26.柄だけの剣

 翌朝。手早く朝食を済ませて野営の痕跡も綺麗に消してから、部隊は一カ所に集合した。そこでサイラスとエリーシアは、探査魔術で周囲を察知してみたが、前日同様あまり良い結果は得られず、渋面になってアクセスに報告する。


「副官殿。やはり広範囲の探査魔術を行使すると敵に気付かれる恐れがありますから、詳細を把握するのは難しいですね」

「取り敢えず、付近に展開しているレストン軍の配置は大体分かりましたが。その向こうに居ると思われる、味方の位置はさっぱりです」

 サイラスに続いて、魔術で地面に地形とレストン軍の配置を投影させつつ愚痴ったエリーシアだったが、アクセスは苦笑して彼女を宥めた。


「それは当然だろう。取り敢えず俺の予想が、今のところ外れていなかった確認が取れただけ良かったさ。……お前達、ちょっと来い!」

 そこでアクセスは、少し離れた所で固まっていたレオンとその護衛役の一団を呼び寄せた。そして地面を指差しながら端的に指示を出し、幾つかの簡単な質疑応答をしてから、話を締めくくる。


「そういうわけだから、殿下の事をくれぐれも頼む。不測の事態が生じたら、お前達の判断で臨機応変に対処しろ」

「分かりました。お任せ下さい」

「ですが副官殿の方も、十分ご注意下さい」

「ああ、分かってるって」

 完全に腹を括った護衛役の面々とアクセスが言葉を交わす中、レオンは硬い表情でエリーシアに歩み寄った。


「エリーシア。俺が言える筋合いでは無いが、十分気を付けろよ?」

「分かってます。そう心配しないで下さい」

 悲壮感漂うレオンの顔付きに、エリーシアは緊張を和らげようと明るく笑いながら応じた。しかし彼は真剣に言葉を重ねる。


「それからもし万が一、レストン国側に捕まったら、その剣を見せて現ファルス公爵家当主の娘である事を明かせ。その公爵家の紋章はレストン国内でも知られている筈だから、人質としてもそれなりに丁重な扱いをされる筈だ」

「……あ、そういえば、これが有ったんですね」

 話を聞いたエリーシアが、当惑げに腰に下げている剣を見下ろした為、レオンは訝しげな表情になった。


「エリー、どうかしたのか?」

「いえ、今の今まで、すっかりこれの存在を忘れていたもので」

「そうなのか?」

 ちょっと驚いた表情になってから、レオンは一人納得した様に続けた。


「まあ確かにエリーは剣を使わないから、忘れていても不思議は無いが。それならそもそも、どうしてそれを持って来たんだ?」

「実はこれ剣じゃなくて、剣型の収納容器なんです」

「はぁ?」

 苦笑しながら剣の柄に手をかけたエリーシアが、そのまま引き抜かずに半回転捻ってから上に引き上げると、簡単に柄だけが鞘から離れた。


「何だ? そのふざけた剣は」

 呆れた表情で尋ねてきたレオンに、彼女は苦笑を深くしながら答える。

「ですから、剣じゃありませんから。鞘の中一杯に、高純度の魔導石晶粉が詰めてあるんです。これまで使う機会が無くて、温存していましたが」

 そう説明を受けたレオンだったが、まだ何となく納得しかねる顔付きで呟いた。


「それは構築術式に補完的に使用して、魔術の効果や持続時間などを効率良く高める物だよな? 何でそんな物を……。しかも高純度って、具体的にはどれ位だ?」

「そうですね……。おおよその目安ですが一般家庭用の十倍、王宮仕様の二倍程度と思っていただければ」

 それを聞いたレオンは、はっきりと顔色を変えた。


「なんだそれは? 下手するととんでもない破壊力だろうが?」

「はい、ですからこれを渡してきた前ファルス公爵からも、『くれぐれも使い方を誤らない様に』と念を押されました」

「そうだろうな」

 疲れた様にレオンが溜め息を吐いたところで、横から控え目に声がかけられる。


「殿下、そろそろ……」

「分かった。今行く」

 声をかけてきたのがこれから同行する近衛兵の一人であった為、レオンは素直に応じた。そして皆が揃っている方に向かって歩き出しながら、再度彼女に言い聞かせる。


「じゃあエリー。くれぐれも無茶はするなよ?」

「はい、気を付けます」

 それからエリーシアはサイラスと幾つかのやり取りをしてから、馬上の人となったレオン一行を見送った。その肩をアクセスが軽く叩く。

「おし、それじゃあ俺達も行くか」

「そうですね。しっかり敵さんを引き付けなくちゃいけませんし、この際派手にやりましょう」

「そういう事だ」

 互いに不敵に笑い合いながらの会話に、その周囲にいた者達も笑いを誘われたが、余裕を持って張られていた防御結界が破られた事を知らせる小さな音が、エリーシアの耳元で生じた瞬間、彼女は鋭く叫んだ。


「五時の方向、来ます! 約四十!」

「お前ら、分かってるな? 連中を十分引き付けてから、別動隊とは反対方向に逃げるからな。逃げ時を見誤るなよ? 落ち着いていけ!」

「はい!」

「大丈夫です!」

 指示を出すアクセスだけでは無く、エリーシアを含む他の近衛兵達も各自の馬に飛び乗りながらのやり取りではあったが、全員落ち着き払っていた。そして追っ手の中に魔術師が存在していたのか、通常の速さの数倍の速さで、木々の間を縫って無数の矢が彼女達目掛けて飛んで来る。それをエリーシアが余裕で受けて立った。


「ジェン・マール・ファナー!」

 そう短く叫びながら、手首に巻き付けておいた組み紐を解いて前方に投げると、それはあっという間に細い糸状に分解して四方に飛び散り、飛来した矢の全てを絡め取って地面に落とす。その間にもアクセスは馬蹄の音が聞こえてくる方角と地形を考慮しながら、素早く突破する方向を定めた。


「行くぞ!!」

 そう短く告げただけで、アクセスが一度手を振って馬を駆けさせると、周りの者達は無駄口など叩かずに一斉にその後に続き、遭遇したレストン軍と小競り合いの末何とか振り切り、その日も逃走する事に成功したのだった。

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