29.予想外の出現

 レストン軍の一団と遭遇してからそれなりに時間が経過し、周囲から吹き付ける炎や空気を切り裂く氷刃、ついでに雨あられと矢が自分達に向かって浴びせられる中、アクセスはふてくされた様な表情で盛大なあくびをした。それを横目で見てしまった部下は、それを咎めるどころか、弓の弦を軽く引いて弾きながら、如何にもやる気が無さそうに声をかける。


「……副官殿」

「何だ?」

「今現在俺達って、もの凄~く暇なんですけど?」

 言外に(本職が遊んでて、魔術師だけ全力で戦ってるってどうなんでしょうね?)的な事を含んだ問いかけに、アクセスは自分達に攻撃を仕掛けている連中から目を離さないまま、素っ気なく答えた。


「仕方ないだろ。外部からの攻撃を防ぎつつ、こちらからの攻撃だけを通過させるなんて器用な真似、さすがに出来ないそうだからな。暇でしょうがないなら、素振りでもやっとけ」

 そんな尤もな意見に、周囲から溜め息が漏れる。


「しかし想像以上に、桁外れの実力の持ち主だったんですねぇ、彼女」

「何か、防壁の向こうで何やら必死に術を繰り出してるらしいあのオッサンが、ちょっと不憫になってきました」

「同情するなら、ナイスバディの若い娘だけにしておけ」

「……副官殿、冷静っすね」

 相変わらず前方を見据えたまま、鋭く突っ込みを入れてきたアクセスに、周囲は半ば呆れた。しかし彼はすこぶる冷静に話を続ける。


「この間にも、幾つかの班が集まって、小隊規模の人数が集まって来てるからな。このまま襲いかかられたら全滅だから、防御壁が無効化したら、まず真っ先にあの魔術師を切るぞ。分かってるよな?」

「勿論です」

「今更、ジタバタしても始まりませんね」

 確認を入れてきたアクセスに、皆淡々と応じたが、ここでその中の1人が気になった事を口にした。


「それで? 孤軍奮闘してる、彼女はあとどれ位保ちそうですか?」

「本人に聞いてくれ」

「……ですよね」

 冷たく言い切られたものの、(あんなに集中して力振り絞ってる相手に、あとどれ位やれるかなんて、聞けないよなぁ……)と言う思いは、その場全員に共有する物であった為、誰もエリーシアに余計な事を尋ねる様な真似はしなかった。

 そして地面に座り込んだまま、複数の防御術式を同時展開していたエリーシアは、殆ど無意識に呪文を詠唱しながら、頭の中では盛大に文句をぶちまけていた。


(ぐぁぁっ!! しつこいしうざいしめんどくさい! いっその事、森を丸ごと焼き払いたいけど、近くに味方が居る可能性もあるから、迂闊な事はできないし!)

 かなり物騒な事を考えていた彼女だったが、そこで少しばかり現実逃避に走った。


(絶対、戻ったら休暇をもぎ取るわよ! お父様とお母様が何と言おうと、夜会もお茶会も食事会も無しの完全フリーでっ!! そしてクレランスのお店でケーキを食べて、ガレムの屋台で揚げパンを買って食べ歩きながら、噴水に飛び込んで頭を冷やすんだからっ!!)

 そんな支離滅裂な事を考えていた隙に、防御壁が途切れた箇所が発生したらしく、これまで悉く弾かれていた矢のうち、一本が内部に飛来し、あろう事かエリーシア目掛けて飛んできた。


「エリー!!」

 すかさず斜め後ろに居たアクセスが、一歩足を踏み出して素早く剣で薙ぎ払うと、その時の鋭い声と剣で生じた風圧で、彼女は自分がしくじった事を理解した。


「……っ!? す、すみませんっ!」

「いや、来た!!」

 慌てて謝罪して防御壁を強化したエリーシアだったが、次にアクセスが叫んだ内容が咄嗟に理解できず、問い返した。


「え? 来たって、何が来……、げっ!?」

「うわあぁっ!!」

「ぎゃあぁぁっ!!」

 突如として木立の間から暴風が巻き起こり、根元からなぎ倒された何本もの太い木が、レストン軍の兵士を巻き添えにして吹き飛んでいく。更に防御壁周辺の一帯に、雲も無いのに無数の雷撃が降りかかり、数瞬の内にレストン軍側の戦力と戦意を大きく削いでしまった。


