7.ちょっとした告白

「ただいま戻りました」

「おう、お疲れ。ナーダ、サイラス」

 午前中、同僚と共に王都内の見回りをしていたサイラスは、何故か大きめの手提げ付きの籠を持って戻って来た。そして周囲への挨拶もそこそこに、自分の机まで戻って手にしていた資料をそこに置きつつ、隣に声をかける。


「エリー、そろそろ昼休憩に入らないか?」

 その声にエリーシアは、何気なく顔を上げた。

「え? ええ、そうね。確かに中断しても良いかも」

「じゃあ、飯にするぞ。付いて来い」

 そう言うなり、サイラスが手を引いて半ば強引に立たせ、籠を片手に歩き出した為、エリーシアは目を丸くして抗議した。


「は? ちょっと待ってよ!? なんでいきなり、あんたに付き合わなくちゃいけないわけ!?」

「ちょっと他人に聞かれると、差し障りがある話をしたいんだ」

「なんなのよ、それは!」

 彼女が喚くのも構わず、サイラスは同僚達の視線を集めながらも、表情を変えずにさっさと廊下に出て移動を始めた。

 そしてどこに行くつもりなのかと訝しみながらも、話があるとの事で付いて行ったエリーシアだったが、魔術師棟を出て執務棟に向かって歩いて行くかと思いきや、回廊の途中で中庭に出てしまう。更に籠の中から大判の布を取り出し、庭師によって常に整えられている芝生にそれを広げた為、ここで食べるつもりだと分かったエリーシアは、思わず食ってかかった。


「ちょっとサイラス! あんたふざけてるの? 『他人に聞かれると差し障りがある』とか言っておきながら、どうしてこんな人目に付く場所で食べるのよ?」

 サイラスはその訴えにも全く動じず、敷物に座り込みながら淡々と言い返す。

「変にこそこそしてたら、それだけで勘ぐられるだろうが。それにそもそも、密室で男女で二人きりになるだけで、色々な意味で駄目だろう?」

「だからって、どうしてこんな見通しの良い場所なのよ?」

「見通しが良い分、立ち止まって凝視していたりコソコソ様子を窺っている奴が居れば、すぐ分かるだろうが」


 言われてエリーシアが周囲を見回すと、確かに回廊の方では行き交う官吏や、不思議そうに自分達を眺めている者達を確認でき、加えて庭からは樹木や茂みで、こちらをしっかり観察できる位置が意外に少ないのを見て取った。

 サイラスがそこら辺を考慮してここを選んだ事が分かり、エリーシアは密かに感心したが、その間にサイラスは、籠の中から調達してきた食べ物を取り出し終えた。


「なるほど。逆転の発想てわけね。それで外で食べるように、見回りついでに買い込んできたわけだ」

「そういう事だ。保温魔術はかけてきたが、取り敢えず食べてくれ」

 そう言いながら紙に包まれた物を勧めると、エリーシアは真顔で確認を入れる。


「当然奢りよね?」

「……ああ」

「じゃあ、遠慮なく頂きます」

「ああ。アーレ・スラン・ダマト・ル・ファメール……」

 しっかり者の彼女に苦笑しながらサイラスは自分達の周囲に防音魔術で透明な遮蔽壁を作り、盗み聞きされない様にしてから彼女と同様包みに手を伸ばした。

 一方のエリーシアは、離れた所からの視線を無視しつつ、薄切りの肉や野菜を挟んで焼いたパンにかぶりついた。その予想以上の美味しさに少し嬉しくなりながら、半分程食べ終わったところで徐に声をかける。


「それで? 話って何なの?」

 そこでサイラスは口の中の物を飲み込み、更に瓶に入っていた冷茶を飲んでから、唐突に爆弾発言を繰り出した。

「お前、この手の話に関しては、全く無頓着だからな……。この前の夜会以降、上級貴族の間で、お前が王太子妃候補筆頭に躍り出たのは知らないだろう?」

「はぁ? 何よそれ!? どうしてそうなるわけ?」

 呆れた声を上げたエリーシアだったが、サイラスは冷静に話を続けた。


「ファルス公爵は否定してるがな。お前の人生に関する選択は、お前自身にさせると公言しているみたいだし」

「それって当然じゃないの?」

「貴族社会では違うんだよ。お前、非公式には王妃様の姪で可愛がられてるし、陛下にはシェリル姫を養育した人物の養女って事で目をかけられてるし、最近権勢著しいファルス公爵がその気になったら、王太子妃の座なんて転がり込んでくるぞ」

