、王都の総司令官宛の報告書を書いている時、鼻歌でも歌い出しそうな顔だったな。『もうちょっと騒ぎを起こせ』とかブツブツ呟いていたし」

 そこで思わずエリーシアが、文句を口にする。

「私を餌にして、リストラ理由を作らないで欲しいんですが?」

「いや、エリー。今回は偶々だから。偶々!」

 へらっと笑いながら手を振ったアクセスに、彼女は疑いの眼差しを向ける。


「危険性を把握していた上で、敢えてそれを放置していた様に感じるのは気のせいでしょうか?」

「気のせい、気のせい。それよりさっきの事、殿下の前で口にしないで欲しいんだけどな」

 ここでアクセスが唐突にレオンの事に言及してきた為、二人は思わず顔を見合わせた。


「はい?」

「殿下とは行軍中も昨日顔を合わせただけで、滅多に接触してませんが?」

 戸惑い顔のエリーシア達に、アクセスが困った様に事情を説明する。

「それは確かにそうなんだが……。万が一、昨日の騒ぎの真相がエリーを狙って返り討ちにされた結果だったと知ったら、殿下が『一個大隊をエリーに付けろ』って騒ぎ立てそうだからさ」

 それを聞いたエリーシアとサイラスは、大きく頷いて納得した。


「それで副官殿が、わざわざ釘を刺しに来た訳ですね」

「口を滑らせない様に、気をつけます」

「宜しく。邪魔したね」

 そして二人から了承の返事を貰ったアクセスは、二人から離れて隊列の前方へと馬を進めた。その姿を見送りながら、エリーシアが忌々しげに呟く。


「面倒臭いわね。作戦が始まる前に、さっさと仕掛けてこないかしら?」

「冗談でも、そういう事を口にするのは止めろ」

「私、本気なんだけど。すっきりして仕事に集中したいわ」

「気持ちは分かるがな……」

 立場上、否応なくエリーシアのストッパー兼情報統制役を担う事になったサイラスは、(もういっその事仕掛けてくる間も無く、さっさと合戦に突入しないだろうか)などと不謹慎な事を考え、後にこの時の考えを激しく後悔する事になった。

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