「何だ!?」

「随分見境ねぇなあ、おい」

 防御壁の中では殆ど呆れた声が漏れていたが、木々が不自然になぎ倒されて広がった空間からエルマース軍らしき集団が現れ、瞬く間にレストン軍に襲いかかった為、エリーシアは誰に言うともなく盛大に文句を言った。


「ちょっと! いきなり何、無茶やらかしてくれんのよ! こっちが防御壁展開して無かったら、どうなってたと思うの!?」

「申し訳ありませんでした、エリーシア様」

「は? ちょ、ちょっと、あなた何者!?」

 いきなり背後、しかも至近距離から聞き覚えの無い声が聞こえてきた為、背後を振り返ったエリーシアはギョッとした。そこにはいつの間にか、周囲の者達からも驚愕の視線を集めつつ、片膝を付いて神妙に口上を述べる、四十前後の男が存在していた。


「初めてお目にかかります、エリーシア様。ファルス公爵家に仕えております、魔術師のジーレスです。以後、お見知り置き下さい」

「あ、あのですね! お見知り置き下さいって、こんな状況下で言われても……」

(と言うか、あなた今、平然と私の防御壁の中に侵入して来たんですが!?)

 未だに術式は保持しつつも動揺著しいエリーシアだったが、さすがにアクセスは抜け目が無かった。


「それ、全員かかれ! 相手は不意を突かれて混乱してるぞ! この期を逃すな!」

「はい!!」

(ちょっと待って! 助かったのは良いけど、まさかこのまま乱戦突入!?)

 鋭く叫んだアクセスに周囲が唱和し、あっと言う間に倒れ込んで戦意を削がれている敵兵に襲いかかった。そして真っ先に敵の魔術師が攻撃された所まで横目で確認できたエリーシアの前で、相変わらず跪いている人物の、どこかのんびりとした挨拶が続く。


「公爵が『エリーシアならちょっとやそっとで潰れる様な防御壁を展開させる筈がない。全力で行け』と仰るので、サイラス殿と組んで全力でやらせて頂きました」

 そう言われて、少し離れた所で乱戦になっている辺りに目をやると、確かにサイラスやレオンが他の兵に混じって戦っているのが分かり、彼女は思わず溜め息を吐いた。


「お願いですから、少しは力加減を考えて下さい」

「それと、接近戦に持ち込まれる前に、姫様を保護させて頂こうと。ジェ・ハリアー・ライ!」

「ぐぁぁっ!!」

 淡々と話をしながらも、背後から襲いかかってきた敵兵を難なく馬ごと吹き飛ばした相手に、色々言いたい事はあったものの、エリーシアは素直に礼を述べた。


「……お気遣い、ありがとうございます」

 そこでエルマース兵の間から、一人の人物が抜け出して彼女達の所にやって来た。

「ジーレス! エリーシアは無事か!?」

「はい、お疲れのご様子ですが、怪我はされていないかと」

 馬上から鋭く尋ねてきたアルテスにジーレスは平然と応じたが、エリーシアの混乱はここに極まった。


「お義父様!? どうしてこんな所に?」

「話は後だ! 馬に乗れるか? ジーレス、お前の馬だ」

「ありがとうございます」

 そうして主が引いてきた馬に飛び乗りながら、ジーレスが尋ねてきた。


「姫様、乗れますか? 無理な様なら、魔術で身体を固定しますが」

「いえ、大丈夫です。行けます」

 さすがにそれは勘弁して欲しいと、彼女が傍らの愛馬に重く感じる身体を持ち上げてきちんと乗ると、その間に目線と手振りで戦闘中のアクセスと話を纏めていたらしいアルテスが、彼女に振り向いて指示を出した。


「よし、アクセス殿も同意見だな。深追いしないで、両部隊を纏めて撤退する。行くぞ」

「はい」

 ジーレスが静かに頷き、それぞれの部隊の指揮者が周りを纏めつつ一方向に逃走を始めると、近くの小川から水を一気に大量に蒸発させ、時ならぬ霧を大量発生させた。

 それによって敵が視界を奪われてしまい、真っ先に魔術師が戦闘力を奪われた為、なすすべなくその場に取り残される中、エルマース兵達が悠々と森の奥に向かって駆け抜けて行く。


(アッシーったら、何で急に現れたお父様達と、ろくに打ち合わせもしないで連携取ってるのよ!? それ以前にどうして王都に居る筈のお父様が、こんな所に忽然と現れるわけ?)

 頭の中を疑問符で一杯にしながらも、取り敢えずこの場から離れる事が最重要事項だと理解できていたエリーシアは無駄口などは叩かず、疲労感と戦いながら、ひたすら馬を走らせたのだった。

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