「お父様はそんな事しないわよ」

 気を悪くしたエリーシアが思わず睨み付けると、サイラスはあっさりとそれに同意した。


「ファルス公爵ならそうだと思う。だが、そうは思わない輩が多いって事だ。しかも当の本人の意向がな……」

「私がどうしたのよ?」

 サイラスが何やら困った顔で言葉を濁した為、エリーシアは顔をしかめながら問いかけたが、彼は首を振って否定した。


「違う、お前じゃなくて、レオン殿下の方だ。殿下はお前に惚れてるからな」

「……はい?」

 言われた意味が咄嗟に理解できなかった彼女は、キョトンとした顔で固まったが、予めそれは予想済みだったサイラスは、深い溜め息を吐いて話を続けた。


「やっぱり気が付いて無かったんだな……。やっぱり部屋で話さなくて良かった。あそこで喋ってたら、他の人達に気まずい思いをさせただろうしな。犠牲は俺一人で十分だ……」

 最近すっかり貧乏くじ体質が染み付いてしまったサイラスがしみじみと呟くと、そこでやっと気を取り直したエリーシアが狼狽気味に問い質してきた。


「ちょっと待ってよ! 何でそうなるわけ? 私なんかのどこが良いのよ?」

「そういう事は、機会があったら本人に聞け。おかげで俺は、殿下と顔を合わせる度に、睨まれてるんだからな」

「益々わけが分からないんだけど? どうしてあんたが睨まれるのよ」

 話が飛んだ様に感じたエリーシアだったが、サイラスはうんざりとした表情になって、その事情について語り出した。


「誰がお前を落とすかって、王宮内で働く奴らの、ろくでもない賭けの対象になってるからだ」

「何ですって?」

 寝耳に水の話に、エリーシアは手にしていたパンを取り落としかけたが、サイラスの話は更に続いた。


「因みに同僚で年が近い俺が一番人気で、二番手がファルス公爵に目をかけられてて、この前の夜会でお前のパートナーを務めたハリード男爵家のディオン。大穴狙いの奴は近衛軍のアクセスさんに賭けてるらしい。その中にレオン殿下の名前は全く無いらしいがな」

 真顔でそんな事を言われてしまったエリーシアは、僅かに顔を引き攣らせながら確認を入れた。


「……その賭け、王宮内でだいぶ広まってるの?」

「特に下級官吏や侍女達の間で広まってる。賭けが一年間の期間限定で、お前が誰ともくっつかなかったら掛け金はそのまま返却するって保証を付けたから、皆気軽に申し込んで、結構な額が集まっているらしい」

 そこまで聞いて、エリーシアは思わず小さく歯軋りした。


「人のプライベートで儲けようなんて不心得者は、一体どこの誰よ!?」

「シェリル姫付き侍女のソフィアだ。廊下で顔を合わせた時『あっさり纏まっても困りますので、一年間色々牽制をお願いします』と頼まれた。その時に詳細も聞いた」

「どういう事か説明して貰える?」

 思わず頭痛を覚えながら尋ねてみると、サイラスは淡々と説明を加えた。


「お前が一年間、誰ともくっつかない事を前提として、掛け金として集めた金を商人組合取引所の先物取引相場に突っ込んで、運用利益を上げるつもりなんだと。だから予想外に早くくっついたら、掛け金を払う為に金を相場から引き揚げなくちゃいけないから、利益が出なくて困るとさ」

(ソフィアさん……、予想以上の守銭奴だったんですね)

 まだまだ認識が甘かったと密かに反省してから、エリーシアはサイラスに向かって謝罪した。

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